「今日は、スマイルズの『自助論』を紹介したいと思います」
「何か難しそうな話が載っていそうですね」
「書かれたのは随分古くて、今から160年位前ですが、充分現代にも通用する内容になっています。もちろん現代語訳が出ています」
「スマイルズさんはどこの国の人ですか」
「イギリスの方です。当時、中村正直が留学生として行っていました。そこで出会った本です。日本では『西国立志編』として売り出し、当時100万部を超えるベストセラーとなりました」
「その題名は聞き覚えがあります」
「殆どの高校の歴史教科書に紹介されています。題名だけですけどね……。本当はこれではダメだと思いますけどね」
「内容は、どんなことが書かれているのですか?」
「『立志編』とあるように、西欧人たちの成功にまつわる話、人生の教訓話など、集めたものをそれぞれの項目ごとに紹介しています」
「有名な方の成功話ということですか?」
「何人かの有名人の伝記話というイメージではなく、それぞれの分野で活躍した人たちが遺した珠玉の言葉や生きていく上で励みとした言葉などを集めた内容となっています。その合間に、著者の人生観や価値観を入れています。だから、単なる紹介本ではありませんし、そこがこの本の魅力だと思います」
「私でも読めますかね」
「もちろん、十分読めますし、参考になることも多いと思います。それから、明治の最初の頃は、『西国立志編』をそのまま教科書として使用していたこともあったのです」
「えっ、そうなんですか」
「そのうち文部省が教科書を許可制にしたので、使えなくなってしまったのですけどね」
「ここからが本論です ↓」
友人から贈られた餞別の書を翻訳出版、それがベスセラーに
明治期のベストセラーと言えば、『学問のすすめ』と『自助論』(『西国立志編』)です。
多分、著作権が切れているのだと思います。その関係でいろいろな出版社から翻訳本が出ています。表題も『自助論』としたり『西国立志編』としたりと、いろいろです。
この本を日本で紹介したのは中村正直ですが、本との出会いは偶然の賜物と言えるかもしれません。彼は江戸幕府の幕臣として留学をしていたのですが、幕府政治が終わり新しい明治の時代になったため、予定を切り上げて急遽帰国の途に着くことになります。その際に、イギリスの友人から餞別としてもらったのがスマイルズの本だったのです。読んでみて、驚いたのでしょう。帰国した後、自分で訳したものを明治4年に出版をします。
西洋近代の知識を渇望していた当時の国民に受容されたのだと思います。初代満鉄総裁の後藤新平や星新一のお父さんで星製薬を設立した星一など多くの方が愛読書として手元に置いていたようです。
自分の人生をコントロールするために読むべき書
大変有名な人から、余り知られていない方など約300人の方の話を項目ごとに上手くまとめて、人生の教訓本にしています。有名な人で言えば、フランクリン, 種痘を発明したジェンナー,ガリレオ, コロンブス,シェークスピア, 音楽のバッハ, ベートーベンなどです。
長い人生航路を行く時、その航路の目標に対して真剣であればある程、その途中において人は迷います。ちょうどプロのスポーツ選手がより高い極みを目指して精進するために、プロのコーチを雇うのと同じ理屈です。プロのレベルまで達しているので、後は一人で頑張れるだろうというのは、素人の発想ですが、実際にはそうではありません。
人は自分で自分を完全にコントロール出来ません。自分という存在を客観的に視ることができないからです。どうしても他人の視点、アドバイスが必要です。近くに居て、自分のことを愛情をもって常に正確に観てくれるような存在があれば良いのですが、親だからと言ってそういったことが出来るかどうかは分かりません。
それ程、一人の人間、つまり自分を客観的に把握するのは難しいのです。であれば、自分で自分の現状を、様々な先人の言葉を手掛かりにして分析するしかありません。そのような考えから、この書が書かれたと思います。まさに「自助のすすめ」なのです。冒頭で「人生は自分の手でしか開けない」として、「天は自ら助くる者を助く」という言葉を紹介しています。
「天は自ら助くる者を助く」――当時の言い回しをそのまま使っています。余りにも有名な言葉なので、変に現代語には直せないと思ったのでしょう。こんなわけで、表題の翻訳も『西国立志編』より『自助論』が良いと思います。コロナ禍でスティホームが多くなるこの機に、『自助論』をめくって人生を考えるきっかけにするのも良いかなと思います。そういう点では、お薦めです。
(「dokusume.shop-pro.jp」)
今の学校教育で完全に抜け落ちているのが「人生の指針」という視点
中身を読まないで、表題だけ見て、立身出世を薦めている内容と誤解をしている人もいますが、決してそうではありません。それは例えば、こういう著者の言葉があります――「大切なのは一生懸命働いて節制に努め、人生の目的をまじめに追求していくことだ。それを周囲に身をもって示している人間は多い。彼らは、地位や力がどんなに取るに足りないものだとしも、現代はもとより将来の社会の繫栄に大きく寄与している」(S.スマイルズ、竹内均訳『自助論』三笠書房、17ページ)
これだけで、著者が立身出世を考えてもいなかったということが分かると思います。
明治の頃に、日本の教科書として使われていました。そのような良き時代があったのです。幼き頃に人生とは何か、それを教科書と教師から教えられ、自分なりに人生の設計図を描き、それについて友と議論をする。今の学校教育で完全に抜け落ちているのが、この「人生の指針」という視点です。
「道徳」は教科化となり教科書が作成され、評価が付けられるようになりましたが、肝心の中身がありません。本来は一般書籍として売り出して、国民の間で議論した方が良いのですが、密室で作られ、教室という密室で教えて終わっています。
「道徳」の教科書の中身は、きまりを細分化し、それを教訓化したエピソードを並べたものです。話も殆どが作り話です。例えば、A君がいじめられB君がそれを見て、勇気を出してクラスのみんなにいじめをしたらダメといったというような話です。偉人も2~3人取り上げられてはいますが、全体的に少ないです。
この「自助論」を教科書にした方が、子供にとって余程ためになると思います。特に、前半部分はそのまま使うことができます。いくつか紹介します。「努力はとぎれることなく引き継がれる」「最高の教育は日々の生活と仕事の中にある」「人間の優劣を決める精一杯の努力」「苦難が人間を立ち上がらせる」などです。
トクビルが友人に宛てた手紙を紹介しています――「人間は、極寒の地を目指して休まず歩む旅人に似ています。目的地に近づけば近づくほど旅人は足を速めなければなりません。そこでは、寒さこそ旅人の精神にとって最大の病魔となります。この恐るべき敵から身を守るには精神を活発に働かせておくと同時に、常に友人と接触を保つことが必要になるのです」。例えが上手いと思いますし、場面設定も面白いですね。
学校関係者の方は、朝礼やHR、総合学習で扱うことを考えてみて下さい。また、ご家庭でお子さんをお持ちの方は、教訓的な話をされる時に使ってみて下さい。エジソンは家庭教育で育った方です。家庭教育も大事なのです。
(「探求学習推進協会」)
読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければ、「ブログ村」のクリックをお願い致します ↓