「京セラの名誉会長の稲森和夫氏がお亡くなりになったそうです」
「おいくつだったのですか?」
「90歳とのこと。老衰だそうです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。実は彼の『生き方』という本の愛読者だったのです」
「そうだったんですか」
「あなたに勧めようと思って、今日は本棚から引っ張り出して持ってきたのです。文庫本の『稲森和夫の哲学』もあったはずなんですが、そちらは見当たらなかったんです」
「2冊も買われたのですね。余程、気に入ったのですね」
「松下幸之助さんもそうですが、何かを成し遂げた人は、その人なりの哲学があるのだなと思って、感心して読んだ記憶があります」
「何年前の話ですか?」
「本が出版されて、14、5年経ちますので、その頃だと思います。京セラの社長だったのですが、1997年に名誉会長になります。そこから、文筆活動に入るのです」
「『生き方』とか『哲学』という題の付け方をみると、何か宗教チックな感じを受けるのですが……。宗教色はないのですか?」
「彼は実は仏門に帰依しているので、仏教の影響が随所に見られます。ただ、著書の中で仏教だけではなく、キリスト教、儒教、さらには町人道徳を説いた石田梅岩まで取り上げています」
「えっ、仏門に入られたのですか? 会社の経営者ですよね」
「65歳になった時に、真の信仰を得たいということで仏門に入ったと書かれています」
「中には、ずっと金儲けを追求する人もいるのに、ある意味凄いですね」
「そんな彼の体験的な宗教論というのでしょうか、自分の生きてきた中で様々な迷いや行き詰まりがあったのでしょう。その時に、出会った様々な教えが書かれています」
「じゃあ折角なので、読ませていただきます。あと、時代的なメッセージは書かれていないのですか?」
「日本の社会やこれからの人間のあるべき生き方ということで、彼なりの問題意識を持っておられました。本論では、彼の提起したテーマに添って論を進めたいと思います」
「ここからが本論です ↓ 表題の写真は朝日新聞デジタル提供です」
体験的アメリカ論
彼の著作が幅広い層の読者を惹きつけるのは、多くの貴重な体験の中から学び取った豊富な教えが散りばめられているからです。
1ドル360円の時代にアメリカで自社製品を売り込んだ時の苦労を語りながら、日本人とアメリカ人の考え方の違いを書いています。アメリカでは「リーズナブル」という言葉を商談の際によく聞いたと言っています。リーズナブルというのは、合理的、正当性というような意味です。日本人だと、ブランドにつられますが、アメリカはどこの誰が作っているかよりも、その製品の質に見合った価格が合理的であれば商談に応じてくれたそうです。
目の付け所が良いと思います。まず、日本市場で勝負して、それからアメリカでは、もしかしたら新興企業の京セラは成長の芽が出なかったかもしれません。勝負できそうな良い製品を作ったらまずアメリカで勝負して、そこでの実績を引っ提げて日本市場で勝負したのです。
(「CBRE」)
美しき心を忘れた日本人
稲盛氏が敬愛していたのは、西郷隆盛です。同じ鹿児島県の出身ということがあったのかもしれません。決して利を求めず、義の人生を貫いたからです。特に西郷隆盛の「徳高き者には高き位を、功績多き者には報奨を」という考えに心酔して、自著の中で紹介しています。
権力者や権力に近いところに位置する者は、その地位を使えば簡単に様々なものが手に入ります。最近も、東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事がその地位を利用してスポンサー契約に絡んでの不純な動きがあったということで、当事者が逮捕されるという事件が起きています。
「人の上に立つリーダーにこそ才や弁でなく、明確な哲学を基軸とした『深沈厚重』の人格が求められます」と、稲盛氏は言います。
(「イラストAC」)
新しい日本を
「同じ歴史を繰り返すな、新しい日本を築け」と稲盛氏は言います。この提言は、このままでは「国そのものが滅びてしまいかねない危機もはらんでいる」という危機感に裏打ちされたものです。
彼の説く新しい日本になるためには、「経済至上主義に代わる新しい国の理念、個人の生き方の指針を打ち立てる」必要があります。ただ、言葉として成り立っていても、実際に具体的にどうすれば良いのかという問題が遺ります。
個人には個人の、国には国それぞれの役割があります。それを深く自覚して邁進して生きることが大事だと言います。「あらゆるものが創造主から役割を与えられている」はずだからと言います。
彼の気持ちを受け取りつつ、それを現実の社会の中で生きたシステムとして構築していく。日本のような「保守的岩盤社会」においては、かなり大変なことだと思いますが、少しでも前進できるよう努力するということだと思います。
(「PIXTA」)
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