「今日の午後の議会で不信任案が全会一致で通りそうです」
「斎藤知事はどうするのでしょうか?」
「通った場合は、そこから考えるようなことを言っていたと思いますけど……」
「こういう動きになることは分かっていたので、前もってはっきり考えを示せば良いのに……」
「2つに一つなので、余り考えても仕方がないと思いますけど……」
「それで思い出しましたが、公益通報保護法に罰則規定を設けるという改正の動きが出ています」
「今回の事例を受けてのことですか?」
「必ずしもそうではありません。今までも公益通報が行われると、「犯人捜し」がよく行われていたのです。そのため「内部通報しても隠ぺいされるか、犯人捜しが始まるだけ」という批判的な意見もあったのです」
「今回も県庁の職員のパソコンをしらみつぶしにして調べたようです」
「何とかもみ消しを図りたいという思いが強かったのでしょうね。通報者が自殺することは想定外だったと思います」
「法に則って通報した人が追い込まれたのでは、何のために法を作ったのか分かりませんものね。それにしても、素早い対応ですね」
「それだけ今回の兵庫県の問題が国民の耳目を集めたということでしょうね」
「そうですね。ここからが本論です ↓ 表紙写真は「ベンチャーサポートグループ」提供です」
民度が下がれば法律が増える
どのような法が制定されているかを見れば、その国のおよその民度が分かります。ポイ捨て禁止法という法律が施行されていれば、ポイ捨てをする国民が多くいるということです。つまり、多くの法律が制定されている国ほど民度が低いということです。
今回のことで話題になっている公益通報保護法は2004年に公布され、2006年から施行されたものです。簡単に言えば、組織幹部の不正や横暴を密告する制度ですが、それだけ企業・事業所や自治体などで幹部社員や幹部職員の不正や横暴が頻繁にあるような状況となったということです。
また、パワハラという言葉が2000年代になって生まれ、2020年6月からはパワハラ防止法なる法律が施行されています。これもやはり同じように考えれば、幹部社員や幹部職員が権力を振りかざしながら業務を遂行している事例が目立つようになったということです。
(「朝日小学生新聞」)
何でも訴訟の国になってきた
訴訟天国と言われているのがアメリカです。人口10万人当たりの訴訟件数を見ると、日本が651件、アメリカは3,095件です(村山眞維『法社会学』有斐閣、2019)。そのため弁護士の数も多く、弁護士1人当たりの国民の数は日本が約3,000人に対してアメリカは249人です(2020年統計)。
様々なトラブルが発生することは、ある意味やむを得ないことかもしれません。問題なのは、それをどう処理するかということです。「雨降って地固まる」という諺があるようにトラブルを巡って両者が話し合いを進めていくうちに、お互い誤解が解けて、前よりも両者の仲が緊密になったということもあります。
日本には「喧嘩するほど仲が良い」「袖拠り合うのも縁のうち」といった言葉が遺っています。一つのトラブルも一つの縁と捉え、そこから人間関係を構築することもありという考え方をしてきました。しかし、近年は段々アメリカナイズしてきたように思われます。
訴訟によって壊れた人間関係と自分の夢
それを象徴するような民事訴訟が『日経』(2024.9.8日付)に掲載されていました。著作権侵害訴訟を報じた記事です。訴えたのは脚本家としてデビューした女性です。訴えられたのは、そのデビューを手助けしたプロの男性脚本家です。
男性に勧められて戦争関連のシナリオを書いたところ、それが映画監督の目に留まり採用が決まったそうです。ところが制作会社のプロデューサーから脚本家が無名だと資金が集まらないので、男性脚本家の名前を貸して欲しいと切り出されたそうです。そのため、連名にすることにして、それを女性も承諾します。
その後男性は自分の名前が入っている以上、自分の責任にもなるので脚本を手直ししたそうです。女性はその手直しが思っていた以上の範囲に及んだため、元に戻すことを要望します。しかし、手直しした脚本に基づく撮影がスタートしてしまいます。それに対して、女性は著作権侵害ということで訴訟を起こしたのです。外見上は著作権侵害なので、裁判所は彼女の言い分を認めています。
この裁判は現在進行形みたいですが、何の意味もない訴訟です。彼女が仮に最終的に勝訴したとしても得られるものはお金以外に何もありません。せっかくプロの脚本家として独り立ち出来そうだったのに、「恩師」を訴えたため、その芽を自ら摘んでしまったのです。
(「リード法律事務所」)
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