「選択的夫婦別氏制度を話題にしたいと思います」
「前は、夫婦別姓と言っていた気がしますけど。別氏なんですか?」
「氏姓制度は古代の飛鳥時代に導入されました。氏も姓も、天皇に仕える集団を意味しますが、姓は役職を意味し、氏は血縁的なまとまりという意味で使われています」
「意味的には、別氏の方が合っているということなんですね。一時期よりも、余りこの問題を言わなくなった様な気がしていますけど」
「これを陰で操っている組織体があります。様子を見ているのだと思います。諦めてはいません」
「どうして、それが分かるのですか?」
「一種のイデオロギー攻撃だと考えると分かりやすいと思います」
「何をターゲットにしているのですか?」
「日本そのもの。そのために、家族制度を標的にしています。選択的という言葉を使うから本質が分からなくなってしまうのです。親子別氏制度で良いと思います」
「それなら分かりやすいと思います。選択と付くと、どうぞご勝手にと思いますものね」
「まあ、それが狙いだと思います。とにかく、イデオロギー攻撃を仕掛ける側は上手いこと言葉を作ってきます」
「攻撃されていると思わせたら、防御体制に入られてしまうからでしょ」
「そうですね。選択という言葉を聞かせて、あなたの味方ですよと思わせておいて、自分たちの主張を実現しようとする。家族解体イデオロギーです」
「ここからが本論です ↓ 表紙は「Yahoo!ニュース」の提供です」
日本の家族制度の崩壊を狙ったイデオロギー攻撃
イデオロギー攻撃というのは、要するに自分たちの世界に引きずり込むことによって成立をするので、まず「引き寄せる」ための言葉を使います。「選択」が引き寄せるためのエサになります。「選択」という言葉は、強制の意味は全くないので、受け留め側は安心します。
選択の意味は、氏を変えても変えなくても、どちらでも構わない、変えるべき側の「選択」と言う意味です。多分、ここまでの主張を、多くの国民は受け入れてくれると思います。その善意を利用したイデオロギー攻撃です。
(「ABEMA TIMES」)
この制度の本質は親子別氏制度
選択的夫婦別氏制度の本質は、親子別氏制度です。夫婦はそれぞれの自由意志で氏を選んでいるので、別に問題にする必要はありません。問題は、そこからです。その制度を法制化すれば、拘束力が生じるので、子どもたちに対して別氏を強制することになります。
強制と言っても、実際には夫婦でどちらかの氏を子供に付けることになります。名前で迷って、さらに氏で迷うことになります。その迷いが、生まれた後も続くことがあります。子どもの姿を見て、どちらの氏にするかを決める。子どもの状況によっては、修羅場になる可能性もあります。
とにかく、夫婦いずれかの氏と生まれてきた子供との氏が一致しないという問題が確実に起きます。子どもが大きくなれば、必ずそのことを疑問と感じます。父のような仕事をと思っているのだが、自分の氏は母の氏であるというように、心理的に子どもが股裂き状態になることもあると思います。多分、その子の周りの子は、殆どがファミリーネームを持っているので、いじめの原因になるかもしれません。本人のアイデンティティの確立に影響を与えるかもしれません。
(「選択的夫婦』やっぱり危ない!5つの理由」)
この制度の本質は兄弟(姉妹)別氏制度
氏をめぐる違和感は、兄弟間においても起きることになります。そして、3人兄弟で2人は父の氏、1人が母の氏というケースもあり得ます。双子で氏が分かれるということもあるでしょう。要するに、この制度を導入することによって、次世代の子供たちにとって無用な悩みと苦しみを課すことが出て来る可能性が高いということです。
人生の荒波を乗り越えるために、兄弟が時には協力し合う必要があると思います。それを先人も期待していたと思います。その証が「氏」の一致です。それが仲間意識を生み、困難を乗り越える力になるのです。
今は、別氏制度を導入しなくても、実際の生活の上で殆んど支障はありません。パスポート、マイナンバーカード、免許証、住民票など旧姓併記が認められています。会社での通称使用も進んでいると聞きます。混乱の元になるだけです。別氏制度を積極的に導入しなければならない理由はありません。
あと、外国と比較をして意見を言う人がいますが、大陸は狩猟民族の国なので、男女の役割として大きな違いが発生しなかった。ただ、日本は農耕民族の国なので、男女の役割をきちんと決める必要があった。それは差別ではなく、適性という観点から歴史的に定着していったもの。それを踏まえて、氏の問題は考える必要がある。単純な比較は意味がない。とにかく、子どものことを考えて判断するということだと思います。
(「転職Hacks」)
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