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国会と官僚制 ―― なぜ日本は「官僚主導国家」なのか / 「会期制」と「一事不再議の原則」が生み出す「国会軽視」の構造

女性

「石破さんが辞めたというニュースを聞いたのですが、首相を辞めたのですか?」

「自民党総裁を辞めたのです。総理大臣を辞めたわけではありません」

女性

「成る程、分かりました。これから自民党の新総裁を決める手続きに入るのですね。総裁は新しい方がおやりになって、引き続き石破首相で行く訳にはいかないのですか?」

「憲法的には可能です。周りがそれを許さないと思います。一人で内閣を運営できませんからね」

女性

「ということは、自民党の新しい総裁が決まって、その方の首相指名選挙が国会であるということですか?」

「そういう流れになりますが、自民党は少数与党なので、他の政党の同意が得られるような総裁を選ぶ必要があります」

女性

「新聞には、茂木、林、高市という名前が挙がっています。どのように受け止めていますか?」

「誰がなっても同じだと思います」

女性

「あら、随分冷めた見方をしているのですね。前回は、高市さんに結構、肩入れをしてましたよね」

「高市氏の支持は変わりませんが、今の日本の体制では、総裁になっても苦労するだけです。何か可哀想な気がするので、誰でも良いかなと思っています」

女性

「誰がなっても同じと最近よく言っておられます。その根拠は、何ですか?」

「日本は官僚主導の国家です。首相・総裁の政治力というのは、それほど大きくはありません。まず、その状況を変える必要があるのです」

女性

「ここからが本論です  ↓ 写真は「朝日新聞」提供です」

 国会の建前と現実

日本国憲法41条は「国会は国権の最高機関」と規定しています。もっとも「最高」という文言を文字通りに解釈すると三権分立に矛盾しますので、学説上は「国会が国政全般について最終的責任を負う地位にある」という意味に解されています。つまり、主権者である国民が直接選ぶ議員で構成される唯一の機関だからこそ、国会は最も重要と位置づけられているのです。

しかし現実には、日本の政治は国会ではなく、キャリア官僚が主導しています。例えば、市町村合併や「ゆとり教育」といった大きな政策決定も国会の関与は限定的で、多くは省庁内の調整で進められてきました。バブル経済期の金融政策や近年の関税交渉も同様に、国会は事後報告を受けるにとどまるケースが少なくありません。

幹部級のキャリア官僚とは、国家公務員総合職試験を経て各省に入り、経験を積んで局長や審議官、事務次官に上り詰めた人々です。全府省で500人ほどと見積もられるこの層が、実際の政策運営を事実上リードしています。総理や大臣が交代しても政治の大きな流れが変わりにくいのは、この官僚層の存在ゆえと言えるでしょう。

(「朝日新聞」)

 会期制と「協賛機関」としての国会

しばしば「官僚主導」と一括りに語られますが、日本の特徴はキャリア官僚とノンキャリア官僚を明確に分ける人事制度にあります。採用方法や人事のローテーションは全く異なり、この区別を意識しないと実態を誤解します。しかしマスコミは、国民への配慮もあってか、その違いを曖昧に報じる傾向があります

ではなぜ、憲法が国会を「最高機関」と規定しながらも、実際には機能が弱いのか。その大きな要因は「会期制」にあります。憲法学者の佐藤幸治氏は「国会は常時活動する機関ではなく、期間を限って活動能力を有するものである」と解説します。帝国憲法下の会期は90日、戦後は150日に延長されましたが、それでも1年の半分以上は原則として国会が休眠状態にあるのです。一方、省庁は一年を通じて活動を続けるため、実質的な主導権は官僚に移る構造となっています。

帝国憲法当時、議会は「協賛機関」、すなわち政府を補完する存在に過ぎませんでした。「協賛」というのは、要するに「付録」ということです。会期を短く定めたのも、議会審議を軽視した結果といえます。実際に、帝国議会の意向とは関係なく戦線は拡大しました。戦後憲法は主権在民を掲げながらも、制度的にはその遺制を引き継いでいるのです。下

(「日本経済新聞」)

 一事不再議の原則と厳格会期制の弊害

さらに日本の国会には「一事不再議の原則」という慣例があります。これは、会期内に審議し可決に至らなかった議案は再審議しないというものです。結果として、会期末までに成立しなければ、どれだけ審議を積み重ねても廃案となります。こうした「会期末=廃案」の厳格リセット方式を採用する先進国は、日本くらいのものです

このルールの下では、官僚は法案提出の際に「成立可能性」を強く意識せざるを得ません。見込みが薄い法案は最初から上程を避けるため、逆に重要な政策ほど国会を通さず省庁内で処理しようとする心理が働きます。つまり、国会の会期制と一事不再議の組み合わせが、官僚主導を制度的に補強しているのです。

一事不再議は帝国憲法39条に規定がありましたが、現行憲法には明記されていません。それにもかかわらず、日本の国会は100年以上前のルールを慣習として守り続けています。佐藤幸治氏も「本来は会議運営上の技術に過ぎないので厳格に解すべきではない」と指摘していますが、現実には依然として硬直的に運用されているのです。

以上を踏まえると、日本の政治が「官僚依存国家」と呼ばれる理由は明らかです。憲法が掲げる「国会中心主義」とは裏腹に、厳格な会期制と一事不再議の慣例が国会の機能を弱め、省庁の恒常的な活動が政治の主導権を握り続けています。改革のためには、単に「政治主導」を唱えるだけでは不十分であり、会期制の見直しや国会の常設的機能の強化といった制度改革を急ぐ必要があるでしょう。

(「スマート選挙ブログ」)

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