
「天才は生まれてくるのか、それとも時代の中で作られるのか? どちらだと思いますか?」

「いきなり、質問ですか? 余り考えたことはありませんが、天才は生まれてくるのではないかと思います」

「前は、そのように考えていたのですが、最近は、時代や環境の中で作られるものではないかと思っています」

「必要な知性というのは、その時代によって確かに違いますよね。AIの出現によって覚える、つまり記憶力は一気に価値が下がったと思っています」

「かつての時代は記憶力が良いというだけで重宝されていた人もいます。『古事記』編纂に力を発揮した稗田阿礼は、そういう類の人です」

「記憶力が良い人というのは、映像で覚えてしまうと言いますよね。頭そのものがスクリーンショットになっているのではないかと誰かが言っていました」

「塙保己一は全盲で群書類従を編纂しました。目の機能がないので、スクリーンショットは使えなかったと思います。能力というより、追い込まれた環境がそういった人材を作ったと思っています」

「空から降ってきたように天才が生まれる訳ではないということですね」

「実は遺伝子学者たちは、「天才の遺伝子」がもしかしたらあるのではないかということでそれを探究してきたのです。実は、アインシュタインの脳は保存され、研究の対象にされているのです」

「そうなんですね。それはビックリです。それで、見つかったのですか?」

「そういった作業の中で天才の秘密は遺伝子ではなく、「ミーム」にあるという結論に達したのです」

「ここからが本論です ↓表紙写真は「和から株式会社」提供です」
ミームという知の伝播構造
ミーム(meme)というのは、生物学者リチャード・ドーキンスが1976年の著書『利己的な遺伝子』で、遺伝子(gene)になぞらえて提唱した概念であり造語です。今からはるか40億年前に地球が誕生し、最初の生命は微細な細胞だけのような存在だったと思われます。ただ、その中に遺伝子が入っていたことは確かだと思われます。遺伝子が複製の役割を果たすからです。
厳しい自然界の中をいかに生き延びるか、そのために様々な適応を遂げてきました。その過程である遺伝子のグループが手に入れたのが「知性」だったと言います。確かに、周りの生き物の生態を見ると、何らかの「知性」を手に入れたかのように行動をしています。例えばアリは暖かい時期に巣穴にエサを運んで、冬は活動をしません。そして、彼らは集団で行動しますが、エサを分け合うという行動ができるそうです。それらの行為は彼らが獲得した「知性」によるものです。それが遺伝子ではなく、ミームによって受け継がれたとドーキンスは考えたのです。
アリを例にとると、アリの中にはその日暮らしをしようと考えたアリたちがいたとしたら、それらは冬を越えられず淘汰されたでしょう。たまたま地中にエサを隠していたアリがそのお陰で生き延びることができたのでしょう。その行動は周囲に模倣され、やがて集団の行動様式として定着します。このように、ある個体が環境の中で生み出した行動が他者に伝播し、定着していく現象こそがミームです。いわば、生活の中から生まれた知恵が「文化」として拡張していくプロセスなのです。

(「オンライン英会話のネィティブキャンプ」)
天才とは何か ― アインシュタインの事例
『アインシュタイン・ファクター』という書を興味深く読みました。450ページからなる本で、結構、読みごたえがありますが、要するに天才を作るためにはどうすれば良いのかというノウハウ本です。2009年に出版されていますが、「アインシュタイン」を導き出すための方法が書かれた本です。これを読むと、アメリカは天才をいかに育てるかという研究が随分進んでいることを感じました。
アルベルト・アインシュタインが相対性原理を発見したのは26歳です。さぞかし英才教育を受けたのではと思われるかもしれませんが、実際には全くその逆です。3歳までまったく喋ることができず周りの大人は完全なバカと思っていたそうです。失語症のため読み書きの言語能力が劣っていたため、高校は退学処分となり、大学入試にも1度失敗しています。何とか大学に入って学士過程を修了出来たものの、就職にあたって推薦状をもらうことが出来ませんでした。彼が相対性理論を発表した時は、スイスの特許事務所の事務員だったのです。その16年後の1921年にノーベル賞を受賞することになります。
実は、天才と呼ばれている人の多くは、アインシュタインのように「扱いにくい」「覚えが悪い」ひどい場合は「バカ」というレッテルを貼られていたのです。1,093の特許を取った発明王エジソンは学校では物覚えの悪い生徒として有名でした。「お前は将来ロクな人間にならない」と教師に言われたため、学校に通えなくなりました。父親にも「バカ」と言われ、自分でも「バカ」と思い始めていたそうです。そんなエジソンに対して母親はその可能性を信じ、独自の教育を施したのです。
どうして、このような人たちが天才と言われるようになったのか、不思議に思うかもしれません。ただ、このエピソードの中に天才を作る秘訣があると思っています。人とは違った学校生活を送っています。そのため、10代の頭脳が最も発達する時期に余分な知識を入れずにすんでいます。二人とも、頭のイメージ力が強いものがありました。まず最初にイメージをして、アインシュタインであれば、その後に数式などで理論化する、エジソンであれば素材・材料を考えるという方法を取っていたのです。アインシュタインは数学が苦手だったそうです。だから、計算を他の人に手伝ってもらったと言っています。人とは違ったアプローチができる。これが大事だと思います。
つまり、天才を生む鍵は、知識量ではなく「発想の自由度」にあります。ミームの観点で言えば、新たな行動様式を生み出す個体、すなわち「新しいミームの発信源」となる存在こそが天才なのです。エサを地中に隠すことを考えたアリ。そのように行動するアリを育てることが天才を育てることなのです。21世紀に求められる教育は、そのような人材を育てることなのです。

(「メルカリーMercari」)
日本の教育と天才育成の課題――偏差値教育の時代ではない
一方日本では、天才は生まれるものという感覚が強いと思います。そのため、この方面の研究は殆ど手付かずだと思います。21世紀に入って、AIが実用段階に入ったのに、相も変わらず記憶力中心の偏差値教育が幅を利かせています。ある程度の知識を覚えさせることは必要ですが、キーボードを叩けば出てくるような枝葉抹消的な知識を覚えさせるために多くの時間をかける必要はありません。その代わりに脳を進化させるためのメソッドに時間をかけるべきです。発想の転換を早くしないと、死に絶えたアリになってしまいます。
新聞報道によると、文科省は不登校やその傾向にある子供のために教育課程を柔軟に編成できる「学びの多様化学校」として4月開校の25校を新たに指定したそうです。これにより全国84校となったそうですが、不登校の子どもは全国で約35万人もいます。不登校予備軍はその2倍くらいいるとして、約100万人の子どもが全国一律教育に拒否反応を示しているということです。現代はもう、知識詰込み教育の時代ではありません。すべての学校を時代に合わせて「学びの多様化学校」にすれば良いと思っています。文科省は「不登校=低学力」と決め込んでいると思いますが、不登校の中にギフテッドが何人かいると思います。教え方を工夫すれば、そこから金の卵が出てくると思っています。
『アインシュタイン・ファクター』が説いていることを一言で言うと、イメージ作りです。子どもは一人ひとり「宇宙」を持っています。それを意識させるようなメソッドを説いています。だから遊びが基本です。単純な素材を与えて、自由に遊ばせるのです。変に覚えさせたり、規則でしばったりすると、彼らが持っている「宇宙」を縮小させてしまいます。小学校の低学年までは、笑顔を作ってあげることに腐心してもらいたいと思っています。そうすれば、彼らは自信を持って、自分の「宇宙」を広げることができるでしょう。
education(教育)の語源は“引き出す”です。教育とは本来、内在する可能性を開花させる営みです。自由な遊びや試行錯誤を通じて、子どもたちの創造力を伸ばすことこそが重要です。現代の教育に求められているのは、均質な人材の大量生産ではなく、新たなミームを生み出す個を育てることです。その転換がなされなければ、社会全体が思考停止に陥る危険すらあります。
【参考文献】ウィン・ウェンガー、リチャード・ポー共著『アインシュタイン・ファクター』(きこ書房、2009)

(「No Second Life」)
読んでいただきありがとうございました。
よろしければ「ブログ村」のクリックをお願いします。
↓