
「前回の首のないニワトリの写真ですが、本当にいたのですか?」

「広く知られた実話です。1945年のことですが、アメリカの農場でニワトリの首を切り落としたところ、そのニワトリは死なないで歩き回ったため、農場主が飼育を始めたそうです」

「エサはどうしたのですか?」

「スポイトを使って食道から直接、液体状の餌と水を与えたそうです。それで18か月生存したそうです」

「その写真にびっくりして、日本がヘッドレス国家とありましたので、またまた驚いてしまいました」

「ヘッドレスでも栄養さえ採れれば生きていけます。その点は、国も同じです」

「ただ、長生きは出来ないですよね」

「他のニワトリと交流はできません。単純に生きているだけの存在です。そして、その命は飼い主にすべて依存しています。飼い主は、そのニワトリを見世物として各地を巡業してお金を稼いだそうです」

「まさにヘッドレスの生き方ですね」

「そうですね。鳥も国も依存して生きていくしかありません」

「国の場合は、自分の判断で「頭」を作ることができます」

「そうですね。良い所に気が付きましたね。どういう頭を作るかが問題ですけどね」

「ここからが本論です。 ↓表紙写真は「photoAC」提供です」
「未完の制度改革」としての戦後安全保障
戦後日本の安全保障は、出発点からしてアメリカの意図のもとに設計されました。敗戦直後、アメリカは「二度と自国に牙を向けない日本をつくる」という明確な方針を持ち、それに基づき憲法9条の制定、在日米軍の駐留、軍事主権の事実上の制限といった制度が形成されました。日本がどのように安全保障を行うかという根源的な問題は、日本自身が決めたのではなく、外圧によって枠組みが整えられたのです。
ところが、すぐに大陸と朝鮮半島で情勢が激変します。中国革命(1949)と朝鮮戦争(1950)です。ここでアメリカは日本を「共産圏を押さえ込む前線基地」に再定義し、警察予備隊 → 保安隊 → 自衛隊へと段階的な再軍備を進めさせました。しかしその際、軍事力をどう統制し、政治がどのような責任を負うのかという制度設計は後回しにされ、戦前の統治構造との断絶は中途半端なまま残されました。
こうして、日本は戦前同様に、政治が軍事を統制する制度を十分に構築しないまま、アメリカの意向に依存する安全保障体制を固定化してしまったのです。今日に至るまで、日本の安全保障政策はアメリカの世界戦略の一部として運用されており、日本自身の主体的な判断よりも同盟運用の論理が優先されがちです。これが、日本の安全保障が「未完の制度改革」のまま放置されてきた最大の理由です。「安保二法」もアメリカ側の要請によるものです。今後の方向性も含めて、アメリカ次第という状況です。方向性が分からないので、中国は当然イライラします。そういう中での高市首相の答弁だったので、激怒したということです。

(「海洋国防アカデミー」)
アメリカの迷いと、日本の構造的問題がもたらす不安定性
アメリカにとって日本は、信頼に足る重要な同盟国である一方、完全に任せきれない危うさを秘めた存在となっています。日本は経済規模が大きく、地政学的にも極めて重要です。しかし、アメリカが抱く最大の不安は日本の統治構造が戦前とほとんど変わっていないことです。戦後の民主化で全てが新しくなったという「思い込み」が日本中を覆っていますが、官僚主導の国家体制という基本的な構造は、戦前から何も変わっていません。①官僚機構が政策形成の主導権を握り続けている。②国会は150日会期の協賛機関として旧態依然のまま。③内閣は短命で、長期戦略が形成できない。④歴史問題の制度的総括がなく、世論が感情的に動きやすい。⑤外交政策が米国依存で、主体的意思形成が困難。
このような政治文化・制度構造は、アメリカの側から見れば「完全な軍事主権を持たせることに不安がある国」に映ります。自衛隊を「認知」すれば、戦前と同じ体制になります。戦前に国家が動員した反中国・反朝鮮イデオロギーの残滓(ざんし)が現在も見受けられます。与党が2/3以上の議席を国会で獲得した時に憲法改正の機運と言われたことがありましたが、「自衛隊の合憲化」が進展しなかったのはアメリカの方からのストップがあったと思っています。不測の政治的暴走につながりかねないリスクとして見られています。
アメリカは在日米軍を縮小・撤退したい本音を持ちながらも、完全撤退すれば日本が適切な安全保障運用を自力で行えるのかどうか判断できず、踏み切れないという状況にあります。つまり、アメリカは日本を「重要だが、不完全な同盟国」と認識しているのです。

(「防衛省・自衛隊」)
日中の長期安定を支える「非軍事協力」という現実的戦略
このような条件下で日本は中国とどのように向き合うべきでしょうか。魔法のような解決はありませんが、先人がとった立ち位置が正着ではないかと思います。日中の外交の歴史を一言で言えば「付かず離れず」です。適当な距離を取ることによって、良い関係を築ける国だと思います。
これに対して、今の中国は共産主義国だから別ではないかと思う人がいるかもしれません。確かに、今の中国は共産党独裁国家ですが、長期的には共産主義カラーを薄めていくと思われます。建国当時は北朝鮮のような国でしたが、鄧小平が改革開放を進めて以来、実利重視、イデオロギー軽視の傾向が進んでいます。イデオロギーだけでは経済は回らないことを身を以て体験すればするほど、その傾向は強まると思います。かつては資本主義に好意的な考えを「走資派」として批判していましたが、株式市場も今や本土に2つ、香港に1つあり、経済体制は完全な資本主義国です(下のイラストは「走資派糾弾」のポスターを貼っているところ)。そして、自分たちはこんなに変わったのに、日本を戦前から現在まで、官僚独裁国家のままだと思っています。
それはさておき、将来を見越してお互い価値観が違っても、お互い出来る範囲で助け合うのが重要です。安全保障の問題は複雑でも、非軍事分野では利害が衝突しにくく、相互に利益がある領域が多く存在します。例えば、観光・文化交流、生活・医療物資のサプライチェーン、環境・気候変動対策、感染症・防災対策、高齢化社会への対処などです。特に、中国は日本より早いスピードで高齢化し、高齢者人口は2030年代に日本の6倍になります。日本は高齢者大国として、中国から内心期待されていることが多々あるのです。そういった民間交流を地道に進めていくことが重要なのです。

(「枓音百科」)
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