ようこそ日本の危機へ!このブログでは主に最新のニュース、政治、教育問題を取り上げております。
ポルポト

【動画あり】カンボジアの悲劇の原因は共産主義 / 共産主義による危機は現在も進行している

  • 2020年6月17日
  • 2020年6月17日
  • 政治
  • 50view
ポルポト

「カンボジアという国がインドシナ半島にあります」

女性

「カンボジアとくれば、世界遺産アンコールワットですよね」

「かつて、そのアンコールワットを滅茶苦茶に破壊した政権があったのです」

女性

「えっ、世界遺産をですか? 外国の軍隊に攻め込まれたのですか?」

「そうではなく、かつてポル・ポト政権の時代に破壊をされました。ポル・ポトというのはカンボジア共産党の指導者です。彼が政権を奪取した後、仏教禁止の政策に基づいて破壊してしまいます」

女性

「訳が分からないわ。そのポル・ポトという人は、どういう人ですか?」

「彼はフランスに留学をしてフランス共産党に入党をして共産主義者になった男ですが、政権をとって一挙に共産主義社会を作ろうとします」

女性

「一挙につくれる訳がないじゃあないですか。マンガの世界じゃああるまいし……」

「そう思うのが常人ですが、共産主義思想に染まった彼の頭には、理想の社会がすでに描かれていて、そこに一挙にまっしぐら突き進みます」

女性

「それで、何をやったのですか?」

「政権をとったのが1975年の4月17日ですが、翌日から首都プノンペンの住民、当時200万人いたのですが、全員農村に強制移住させてしまいます」

女性

「抵抗した人もいたでしょ。病人や歩けないお年寄りはどうしたのですか」

「全員その場で射殺しました」

女性

「えっ、そうなんですか。強制移住させて、どうしたかったのですか?」

「国民全員が農民になって自給自足社会に戻そう、そうすれば平等な共産社会が実現するという考えです。彼が尊敬していたのは中国の毛沢東です。彼の下放政策を真似したのです」

女性

「それって、失敗したのですよね」

「当時はまだその評価が出ていないと思います。そして、その後、貨幣、学校、病院、宗教、全部いらないと言って廃止してしまいます」

女性

「何かすごいですね」

「あと、知識人、学校の先生、いらないと言って全員殺しました。留学生にはカンボジアに帰ってくるようにと言って、帰ってきた者を全員殺したのです」

女性

「一体、何人犠牲になったのですか?」

「一説には300万人という数字もありますが、少なくとも100万人は殺しています」

女性

「いわゆる「思想」の犠牲者ですね。(ここからが本論です) ↓」



 共産主義社会を実現するためには、猿人の国になる必要がある

カンボジアの悲劇については池上彰氏がユーチューブ動画で配信しています

何か真理を見出す時は、帰納法か演繹法を使います。演繹法というのは、明らかに真理であることを起点にして、そこから論理的に導き出されたものを真理と推定・認定できるということです。具体的に言うと、「鳥は翼を使って空高く飛ぶ動物」という真理を見つけたとします。そのような存在をみつけたら、それはすべて鳥だということです。演繹法を使う場合に気を付けなければいけないのは、出発点とするものが、明らかに真理でなければいけないということです。

「共産主義社会」が明らかに正しいゴールなのかを検証する必要があります物事は単純モデルを考えると分かりやすいので、実際に親子3人の「国家社会」を想定して、理想の社会を考えてみることにします。人間の優れた点は、こういった思考実験ができることです。

「自由」は比較的簡単にクリアできます。勝手に行動すれば良いからです。食べたい時に木の実を食べ、寝たい時に寝る。お互い干渉しません。ただ、そうなると家族とは言えないのではないかという別の議論が出てきますが、それはひとまず置いて、一応「自由」の問題はクリアーされたとします

次の「平等」が難しいです。特に、お金が絡むと難しくなります。親と子に同じ金額を与えるのか、親に多く子供に少なくするのか、どちらが平等なのか。服はどうするか。身体に合わせて作るので大きさが違う、ということは価格も違ってくる、親は高い服を着て、子どもは安い服を着ることになる。それでは不平等なので、価格を合わせる。ただ、そうすると子供の服は質的に良いものになる。また不公平が生じる。

ポル・ポトが貨幣を廃止したのが分かります。お金は差別と苦しみを生みます。だから、お金を失くします。服を買えませんので、服を着ないようにして裸で暮らします。こうすれば、平等で文句なしになります

裸でその時々に周りにある物を採って食べるようなかつての猿人のような生活が理想となります従って、学校も病院も寺院もいらないとなります。そういうのがあれば、学歴だとか、治療の仕方などで、平等かどうかでもめるからです

だから失くしてしまえという、極めて分かりやすい論理です。マルクスはここまでは言っていませんので、「共産党原理主義」とでも名付けたいと思います。

多くの人々は猿人の生活に戻ってまでも、平等を追求したいとは思わないでしょう。そのように自分で勝手に共産主義社会をゴールに描いて、そこに向けて武力を使い、反対勢力を次々と虐殺していく。こういうのを演繹法的思考と言いますが、ゴールが現実にあり得ないものであるために、そこに進む過程が茨の道となったり、虐殺街道になったりしてしまいます。スターリン、毛沢東、ポルポトと共産主義者が多くの人間を粛清してきたのは、ある意味必然的だったのです。

ただ、共産主義社会を1国だけで追究することはできません。1つの国だけお猿さんの国になれば、周りの国が侵略してくる可能性があるからです。現に、ベトナムはカンボジアに軍事進攻しました。世界で一斉にお猿さんの国にならなければいけません。だから、彼らは世界同時革命を叫ぶのです。やはり、無理だと思います。

 ヨーロッパの共産主義は、終焉を迎えた

ヨーロッパでは冷戦終結以降、東欧の脱共産化、西欧の国の共産主義政党は衰退の一途を辿っています。

イタリア共産党は共産主義的イデオロギーを放棄し、左翼民主党となりました。オランダ共産党やフィンランド共産党は自主的に解散しました。スウェーデンの左翼党・共産党人、イギリス共産党、サンマリノ共産党などの政党は、共産主義的イデオロギーを放棄しました

ポル・ポトがかつて入党していたフランス共産党ですが、共産党機関紙「ユマニテ」を党から分離するなど、現在は解散に向けて動いていると思われます

国際政治学者のズビグネフ・ブレジンスキーは「20世紀における人類の共産主義との遭遇ほど、無意味で大きな犠牲を引き起こしたものはなかった」と述べています(『大いなる失敗』)。ブレジンスキーによりますと、ソ連で殺戮された人の数は、革命期処刑者100万人、革命後処刑者200万人、貴族資本家等100万人、富農階級500万人、強制移住死亡者1千万人、粛清された共産主義者100万人、中国や東欧で失われた人命を加算すれば5千万人を下らないとのことです。ステファヌ・クルトワとニコラ・ヴェルトは『共産主義黒書』で『ソ連2千万人、中国6500万人』が粛清・殺戮されたと述べています。

共産主義には粛清はつきものなので、共産主義がある限り、犠牲者は出ます。日本でも戦後、連合赤軍事件があり粛清のための大量殺人事件が発覚しました(あさま山荘事件)。

こうしたことから共産主義への警戒感を持つ国が多いのです。現在、共産主義の国は、中国、キューバ、北朝鮮、ベトナム、ラオスの5カ国のみです。そして、主要先進国で共産党が国会で議席を持っている国は日本とフランスのみです。


 マルクス主義は、ユダヤ人マルクスが民族解放事業のために編み出した虚構理論

共産主義、共産党を考え、批判することは、日本の民主主義を考え、高めることなのです。私たちは内在する民主主義の死に向かう危険から、民主主義を守り続けなければいけないのです」(福冨健一『日本共産党の正体』新潮新書.2019年/238ページ)


日本共産党の党員は今でも30万人以上とのことですが、そのこと自体が信じられません。そもそも「民主集中制」という欺瞞的な言葉は「コミンテルンの規約モデル」(福冨健一 前掲書/62ページ)ですが、中央委員会、県委員会、地区委員会、支部といったヒエラルキー(階級制)の中で「常に正しい党中央の方針」が上から降りてきて、それを単に学習するだけなので、支部の党員の意見を吸い上げることは考えていないでしょう。党員は単なる実動隊という位置付けだと思います。

党員は規約を承認して入党しているはずですが、その第二条は「日本共産党は、日本の労働者階級の党である……」とあります。階級というのは封建社会で使う言葉です。自分の努力に関係なく、固定された身分制度の中で使う言葉であり、現代では死語です。しかも、現代のようなグローバル化が進んだ社会において、ある特定の人たちだけの利害を考えて動くことは、時には反日行動となったり、時には他国と共同して日本の政府を転覆したりしても構わないという論理が生まれる余地が出ます。そして、実際にそうなっていますが、それは自分の生活基盤を自分で壊す行為でもあるのです。

『共産党宣言』(1848年)の中に「これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である」という有名な一文があります。ただ、これはヨーロッパ中心史観の典型的な記述です。日本の歴史には、全く当てはまりません。革命自体が起きていません。ただ、辻褄合わせのように、明治維新は市民革命という人もいますが、明治維新の主な担い手は下級武士たちです。そして、その後武士階級そのものがなくなりました。担い手が社会の表舞台から消えています。こういうのを革命とはいいません。

そもそも、普通は『経済学批判』、『資本論』を書いて学問的確信を持ってから『共産党宣言』なのに、最初にアドバルーンを上げてしまっています。つまり、後の論文が辻褄合わせのために書かれていることが分かります。

ユダヤ人であったマルクスの願い・真意は、ユダヤ人国家の再興だったのです。革命の機運を高めることができるような理論の構築を、自己の使命と思ってその仕事に一生を捧げたのです。つまり「マルクス主義というものは……ユダヤ人が自己の民族的解放事業のための道具として編み出した虚構理論なのである」(モルデカイ・モーゼ『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』沢口企画、2019年/28ページ)


共産主義という虚構理論にあおられて、その暴力的な本質を見せ始めた大陸や半島の国があります。食べたいと思っていたパンが絵に描かれていたパンであれば誰でも怒ると思います。彼らが常に怒ってイライラしているのは、そのためなのです。

読んで頂きありがとうございました。

よろしければ、「ぶろぐ村」のクリックを最後お願いします↓

1+
ポルポト
最新情報をチェックしよう!