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日本人に足りないのは祖国という意識  / 「階級国家論」の呪縛から逃れる必要あり

「弁護士の牛島信氏が「祖国を、日本を、改めて考えなくてはならない時代になっている。新型コロナウイルスは、国以外に頼るものがないことを明らかにした。外側の世界から我々を守ってくれるものは、日本という祖国以外にない」(「まえがき」、『身捨つるほどの祖国はありや』幻冬舎.2020年)と言っています」

女性

「祖国という言葉を聞くと、心の琴線に響きますね」

「国、国家、祖国、すべて同じはずなのに、受け止める側にニュアンスの違いがあります」

女性

「ただ、英語でもnation、state、countryと3つの表記があります」

「今、ちよっと「goo辞書英和和英」で調べてみました。nationは一つの独立政府の下にまとまった国や国民、stateは主権のある国家、countryは人が国民として帰属するところ、を意味するそうです」

女性

「英語の場合は、かなり厳密に用語が整理され、使い分けがなされていると思います」

「そうですね、日本語はその点少し曖昧だと思います。国は一般的に使う言葉です。国家は権力という言葉とセットして使う場合が多いようですが、同じように使っています。そこに「感情」を乗せた言葉が、祖国という言い方かなという程度ですよね」

女性

「逆に言うと、余り厳密に使い分ける必要がなかったということでしょうか?」

「戦前の軍国主義の反動で祖国は使いにくくなっていると思います。後の、国と国家は適当に使われている感じを受けます」

女性

「敢えて日本語と英語、訳の組み合わせをするならば、stateが国家、nationが国、祖国がcountryということになるのでしょうか?」

「そうですね。その辺りは専門家の意見を聞く必要があるかもしれませんね」

女性

「それはそれとして、現代日本において求められるのは、どういった国の在り方であり、言葉でしょうか。英語で言ってもらった方が誤解なく伝わると思います」

「私はcountry意識だと思います。故郷の山や河、家族、親族が暮らした想い出が詰まった故郷(ふるさと)をどう守るか、その意識を日本人がもつことができるのか、そこが重要だと思いますし、分かれ目だと思っています」

女性

「分かれ目というのは、何の分かれ目なのですか?」

「この日本を未来永劫守れるかどうかの分かれ目ということです」

女性

「ここからが本論です ↓」

 祖国のイメージをもつことが重要

形式論理的に国家という言葉を持ち出し、国家と国民を対抗関係に置いて考える時代ではありません。それは何故なのか。簡単に言えば、世界が「お花畑」ではないからです。「お花畑」の世界であれば、国家と国民を対抗関係に置いて考えても良いと思います。何故なら、その緊張関係の中で国家が弱体化したとしても、国そのものは存続するからです。ところが、弱肉強食の世界なので、国家の弱体は国家の消滅につながります。世界はまだ緊張関係の中で推移しているのです。

ところが、日本人は世界がまるで「お花畑」の世界であるかのように教えられています日本国憲法の前文です――「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する

日本国民の箇所をとって、他の国名を入れても通用します無国籍文章になっています。これを後生大事にして、いまだに改正できなままでいます。近隣の反日国家は、ほくそ笑みながら腹の中で笑っていると思います。憲法改正すらもたもたして出来ない国が、有事の際に的確に行動などできはしないと思っていることでしょう。

今も話題になっている日本学術会議の前文も同じです――「人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と連携して学術の進歩に寄与……」。

共産主義者は世界という視点からモノを見ようとします。一見誰もがそれが正しい視点だと思いがちです。ただ、現実はそうはなっていません。まさに弱肉強食の世界となっています。世界のどこかで戦火があり、戦火の火種は常にくすぶり、権力にモノを言わせて法律を制定して首謀者を捕えたり、自治区を植民地としたりということが起きています。

世界は「お花畑」になっていません。無国籍の対応をすれば、呑み込まれる危険性が出てきます。そして、すべてを「世界」という視点から視るため、国家に対して分析的な視点が欠落することになります。そして、世界を性善説で見て、国家を性悪説で見るため、自分の国の政府を敵視するという変なモノの見方をするようになります。

その辺りについては、憲法の見方に影響を与えます。「戦後の憲法論はもっぱら『政府』のことのみを問題とし、『国民共同体としての国家』についてまともにかんがえようともしなかった。これでは『国家(国)を守る』などという発想そのものが浮かんでこないはずであって、ここに戦後憲法論の最大の欠陥がある」(百地章『憲法の常識 常識の憲法』文藝春秋.2005年/23ページ)という指摘がなされる所以です。

 国家(state)を説いて祖国(country)を教えず

戦後日本の教育の最大の問題点でもあります。「日の丸、君が代」反対を現場の教師が率先して行ったという馬鹿げたこともありました

国民という言葉があるように、祖国があって始めて安心した暮らしができるのです。祖国が無くなれば、亡国の民として世界を流浪するしかありません。ユダヤ民族はかつてユダ王国を建国して暮らしていました。ところが、アッシリアという国に滅ぼされ、それ以来亡国の民として約2000年の長きにわたって流浪したのです。国が無くなれば、そういうこともあるということです。

日本は周りを太平洋と日本海の荒波に囲まれているため、国家防衛についてそれほど心配をすることなく過ごしてきました。それは海を乗り越えて攻撃する技術を周辺諸国を含め人類が手に入れていなかったからに他なりません。ところが、近年は軍事技術が発達して、海に浮かぶ島国ということで、逆に標的になりやすい状況となってしまったのです。

さらに海底にはメタンハイグレード、天然ガス、レアメタル、レアアースなど貴重な海底資源が眠っていることが分かっています。そして、それを採取できる技術を人類は獲得しようとしている今、陸路を遮るお荷物的な存在であった海が、一気に宝の山、いや宝の海になってしまいました。当然、世界の人々の海を見る目が変わってきていますし、中国がそれに目を付けています。

日本はプレートが沈み込んでいるところに位置している関係で、海底資源が豊富にあるということが近年の調査で判明しつつあります。たまたま現在は、海底深く沈み込んだ所に埋蔵する資源を掘削する技術を持たないため手を出してこないのですが、技術を得ればなりふり構わず勝手に掘りに来ることは当然考えられることです。

 「21世紀型国土」を守るという決意が必要

これからの時代は、国土と周りの海の「面積」と「体積」を考えることが大事です。そういった21世紀型国土」の広さの国際比較をしてみることにします。日本は領海と排他的経済水域(EEZ)の合計が447k㎡あり、国土の38k㎡と合わせた総面積が485k㎡となり、世界9位の広さです。これだけ広大な「国土」を持ち、なおかつ中国政府の「宝の海」を取るためには何でもするぞという状況を前に、尖閣辺りは「波高し」の状況が続いているのです

ちなみに世界ベスト10は以下の通りです。

1   ロシア 2  アメリカ 3 オーストラリア 4  カナダ 5   中 国
6   ブラジル 7  フランス 8   インド 9  日本 10 ニュージーランド

※7位のフランスを意外に思う人がいるかもしれませんが、かつて帝国主義として植民地を領有していた名残りとして太平洋や大西洋にいくつかの島々を領有しており、その関係で7位に入っています。領有している島の代表例としては、ニューカレドニア島が有名です。

さらにEEZ内の海水の体積で比べると、日本近海は海溝があり深いため、世界4位となります。なお、「21世紀型国土」となると、国境を接する国は、ロシア、中国、北朝鮮、韓国、台湾、フィリピン、アメリカの7カ国です。これらが日本にとっての隣国です。祖国を隣国から守るという視点をきちんと持つ、そこを国内の共通認識とした上で、議論をして欲しいと思っています。

読んでいただき、ありがとうございました。

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