「人口減少社会という言葉が、日本で定着している感がありますが、日本の総人口が減少に転じたのは何年か分かりますか、というか知っていますか?」
「えっ、いきなり言われても分からないのですが、14,5年前位からでしょうか?」
「実は正解を言うと、2015年です」
「意外と最近ですね」
「そうなんですね。実は2015年の国勢調査によると、日本の総人口1億2709万人ですが、5年前の調査と比べて96万2667人の減少だったのです」
「ただ、約100万人の減少なので、凄い数字だとは思います」
「そうですね、全国一斉という感じがあります。全国の8割以上の自治体で人口が減少したのです」
「あのを、素朴な疑問ですが、明治、大正、昭和は戦争、戦争の時代だったじゃあないですか。戦争の時も含めて、減少したことはないのですか?」
「出生数は当然変動がありますし、大空襲、原爆といったことで死者が増えるということがあったのですが、人口の数で見ると減少ということはなかったのです。明治維新の時に日本は3330万人くらいです。2008年の1億2808万人がピークですが、そこに向かって人口は増え続けたのです」
「そして、プラトーの状態がしばらく続く感じですか?」
「そうですね、それがしばらく続いて、2015年あたりから減少に転じています」
「そして、ちょうど今が坂道を転がり始めた段階ですね」
「そうですね。まだ、加速していないので、喰い止めるならば今ですね。加速するとどうなるかは、夕張市がよく分かる例です。本文で紹介しています。ピントはずれの政策をとっていると、大変なことになります」
「昨日紹介した本もそうですが、何となく人口減はもう避けられないという言い方をする人が増えていると思います」
「中には、日本の社会の衰退を願っているグループもいますので、全部が全部善意で満ちあふれた方々ではありません。注意をする必要があります」
「だけど、子供たちの教科書にも、人口減ということを書いていますよ」
「教科書の中にも、書き方として問題なのがいくつか見受けられます。人口減と高齢化をセットにして、大変だ、どうしよう的な書き方をして、そこで終わってしまっている場合が多いです」
「ここからが本論です ↓」
原因究明なし、エビデンスなし、対案なし、「3なし文章」が多すぎる
例えば、『現代社会』の教科書(第一学習社、2019年発行)を見てみましょう。「人口減少社会の到来」(221ページ)と、まるで人口減少が自然現象のように当たり前のように「到来」すると思っているのです。
「出生率の低下は、先進国に共通した現象であり、日本も本格的な人口減少社会に突入している」(221ページ)――日本だけの減少ではなく、先進国であれば、それは避けられないと言っています。ただ、どうして先進国だけなのか、「本格的」というのは、どういう意味なのか、なぜ日本も他の国と同じように人口減となるのか、それについての説明は全くなくありません。
どの教科書も書き方はお粗末です。例えば、数研出版の『現代社会』には「少子化は人口減少につながるため、その対策は重要な課題である。育児支援の拡充など、女性も男性も安心して子育てができる社会を構築する必要がある」とのこと。育児が大変になってきたから、人口減になった訳ではありません。批判能力がまだ未熟な青年にとって、非科学的な記述が一つの「刷り込み」になる危険性があるのです。
偏差値エリート達は、教科書に書かれたことは全て真実と思い込んだ上で丸暗記をして高等教育の教育課程を終え、そのような人たちが多く霞が関に就職します。何も考えず、教科書に書かれたことが正しいと信じて、ただ単に丸暗記で過ごしてきた人たちが官僚になる怖さのようなものが現実に起きているように思えます。
かつての中国には、科挙という世界一難関と言われた「公務員採用試験」がありました。ただ、それは思考力ではなく記憶力を測る試験でした。日清戦争で日本に敗退し、その愚に気付いて廃止しましたが、大学共通テスト、日本の公務員試験は記憶力試験になっています。
地域の教育力が下がれば人口は減る
その理屈については、昨日のブログで書いた通りです。人口減が激しいところと逆に増えているところを対比的に取り上げていきたいと思います。
財政破綻のしわ寄せを学校教育分野に及ぼしたのが夕張市です。夕張ピーク時には、小学校22校、児童数2万405人(1959年)、中学校9校、生徒数9727人(62年)を数えた夕張市です。
これが、2005年になると、市内に小、中学校あわせて11校になります。さらにそこから小学校7校、中学校4校を、清水沢小と清水沢中の各1校に統合します。夕張市の面積は東京23区全体の面積よりも広いのです。当然徒歩での通学は無理なので、市はスクールバスを導入しますが、児童らは最長で約30分以上かけて通学する児童も出る始末です。夕張市に務めていた教員は118人。その多くも、市外に去っていくことになります。
まさに、「負のスパイラル現象」を呼び込んでしまったと言えます。廃校、特に小学校の廃校は地域の弱体化を呼びます。少なくとも、活性化されることは絶対にありません。統廃合が話題になった時に、いかに地域の中でそれを問題化するかが勝負です。次に出てくる石垣市は、統廃合をめぐる地域での2回にわたる話合いの中で、地域と学校について住民としてどのように関われば良いのかということを深く考えるきっかけとします。
夕張市は財政破綻のため、図書館や市民会館も閉鎖され、約400人いた市役所職員も約160人まで減らし、市長の報酬も7割カットしたそうです。そのため、市長の年収は約250万円と、まるで年金並みです。交際費、退職金に至っては0とのこと。ただ、そこまでいってしまった市に残ろうと考える住民はいないでしょう。少なくとも、ここでは子育てはできないと考えるでしょう。ということは、他地域から親子で移住する人は誰もいないということになります。市全体がやがて廃墟の町となります。統廃合をしたところから、衰退が拡大していったのです。
(参考「財政破たんの夕張市、11小中学校を2校に統合へ」(読売オンライン記事)
地域の教育力が上がれば人口は増える
【沖縄県の主だった市の人口推移】
1975年 | 2015年 | 2020年 | |
那覇市 | 295,006人 | 323,996人 | 320,467人 |
沖縄市 | 91,347人 | 139,279人 | 142,634人 |
うるま市 | 85,608人 | 118,898人 | 120,250人 |
浦添市 | 59,289人 | 114,232人 | 116,933人 |
宜野湾市 | 53,835人 | 96,243人 | 100,462人 |
名護市 | 45,210人 | 61,674人 | 63,724人 |
豊見城市 | 24,983人 | 61,119人 | 64,953人 |
糸満市 | 39,363人 | 58,547人 | 62,339人 |
(国勢調査の統計数字や市が発表している数字を基に作成)
人口減少社会と言っても、このように人口が増えている県もあります。なぜ、沖縄は増えているのに、他の県は減少しているのであろうか。そのメカニズムを解明したいと思います。
注意をして頂きたいのは、全ての市や郡でこのように一律に増えている訳ではないということです。減らしているところ、減らして挽回した(石垣市)ところもあります。
減らしているところとして、沖縄県国頭郡を紹介したいと思います。国頭郡は1970年代以降、人口減に合わせて統廃合を進めました。全部で14校を廃校処分にしています。統廃合は最近にまで及び、2010年代には4校を廃校処分しています。下の数字の通り、人口が半減しました。
この因果関係に気付いて、統廃合を止めさせたところが石垣市です。これについては、前にブログで紹介していますので割愛させていただきます。
【沖縄県国頭郡の人口推移】
1960年 | 1965年 | 1970年 | 1975年 | 2000年 | 2015年 |
10,653人 | 9,192人 | 7,324人 | 6,568人 | 5,825人 | 4,908人 |
沖縄県は反中央の雰囲気・気風が残る自治体です。沖縄は唯一「本土決戦」をした県ですし、沖縄県は戦後しばらくの間、施政権がアメリカにありました。そんなこともあり、本土とは違った政治風土を持っています。
この学校統廃合の推進母体は文科省であり、そこに保守の自民党と公明党が付くかたちになります。沖縄県では、中央不信ということもあり、文科省側の統廃合政策が地域の抵抗にあって上手くいかなかったことがありますが、それが「人口」という視点からすれば良いことだったのです。ただ、それが今でも反保守の基盤をつくり上げていることは確かです。選挙の票を見れば、それが分かります。
本土の保守が強いところは、強力に学校統廃合が行われています。東北、北海道の一部、山陰地方が該当地域です。そういうところほど、人口を減らしています。教育行政を何も考えていない官僚に任せるからです。結果的には、ある意味皮肉なことになっているかもしれません。
読んでいただき、ありがとうございました