「「徴用工訴訟 現金化手続き可能に」という新聞の見出しがありましたが、新しい局面に入りそうなのですか?」
「徴用工訴訟というのは、原告が戦前の徴用に対して、当時働いた日本企業に対して損害賠償請求を求めた訴訟です」
「韓国の最高裁で判決が出てしまったのですよね」
「韓国では大法院と言います。信じられないのですが、原告32人に総額27億ウオン(約2.4億円)を支払えという内容の判決がすでに確定しています」
「日本企業は支払いに応じていないですよね」
「当然応じていません。そのため、日本製鉄の持っている資産(株式資産)を差し押さえて、それを現金化した上で原告に支払われるという流れになると予想されています」
「その場合、日本はどうするのですか?」
「対抗措置を考えているとは言っていますけどね」
「やられ放題という印象をもっているのですが……」
「昨日のブログでも言ったのですが、日本側の戦後の外交下手が最大の原因です。将棋で言うと、悪手、悪手、悪手の連続です。一度リセットする意味で、早く断交をした方が良いというのが私の意見です」
「民間の経済交流については、どう考えれば良いと思いますか」
「今までは、政治と経済は別と言っていたのですが、そういう段階ではなくなってきました。韓国にある工場や事業所など資産整理をして、撤退を考える時代になりました。長い目で見た場合、得策だと思います」
「中国や北朝鮮の動向も気になりますよね」
「今の文政権は、日本よりも北に目が向いています。アメリカよりも中国に親しみを感じていると思います。共産主義者による企業の国有化という名の収奪の危険性もあります」
「危険性が増しているということですね」
「半島で何の異変がなかったとしても、この調子で、永遠に食い物にされるだけです」
「ここからが本論です ↓」
人を見て法を説き、付き合う国を考える
「人を見て法を説け」という言葉があるように、相手の状況に合わせて、何をしなければいけないか、何をしてはいけないかを考える必要があります。「敵を知り、己を知れば、百戦戦えども負けることはない」という諺があるように、まず大事なのは相手を分析することです。
同じことをしても、ある人は感謝をして喜んでくれるけれど、別のある人にとっては有難迷惑ということもあります。同じことを言っても好意的に受け止めてくれる人とそうでない人に分かれます。国も同じです。誠心誠意尽くして、良かれと思って行ったことを、常に逆に受け止められるようでは、付き合う価値がありません。
タイミング的にはちょうど良い切れ目です。このような厭な思いを、子や孫の代まで味合わせたくないと思います。悪しき連鎖は、ここですっぱり切る覚悟が必要でしょう。
日本と半島は有史以来ほとんど交流がなく、別の方向を向いて歩んできた
「ふつうの韓国人は、日本に対し良い感情を持っていません。不快な、あるいは敵対的な感情を持っています。それは長い歴史の中で受け継がれて来たものです。私は7世紀末、新羅が三国を統一した時からそうなったのではないかと考えています。以後千数百年間、韓国と日本は非常に近くにありながらも、為政者次元でも民間次元でも、交流が薄かったと言えます」(李栄薫『反日種族主義』文藝春秋.2019/201ページ)
「今日韓国の学者の中で、日本の歴史、文化、政治、経済について専門的識見を持っている人はまずいません」(李栄薫 前掲書 202ページ)
著者の李栄薫(イ・ヨンフン)は、韓国経済史が専門ですが、韓国のアイデンティティを『反日種族主義』という言葉で説明しています。アイデンティティというのは、存在証明のようなものです。個人にしても組織にしても、世の中で生きていくためには、自他ともに認める存在意義が必要です。その中核を構成するものがアイデンティティですが、調べてみると常に「反日」でまとまってきたお国柄なのです。
江戸時代の200数十年間の間に朝鮮通信使が12回にわたって日本に来ています。その使節団の一員として来日した金仁謙(キムインギョル)は、後に『日東壮遊歌』という本に日本紀行を載せていますが、全編これ罵詈雑言で満ちあふれています。
「日本人は穢(けが)れた愚かな血を持つ獣人間」(石平『朝鮮通信使の真実』ワック.2019年/3ページ)、「日本人は人柄が軽率で凶悪であり、女は生まれながらに淫(みだ)らである」、「面目は人間であっても、行いは犬とと豚の如く」(石平. 前掲書/ 5ページ)などです。
どうしたの、という感じですが、作者の金仁謙は朝鮮王朝のれっきとした高級官僚だったのです。
原因があるところに結果があります。そのような歪んだ精神構造はかなり根が深いものがあります。簡単に言えば、この約2千年の間、中国の冊封体制の中に組み込まれる中で形成され、培われたものだと思います。冊封体制というのは、中国の支配体制のことですが、古代から清の時代まで、それに組み込まれていたのです。日本もそうであれば韓国の日本を見る目が違ったのですが、日本はその体制には組み込まれていませんでした。しかも、周りの海が天然の「砦」となって、中国といえども軍事的に手出しが出来にくい国だったのです。
朝鮮半島の国は、中国と国境を接して、常に支配、監視を受けている身なのに、海を隔てた隣国の日本は自由と繁栄を謳歌している忌々(いまいま)しい国と映ったことでしょう。そういった感情が、長い年月をかけて、民族のDNAの中に取り込まれていったのだと思われます。
関わらないことが、歴史の教訓
そのような強烈なDNAを取り込んでいるためか、同じ民族でありながら2つの国に別れて、今もなおいがみ合っているような状態なのでしょう。日本としては2つの国が1つにまとまってから、改めて国交を結ぶというのが筋なのではないでしょうか。
現在は、北朝鮮とは国交もなく、韓国とだけ国交を結んでいますが、この55年間常にぎくしゃくして、お互いに良い思いをしていません。国も人間も同じです。嫌々付き合う必要はないでしょう。お互い別々の途を歩むことも生き方の選択としてあると思います。
黒田勝弘氏は『韓国人の歴史観』(文藝春秋.1999年)の中で「歴史についての贖罪感自体は必ずしも悪いことではない。それは相手の気持ちに対する配慮以上に、こちらにとっての歴史的教訓として必要だからである。しかし贖罪感によって歴史を見る目が曇ってしまっては何にもならない」(229ページ)と言っています。
大陸や半島の国の主張ばかりを聞いて、自分の立ち位置が分からなくなり、茫然としているのが今の日本の姿です。そういう時は、どうするのか。ひたすら自分を見つめる努力をするしかないでしょう。目を開けばついつい余分なものを見て、どうでも良いことを考え始めてしまいます。だから、高僧は目を閉じて一人静かに無念無想の精神統一の中に身を置くようにしています。
そのような努力の他に第三者の意見を聞くことも大事なことかもしれません。
中国四川省生まれで現在日本で評論活動をしている石平(せき・へい)氏は、朝鮮通信使のことを研究して、最後に次のように結論づけています。「ある意味では、通信使の時代から現代に至っても、半島の人々は何も変わっていない。われわれは彼らとの付き合いに気を付けないといけない。あるいはそもそも、彼らと一切付き合わないのはわれわれにとってのもっとも賢明な選択肢であるかもしれない。歴史の教訓からみれば、彼らとはやはり、関わってはいけないのである」(『朝鮮通信使の真実』195ページ)
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