
「今日の『産経』(4/2日付)の報道で知ったのですが、修学旅行生が乗った船が転覆して女子高生が1人亡くなられましたが、文科省が京都府に調査を要請しましたね」

「記事を読んでいないのですが、どんな調査ですか?」

「同志社国際高校は反対派の考えに同調する立場から、今まで継続的にテント村見学や座り込みなどを現地で実施していたようです。その実態とそれを授業でどのように扱っていたのかの調査の要請を京都府にしたみたいです」

「確かに自治体は私立高校を監督する義務がありますからね」

「ただ、現地で基地建設場所を見たりすることが平和教育と言えるのでしょうか?」

「建設場所を見たり、テント村で座り込みをしたりしても、反対する人たちの心情に触れることは出来ますが、それだけでは何が何だか分からないと思います。学校側が考えている平和教育の全体の中の1つだったと思います」

「「偏向的な平和教育」という穏当ではない言葉が文科省の役人の口から出ています」

「一口に「平和」と言っても難しい問題だと思います。単純に基地をなくせば良いという問題でもありませんし、反対活動を続ければ平和が実現する訳ではありません。ただ、沖縄に過度に基地が集中していますので、現地の人のやるせなさみたいなものは分かる気がします」

「先が見えないような問題になっているので、余計に実力行使的な発想になるのでしょうね」

「そうですね、そういう側面はありますね。その一環として行われた乗船によって死者が出たので、本当に痛ましいと思っています。この問題をマクロの視点から見つめていきたいと思います」

「ここからが本論です ↓ 表紙提供は「TBS NEWS DIG」です」
在日米軍体制と沖縄集中が示す「安全保障の現実」
日本は史上最強のアメリカ軍に守られていると言えなくもありません。日本には、米軍専用施設が 76カ所、さらに共同使用施設と言って、自衛隊の基地や民間の港湾など、日米地位協定に基づいて共同で利用する施設が54か所、合わせて全国130カ所あります。中国や北朝鮮が日本に「手出し」が出来ないのは、このためです。憲法9条を言う人がいますが、現実の国際社会では、憲法で平和条項を掲げても、防衛の効果はありません。
米軍専用施設は沖縄県に集中しており、その割合は全体の約70.3%(令和7年/2025年時点)にのぼります。つまり、国土面積のわずか約0.6%しかない沖縄県に、全国の米軍専用施設面積の約70%が集中している状況です。当然、現地から様々な不満が出てくることになります。その不満が直接の抗議行動として現われているのです。
今回事故があったのは、辺野古沖に作ろうとしている米軍基地の建設現場です。もともと沖縄県は「県外・国外移設」を求めており、2019年の県民投票では7割以上が辺野古埋め立てに反対していました。埋め立てによって、絶滅危惧種を含む豊かな生態系を持つ大浦湾の海が失われることへの懸念もありました。さらに、埋め立て予定の大浦湾側にマヨネーズ状の「軟弱地盤」が見つかり、大規模な地盤改良工事(約7万本の砂杭を打つ)が必要となっています。これにより工期の大幅な遅れ(完成は2030年代半ば以降)と、総工費の膨張(約9,300億円)が指摘されているのです。

(「毎日新聞」)
「友好的占領」としての戦後体制の本質
なぜ、これほどまでに米軍駐留が維持されるのか。日本はアメリカの「友好的占領」を受け入れている国だからです。制空権という主権も制限を受けています。そのため防衛問題に対して日本側の意見が通らないのです。
なぜ「友好的占領」を受けることになったのか。それは先の大戦で負けたからです。単なる敗戦ではなく、死に物狂いの抵抗をして、アメリカに対しても甚大な被害を与えました。沖縄は日米の地上戦を戦った場所となり、県民の4人に1人が亡くなるという悲劇を招きました。戦後、日本軍の解体と同時に米軍の駐留が始まりました。その後すぐの時期に、中国共産党が政権を執り(1949年)、朝鮮戦争が勃発します(1950年)。日本は東アジア監視の前線基地としての役割を担うことになります。
どうすれば良いのか。アメリカは日本と軍事同盟(安保条約)を結び、米軍を友軍として駐留させることを思いつきます。占領軍では、どこかのタイミングで去らなければなりません。条約的根拠に基づく駐留であれば、永続的に駐留でき、日本と中国、さらには北朝鮮を監視できます。注意をする必要があるのは、日本も監視の対象と考えていることです。このことは冷戦下でアメリカの高官が口に出して言っていました。今は完全に封印していますが、本音では今でもそう思っているはずです。何故なら、当時の日本と何も変わっていないからです。

(「公明党」)
主権の未完と官僚主導体制の持続――アメリカの「友好的占領」はいつまで続くのか
日本がアメリカの考える民主主義国になったと思えるまで「友好的占領」は続けられると思います。今の日本は民主主義国ではありません。選挙という手続き(形式)は維持されており、形式的には民主主義国家であっても、実質的な政策形成は官僚機構、とりわけ財務省を頂点とするキャリア官僚によって主導されています。
政治家は選挙によって選ばれるものの、政策決定過程では官僚と対峙しながら調整を余儀なくされ、その裁量は限定的です。過去においても、橋本龍太郎や安倍晋三といった政治家がこの構造に挑んできましたが、制度そのものを変えるには至っていません。高市総理も自分のカラーを出すために現在頑張っておられるようですが、実際には、キャリア官僚やアメリカと綱引きをして、その力関係で政策が決定されるでしょう。消費税の2年間廃止問題や安定的皇位継承問題、憲法改正もどうなるか分かりません。安定多数を得て首相で選ばれても、その意向がストレートに通らない。これでは民主主義国家とは言えないと思います。
この問題は戦前から連続しています。そもそも日本は、戦前から現在まで、官僚独裁とも言える政治態勢をシステムとして採用してきました。戦前は陸軍省、海軍省、内務省が国を主導しました。議会はありましたが、彼らに対しては無力でした。さらに問題だったのは、エリートの軍人官僚と現場を完全に分けた事です。軍人官僚は安全な場所から作戦だけを指令したのです。現場の状況が分からないため、被害の様相も分からず、いつまでも戦闘命令を出し続け被害を拡大させたのです。本来は、東京大空襲を受けた3月1日で白旗を上げるべきなのに、ズルズルと引き延ばしたため、沖縄での多大な犠牲が発生し、原爆投下があったのです。被害を最小限度にするという発想がまったくなかったのです。
官僚主導国家が怖いのは、集団指導体制のため、無責任体制が蔓延しやすいことです。終戦の決断がいつまで経っても出来なかったのは、そのためです。広島、長崎に原爆投下された後でも、なかなか決断できなかったのです。それから約80年経ちましたが、日本の統治機構の基本的な仕組みは当時と殆ど変わっていません。陸軍省、海軍省、内務省がなくなっただけです。そして、相も変わらず中央集権国家のままです。アメリカはあきれて見ているかもしれません。そして、このまま駐留して、少子化で日本人がいなくなればそのままアメリカの51番目の州として接収しても良いとまで考えているかもしれません。こういった全体像を押さえた上で、平和教育を考えるべきでしょう。

(「ダイヤモンド・オンライン」)
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