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中国など強権国家を支える思想 ―― 韓非子の法治主義を学ぶ意義 / 敵を知り己を知れば百戦危うからず(孫子)

「今日の『日経』(2021.9.15)の1面のコラム「春秋」に、旧ソ連の指導者スターリンの最後のことを取り上げていました」

女性

「どういうふうに書かれていたのですか?」

「いつもなら姿を現すのになかなか出て来ない。護衛官は不安だったが呼ばれてもいないのに様子を勝手に見に行くことは出来ない。ただ、それにしてもいつまで経っても出て来ないので、郵便を届けるという名目で部屋に入ったそうです。食堂で倒れ、いびきをかいている状態だったそうです。それが夜の9時だったそうです」

女性

「その状態をどう見るかですよね。普通は、閣下大丈夫ですか、しっかりと声を掛けると思いますけど……」

「そういうことをしろという命令が出ていないので、困ったということです」

女性

「だって、命令を出すべき人が倒れてしまったから無理でしょ(笑)」

「だから、その場に当時の政権の首脳部が集められたそうです。一番彼らが恐れたことは、余分なことをして起こしたとなれば叱責されるということだったのです。そして、話し合いの結果「眠っている」「空騒ぎ」ということになり、本人をそのままにして全員帰宅したそうです」

女性

「その話を聞いて、先日の韓非子(二柄篇)の話を思い出しました。寒いだろうと思って、上着を掛けた人が罰せられたという話でしたよね」

「共産主義と法家思想は同じような考え方をすることが、この事例で分かりますよね」

女性

「親切心で声を掛けたのに、それで罰せられたらイヤだと思ったのでしょうね。結局、どうなったのですか?」

「次の朝も同じ状態だったので、普通とは違うということになって医者を呼んだそうです。病は重く、その3日後の夜に死亡したということです」

女性

「発見した時点で応急処置をしていれば、助かったかもしれなかったということですね。コラムはその話から何を導き出そうとしているのですか?」

「スターリンの恐怖政治の結果、腹心からさえ正常な判断力や哀れみの心が奪われたとみえる、と書かれていますが、そうではありませんね」

女性

「正常な判断力や哀れみの心が奪われていた訳ではありません。だから、皆でどうしましょうと相談した訳ですからね」

「彼らの頭を覆っていたのは、法家思想の考え方だったのです。どんな時も、常にきまりを守る、法令にないことは決してしない、徹底的に叩きこまれていただけなのです。その結果の悲喜劇と見るべきでしょう」

女性

「ここからが本論です ↓」

 

 『韓非子』を読むことをお勧めします

今回も法家思想についての話題です。法家思想の大成者の彼の名前をそのまま書名にした『韓非子』という本があります。岩波書店や学習研究社といった出版社から出ています。ただ、孔子、孟子、孫子に比べて余り読まれていないと思いますが、エピソードも多く、読み物としても面白いと思います。一つだけ紹介します――何故、虎は犬より強いのか。それはキバと爪があるからだと言います。犬にキバと爪を与えれば虎に勝つことができる(二柄篇)。例え話が上手い人は頭の回転が良い証拠ですが、思わずニヤリとしたり、変に納得してしまう話も多く入っています。

中国はこの考え方をベースにして今でも統治をしているので、実際に政治の現場にいる方には必読の書だと思います。彼らが肚の中で考えていることは、我々が思っていることとは違います。彼らの知的ルーツを充分に研究した上で外交交渉をして欲しいと思っています。

秦の始皇帝が『韓非子』を読んで、感激したという有名な話もあります。感激して、法家思想の考えに基づいて統治を進めたのでしょう。そして、それ以来、法家思想が中国において統治の原理として定着していったのだと思います。


 法治主義は法律万能主義の立場を取り、最後は「喜劇」で終わる

人権問題で中国を批判すると、彼らは我々流の統治の仕方があると言って反論しますが、彼らの原理は法家思想が説くところの法治主義です。何故、そのことを詳しく論じないのか、それを明かせば手の内が分かってしまうからだと思っているからです。ちなみに、近代ドイツ法が説くところの法治主義とは、成立した年代、内容も含めて全く異なったものです。一応、念のため。

法家思想の法治主義は、君主権力を絶対的に高める必要があるという発想から出発します広大な土地と多くの人民、それらを一つの国としてまとめるためには、すべての権限を一人の君主に与え、彼が発した命令や決まりの下、一糸乱れぬ政治が繰り広げられなければいけないと考えます。そのためには、命令や決まり、つまり法の権威と力を常に高める必要があると考えるのです。そして、法に書かれていないことを臣下の者が行うことを極度に嫌いますし、時には危険視します。人権という概念を入れる余地はありません。そんなことを考えていたら、国を統治出来なくなってしまうと考えます

「食堂で倒れて、いびきをかいている状態の君主を発見した時、医者を呼ぶこと」という命令があらかじめ出ていない場合は、臣下の者は動けないのです。『日経』のコラムは「不謹慎ながら一種の喜劇」と評していますが、この思想の行き着く先は「喜劇」だと思っています。それは何故か。一種の法律万能主義の立場を取るのですが、人間のすべての行動を予測して、法令として決めることは不可能だからです。

(「漫画キングダムより―事実を整える」)

  社会制度(システム)の背後に流れているのが、性善説と性悪説の考え

法家思想の法治主義を支える人間観は性悪説です人間の本性は何なのかという命題に対して、性善説と性悪説の2つがあります。人間学、あるいは哲学の分野においては、これ自体が永遠のテーマなのかもしれませんが、実際の社会では悪人と善人が混在して生活をしていますので、環境によって善にも悪にも転ぶ存在として捉えるのが正しいと思いますし、実は教育学は、この立場の上に成り立っている学問なのです。

社会制度(システム)を考える場合は、性善説か、性悪説の立場なのかを決める必要があります民主主義の国では、そういったことは殆ど意識されないまま、その時々の必要に任せて法が作られていきますが、背後に流れているのは性善説です。法を必要悪として捉える考え方も民主主義社会においてはあります。

独裁国家といっても、その強権度が様々でしょうが、権力の集中が進めば進むほど多くの法令が作られ、内容的にも細かくなっていく傾向を示します。北朝鮮が全国人民会議をよく開きます。何をそんなに討議して、決めることがあるのかと不思議に思うかもしれませんが、それは権力基盤の強化と正比例しているのです。中国も習近平の独裁が今後さらに進行していけば、ありとあらゆる方面において規制がかかってくると思われます。香港の出来事は、ほんの序の口だと思っています。日本人はそれらを社会勉強として見ておく必要があります

(「You Tube」)

 李斯(りし)―― 法治主義の考え方に基づいて、秦の天下統一に貢献した

法家思想の法治主義の考え方を「最も大きなスケールで実際政治に運用したのが、李斯であった」(中国の古典9『韓非子』1982年、学習研究社/23ページ)ので、彼の行状を紹介したいと思います。李斯はもともとは楚の国の人で荀子に師事をしたのですが、そこで韓非子と出会っています。李斯は韓非子が書いた書を手土産にして秦王政(後の始皇帝)に謁見したと言われています。『史記』によれば青雲の志をもって秦に仕え、秦の天下統一に貢献をした人です。ただ、韓非子を自身の出世のために誅殺した人物でもあります。

李斯は長史(大臣参与)に抜擢されるのですが、さっそく周辺諸国に策略を巡らします。その辺りについては、次のブログで書きたいと思います。

(「世界史の窓」)

 

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