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平成は戦略なき敗北の時代――令和は立て直しをする時代

  • 2019年12月31日
  • 2020年1月1日
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無題

今年の2~3月に実施した世論調査(共同通信社/3000人対象)によると、平成は良い時代であったと答えた人は73%であった。確かに、明治以降で初めて戦争がなかった時代なので、それの反映だろう。

ただ、日本の地政学的な位置を考えると、単に戦争がなく平和であったという指標だけで判断する訳にはいかない。

「一帯一路」という名の拡張政策をとっている中国や反日を旗幟(きし)鮮明にした韓国の存在を考えると、安穏としてはいられない

無題

平成の時代を各種データにより総括し、学校教育を含めた戦略的な人材育成政策を立て、経済力を高める必要がある。ひいては、それが地域の安定と国の繁栄に繋がるからである。

その点中国であるが、20年前はGDPの数値で見ると日本の4分の1にも満たなかった国が、あっという間に我が国を追い越し、今や日本の2倍以上に膨れあがった。それに対して日本は、かろうじて3位にいるが、4位のドイツに近寄られている状況である

無題

日本は時間あたりの生産力を示す労働生産性が、OECD加盟国36カ国中20位と高くない。そのため、1人あたりのGDPを韓国と比較すると2012年に2倍の開きがあったものの、2018年は25%まで縮まっている。このような両国の経済的なパフォーマンスが、対日外交戦略においても強気な態度をとらせているのであろう。

中国がこのように急速に経済力をつけたのは国家の戦略目標を明確に設け、そこに向けて人材と巨額の予算を振り向けたからである。現在は「中国製造2025」というハイテク育成政策を推進しようとしている。世界知的所有機関(WIPO)が発表した特許の国際出願件数では、1位のアメリカが5万6142件であるが、2位中国が5万3345件と急迫している。さらにAI特許だけを見るならば、中国は約3万件で2位のアメリカの2.5倍以上であるし、AI関連の特許出願数の上位50社のうち19社が中国で12社のアメリカを上回っている。ちなみに、日本はそのアメリカの約半分である(日本経済新聞社調査/2019.3.10日付)。

この30年間のGDPの数値を見ると、日本経済は伸びるどころか、停滞していることがよく分かる。特に、ここ20年間はほぼ横ばいである。20年間の民間部門の時給の変動率も-9%と、主要国の中で唯一のマイナスであり、先進7カ国で比べると、この半世紀の間はずっと最下位である(OECD統計)。

現象の裏には必ず原因があるはずなので、国会でもこのようなデータをもとに議論をしていただきたいと思っている。野党は統計ミスの時にはデータと言って問題視するが、こういったデータには無関心な様に思える。

ところで、日本の場合は、中国とは真逆のことを行ってきたと思っている。つまり、経済的な明確な目標をもたず、人材育成や教育にかける予算が少なく、しかも教育の施策が無償化、待機児童解消など対症療法的である。アベノミクスはデフレ脱却政策であり、経済運営の方法であって、国家戦略目標ではない。

人材育成という点で企業が教育訓練費(能力開発費)に1人当たりいくらかけているかということだが、1991年の1670円をピークに、2016年には1112円と年々低下傾向である(厚生労働省)。GDPに占める割合については、学習院大学の宮川努教授が推計しているが、日本は西ヨーロッパ先進諸国の約1/10、アメリカの約1/20である(『東京新聞』2019.3.27日付)。

学校教育についてであるが、1980年代以降、政府負担は減少し、家計負担が増え続けている。「過剰期待と過小支援の矛盾」(佐藤郁哉『50年目の「大学解体」20年後の大学再生』)つまりカネは出さないが、スマホの持ち込みから教育内容についてまで事細かく口を出すということである。

平成時代の文科省は右往左往した。「ゆとり教育」で幕を開け、その9年後に「脱ゆとり」に舵を切り、さらにその後は、道徳の教科化、プログラミング教育、小学校への英語導入と続く。何のことはない、かつての詰め込み教育批判の時代の総時間数に戻してしまった。「ゆとり」を説いたのは、一体何だったのかと思わざるを得ないし、働き方改革とどのように整合性をもたせようとしているのだろうか。現場は、そういったことに振り回され続ける。

このような経緯を振り返って、1つの省庁が全国一律の教育を指揮することに対して疑問を感じている。地方自治が憲法に謳われてもいるし、地方には教育委員会がある。かつて江戸時代には「国づくりは人づくり」の考えのもと、各地の藩校や私塾で特色ある教育が行われていた。松下村塾が有名であるが、米沢藩を再興した上杉鷹山は高鍋藩(宮崎県)の藩校「明倫堂」の出身である。薩摩の郷中(ごじゅう)教育も有名である。その他、会津藩の日新館、長州藩の明倫館、中津藩の進脩館、 佐賀藩の弘道館、熊本藩の藩校時習館、鹿児島藩(薩摩藩)の造士館など、挙げたらきりがない程ある

令和の時代となる。アメリカは教育内容が州によって異なる。教科書はもちろんカリキュラム、義務教育年限も違う。教育のあり様(よう)を地方に委譲することを考えたらいかがであろうか。かつてのよき時代を蘇らせるためにも。そしてそれは、地方創生にも寄与することになるだろう

 

この文章は、沖縄の日刊紙『八重山日報』(2019.4.12日付)の「論壇」に掲載されたものです(1部加筆あり)。

令和の時代は、内外の反日勢力を駆逐しながら、真面目に立て直しをする時代です。

来年も、微力ながら祖国のために発信していきたいと思っています。

 

読んで頂きありがとうございました。

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