「NHKの「どうする家康」、観てますか?」
「私は、大河ドラマを大体見てますね。歴史の勉強になりますからね。番組が始まる前は、家康か、と思いましたけど、見始めたら結構面白いので毎週楽しみにしています」
「信玄、信長、家康、そして秀吉と、一癖も二癖もある戦略家、軍略家があの時代に勢揃いしましたからね」
「私は秀吉が一番好きだったのですが、あのドラマを見始めたら、家康フアンになっちゃいました」
「NHKが聞いたら喜びそうなことを。おやおや、純粋というか、素直というか、単純と言うか……」
「あのを……。段々、悪くなるんですけど……。奥さんの瀬名と長男の信康を死に追いやった場面がありましたよね。可哀想で、……。あれから、ガンバレ家康というモードになりました」
「放送は、つい最近でしたね。よくあのようなことをさせたなとつくづく思います。弱小国の悲哀を舐めていますよね」
「信長と同盟を組むしか、無かったのですかね」
「自らの領地を守るために信長と同盟を組むのですが、巨大な武田軍に対して常に前線で戦わされます。同盟と言っても、対等なものではなく、完全に従属したかたちでの同盟ですからね」
「その不満を家康が増幅させるのですね」
「信長はそれを察知して、家康を暗殺しようと考えていたと思います。ただ、自分で手を下さず、家臣の光秀に任せていたと思います」
「ドラマでは、信長は家康に本能寺に行くことをわざわざ教えていますよね」
「家康をおびき出す作戦だったと思います。その総大将が明智光秀です」
「直前でターゲットを変えてしまったのですね」
「定説はそうですが、ドラマではどういうシナリオなのか、楽しみにしています」
「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「スポニチSponichi Annex」提供です」
平和のための同盟が裏目に出る
戦国武将の生き様と同時に、彼らがどのような戦略、戦術を使って天下統一というゴールを目指して駆け進んだのか、そんな視点から見てみたいと思います。
家康は好戦家ではありませんでした。そこは信長と違うところだと思っています。信長は徹底的に戦い、弱き者は潰して、天下統一を成し遂げ、さらには中国にまで足を伸ばすことまで考えていた野心家です。
好戦家でないのに、どうして同盟を組むのかと思うかもしれませんが、家康には平和のための同盟だったのです。「平和を欲するならば、戦争に備えよ」という格言があります。戦略のロジック(論理)というのは、本質的に逆説的です。つまり、非武装によって平和は生まれないということです。実際に、ウクライナはブタペスト覚書で核を放棄して、軍備を縮小しました。軍事バランスが崩れた瞬間です。その隙間を縫うように、ロシアが侵略してきました。これが現実なのです。
家康はそのことを直感的に知っていたと思います。安穏な生活を得るために、強力な軍事力を誇る信長と清州同盟を結びます。ところが、そのために彼の手駒のように使われてしまいます。妻子を守るための同盟が、逆に妻子を無くすことに繋がります。完全な計算違いでした。
(「もじゃもじゃブログ」)
戦略の構築なくして最終的な勝利なし
信長は天才的な軍略家でした。誰もが思い付かないような発想で、難敵を撃破していきます。特に、長篠の戦いは、あの時代に於ては誰もが考えもしなかった戦法でした。
その信長が最も恐れた男が、戦国最強と言われた武田信玄でした。風林火山——「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如し、侵略すること火の如く、動かざること山の如し」。風林火山の幟を立てて戦場を駆け抜けたのです。
ただ、これはあくまでも戦術のスローガンです。戦術を駆使して、連戦連勝しても不思議なことに天下を取れないこともある。信玄も勝頼も名将でした。名門武田家、しっかりした戦術もあり、最強の騎馬軍団があったにも関わらず滅びます。何故なのか。家康は考えたでしょう。つまり、戦略をきちんと構築しなければ、最終的に勝つことは出来ない、これを家康は悟ります。
(「メンズwww.ssciindia.com」)
戦略で大事なのは、最終的な国のかたち
戦略で大事なのは、最終的な国のかたちです。それが目標となります。それを家臣団と共有します。家臣団の士気は自ずと盛り上がります。次に大事なのが外交、そして経済力と軍事力です。
国際政治もそうですが、どんなに巨大な軍事力を持っていても、戦国の世を一国で戦うことは出来ません。信長は出来ると思っていましたが、家康はできないと考えます。そのため、外交が極めて重要になります。
外交が上手くいくためには、相手方の情報収集が欠かせません。忍びの者を雇い、情報収集に掛ける費用と労力は惜しみませんでした。そして、最終的に強靭な同盟を作り上げる。その延長線で日本という国の姿を見ていたのです。戦(いくさ)の延長線上に平和な世を展望していました。その戦略を持っていたのは、戦国武将の中で家康だけでしょう。
(「日本の人事部」)
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