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日本サッカーの勝利と「和」の国 ―― 「和」の秘密は縄文時代にあり / 「和」の精神は『古事記』神話に盛り込まれる

  • 2022年11月24日
  • 2022年11月24日
  • 歴史
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「おめでとう、サッカー日本代表!!」

女性

「有難うございます。私は今日は寝不足です。だけど昨日は本当に眠気覚ましの1発という感じでしたね」

「ちょうど、ウトウトし始めた頃でしょ」

女性

「1対0のまま後半戦に入って、全然点が入らなくてやっぱりドイツは強いんだなと思った矢先のゴールでした」

「その後、すぐにまた点が入ったでしょ」

女性

「凄いというか、びっくりしました。大興奮でお布団に入ってもなかなか寝付けませんでした」

「そういう方が多いのではないかと思います。私の知り合いで次の試合も見たので、睡眠時間1時間と言っていました。世界中から驚きと称賛の声が上がっていますが、ロッカーを奇麗に使ってくれて有難うという現地からのニュースも飛び込んで来ています。千羽鶴が折られて置いてあったそうです」

女性

「選手が折ったのですか?」

「選手が折ったのか、家族かファンが折ったものをお礼としてそこに置いたのか、その辺りは詳しく報道されていないので分かりませんが……」

女性

「そういう気配りが大事ですよね。日本人の得意な分野だと思います」

「そういうのを得意って言うのですか(笑)?ただ、サッカーは周りを見て、気配りが出来ないと選手としては失格でしょうね」

女性

「完全にチームプレィですものね。野球もそうですけど、ただ野球は一人凄い選手がいれば勝つことがありますが、サッカーは絶対に無理ですものね」

「日本人が好きな理由が何となく分かりますよね」

女性

「皆で一緒にと言われると何となく燃えますよね。やはりこれもDNAのなせる業ですか?」

「漢字で書くと「和」ですが、その起源を今日は学問的に探っていきたいと思います。」

女性

「ここからが本論です ↓」

 豊かで平和な定住生活――縄文時代

現在、縄文人や弥生人のゲノム解析から日本人の成り立ちを探る研究が密かに進んでいます。国立遺伝学研究所(静岡県)で2018年度から始まったプロジェクト「ヤポネシアゲノム」です。すでに今までの解析から「縄文人は遺伝的には現代の世界ではどこにもいない特異な集団」(篠田謙一国立科学博物館副館長/東京上野/『日経』2020.4.22日付)とのことが分かっているそうです。

縄文時代が1万年近く続いたのですが、近年発見されて話題となった青森の三内丸山遺跡を始め、それこそ全国に無数にある遺跡の発掘調査の結果、当時の日本は採集・定住生活で充分豊かに暮らしていたのではないかと言われています。

(「souki」)

 縄文人と弥生人のゲノムが交わる

縄文人にとってのカルチャーショックが弥生人たちとの出会いだったと思います。自分たちより少し体格が良く、面長の顔をした人たちが日本列島に稲作文化と新しい土器の技術を携えてやってきたのです。世界の常識で言うと、お互い全く違う言葉と文化をもっていますので、それを守るために、ここから戦闘が始まります。

特に、現地の縄文人からすれば、侵略行為だからです。まさに、ウクライナで今起きていることが起きてもおかしくなかったのです。少し前までは、縄文文明は弥生人によって崩壊させられたという説を唱える人もいたのですが、DNAの解析によると、そうはならずに基本的には融和が進んだことが分かってきました。しかもその融和が7世紀の古墳時代頃、期間にして1500年位続いたことも分かってきたのです。

争いではなく融和となった理由としていくつか考えられています。まず、侵略行為といっても大人数ではなく比較的少ない人数が長期にわたって日本に技術をもって渡来してきたので、排除をしないで協調した方が得策ではないかという判断が働いたという説です。もう一つは、縄文人たちがもっていた自然との融和、自然の中にカミを見るといった宗教心からくるものを挙げる人がいます。つまり、何事もまず融和からという発想があり、弥生人たちに対してもそういう態度で接しようとしたのではないかというものです。

このように日本列島を舞台にして縄文人と弥生人のゲノムが交わっていくことになります。現在の日本の本州において縄文人のゲノムを約10%の人が受け継いでいると言われています。北海道のアイヌや沖縄の人たちはもう少し多いそうです。なお、アイヌ民族、琉球人は大和民族とは違うということを言う人がいますが、ゲノム解析によるとすべて繋がっているそうです。

先に紹介した篠田謙一氏の話によりますと、DNAの研究は2010年頃を境に大きく変わったとのこと。そして、そういった分析の結果、「後から入って来た人たちを排除せず、混ざり合う方向に動いたことをDNAは示している」(『読売』2015.11.18日付)そうです。


 

 「和」の精神は『古事記』神話に盛り込まれる

そういった融和の精神が「和」の精神となり、『古事記』神話に盛り込まれたのではないか、そしてさらに聖徳太子の十七条の憲法の「和をもって尊し」に結実したのではないかと思っています。

ギリシア神話と『古事記』神話を比較すると、そこには対照的と言って良いほどの違いがあります。学者の中には、神話は作り話なので非科学的であると言って研究対象から排除する意見もありますが、そういう態度こそ傲慢であると思っています。というのは、作り話であろうと、当時の人たちの価値観がそこに投影されていることは間違いないからです。

例えば、1000年後の人が21世紀の世界を調べる時に、現代に書かれた小説は参考になるはずです。作り話であろうと、そこには21世紀の人たちの考え方や価値観、宗教や習慣が描かれているからです。

そして改めて2つの神話を読み比べてみますと、大きな違いは2つあります一つは、ギリシア神話が極めて戦闘的なのに対して、『古事記』神話は極めて融和的なことです『古事記』神話で目立つ存在は暴れん坊のスサノオです。このスサノオがいろいろ問題を起こすのですが、アマテラスは罰しないで自分が天の岩戸に閉じこもってしまいます。

さらにスサノオの子孫のオオクニヌシの時代に有名な国譲りの話が出てきます。3回使者が来て譲れという話です。ギリシア神話であれば、「何をふざけたことを言っているのか」ということで、ここから一戦交えるのではないかと思いますが、オオクニヌシは国を譲ってしまいます。

ギリシア神話の神々は最高神と雖も実は安泰ではないのです。最高神のゼウスは父のクロノスとの激しい権力闘争に勝ったから、最高神になったのです。日本の神様との違いです。日本のアマテラスは他人ではなく、自分を責めてしまいます。非常に内向的です。

この辺りは、日本の政治家を見ても分かると思います。外国、例えばアメリカでもロシアでも絶対に引くことはありません。日本の政治家は常に腰を引きます。攻められると条件反射的に引いてしまうというのは、古代のDNAをそのまま受け継いでいる証拠なのです。個人では弱気になって引いてしまいますが、団体戦は周りがカバーして強気になれます。そういった日本人の性向は、はるか昔の時代から受け継いだものなのです。

(「フォトライブラリー」)

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