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幼児期教育の重要性。現役教師が考える5つの教育改革案

(この文章は2/20に書きました)

今日の「日経」に、エール大学助教授の成田悠輔氏が「幼稚園が将来収入を左右」と題する文章を載せているのですが、なかなか興味深いことが書いてあります
女性
幼稚園と将来の収入ですか?
関係がないと普通は思いますよね。それをハーバード大学の経済学者たちが、その2つのデータを組み合わせて分析したそうです。
女性
えっ、それで、それで。
何か、ハーバード大学と言った瞬間に目が輝きましたよね。
いえ、気のせいだと思います。
ここに書いてあるのですが「20人学級の教育の質を1年間で10偏差値分だけ向上させれば、生徒の生涯収入が……約400万円上がることがわかりました」とあります。
女性
金額はともかくとして、幼児期が大切ということですね。
ルソー(1712~1778)もその著『エミール』(明治図書/1985年)の中で「最初の教育はもっとも重要」(18ページ)、「植物は栽培によって、人間は教育によってつくられる」(19ページ) と言い、幼児期教育の大切さを語っています
女性
今度は、『エミール』ですか。
ルソーはこれを書くのに20年間の思索を繰り返したと言っています。本を開くと、その迫力を感じることができます。あのカントが散歩する時間を忘れて夢中で読んだと言われています。
女性
何とカント言ってもカントは偉い、という人ですよね。
(気を取り直して)彼が重要と考えたのは、幼児期の教育と教師なのです。こういう下りがあります――「自分の出会った感動にみたされた先生は、その感動を子どもに伝えたいと思う。彼は、自分が心を動かされている感覚に子どもの注意を向けさせることによって、子どもの心を動かせるものと考えている」。
女性
今の日本だと、幼児教育とくれば無償化、教員とくればわいせつ事件という感じですね。
大学入試改革、さらには大学改革と、文科省の目は専ら上に向いています。大事なのは教員養成と小学校教育です。そこにボタンの掛け違いがあります。土台が崩れていれば、その上に城は築けません、経済のさまざまな数値も当然のように下がります
女性
スポーツチームを強くしようと思えば、まずコーチ陣を固めますものね。初心者にへんな癖がついてしまったら、上手くならないですからね。



戦前の教員養成制度は、師範学校、高等師範学校で行われていました。一般の大学とは切り離して、別枠で行っていたのですが、戦後になって「幅広い教養と高度の専門知識を備えた人材を求めるという見地から」(文科省ホームページ) 一般大学からでも教職課程の単位を取れば教員免許を取得できるようになりました(開放制)。

「幅広い教養と高度の専門知識を」担保するためには、大学の設立数を抑えて、大学の質を確保する必要があるのに、約50校だった大学を文科省は約800校に増やして、定員割れが発生している大学の数、約200校という状態にしてしまったのです。

そのため、1960年代頃は10%台であった進学率が年々伸びて、現在は53%となりました。ただ、中には専門学校、就職という人もいますので、志願者数の何割の人間が行っているのかを調べないと「本当の進学率」は出ません。
大学入学者を志願者数で割った「本当の進学率」は、この10年間、大体90%位で推移しています。つまり、大学進学希望者の10人に9人は、大学に入学しているということです。

こういう状態をつくっておいて、センター試験を大学共通テストにして、そこに記述式を導入したところで何の意味もないことがお分かりいただけると思います。高校生の中には、大学と名が付けば何でもいいという者が現れ、適当に授業を受けて、大した努力もなしに大学に進学します。まさに、大学全入時代の恩恵を多くの高校生が受けていますが、日本の社会にとっては明らかにマイナスでしょう。

そして「日本の『大学』が、どうやら世界的に通用するユニバーシティとはかけ離れたものになっている」(苅谷剛彦 吉見俊哉『大学はもう死んでいる?』集英社新書/2020年.11ページ)との指摘を当然受けることになります。ただ、その「大学」から就職対策の一環として教職課程をとり、教員になる者もいます。3面記事を賑わす教員が増えている理由も、分かって頂けると思います。

「幅広い教養と高度の専門知識を備えた人材を求めるという見地」という大前提が崩れた以上は、戦前のように別枠で教員養成を考える必要が出てきたと思っています



それ以外のことについて、問題意識をもっていることについて書きます。

① 一斉授業の時代ではない
画一的な製品を大量生産、大量消費の工業社会であれば、一斉授業は有効でしょう。ただ、AIの時代となり、よりきめ細かい個別対応が必要となりました。小学校に教科担当制を採り入れて、それをダブルティーチングで教えるようにします。さらに、2人担任制を導入します。子供に対する被害の防止と指導の充実のためです。その位の人数を学校現場にまわして欲しいと思います。

② 飛び級制度の導入
戦前の日本では、飛び級も留年もありました。アメリカにもあります。オランダでは小学校で約10%の子供が飛び級をしているとのことです。何でも平等ではなく、競争原理を導入する時代になりました。1人の天才が日本、世界を救うこともあります。そして、多分何人かの天才が今の学校制度の中で、退屈していると思います。そのような人材が、容易に分かるような制度の導入を求めます。中には、いじめっ子から逃れるために必死で勉強する子も出るでしょう。それもまた、人生を学ぶことになって良いと思います。

③ 統廃合をやめる
相変わらず統廃合を続け、小規模校をなくそうとしています。子供を収容するような感覚で大規模校を作っている自治体もあります。外国人労働者の家族がこれから多く日本に来ることが予想されます。発達障害の子や集団が苦手の神経が細かい子供もいます。きめ細かい対応をすることが重要なので、統廃合を直ちにやめて、逆に規模の小さな学校を建てることを考えて欲しいと思います。

④ 英語は小学校では必要ありません
 英語はあくまでもコミュニケーション・ツールです。習得する労力がかかる割には、知力は伸びません。なぜなら、人は母国語で考えるからです。しかも、日本の大学の卒業生の約95%は日本国内で日本語を使った職場で働きます。そのような状況があり、なおかつ、しばらくすればAI翻訳機が街中に普及するでしょう。プログラミング学習は有効だと思いますので、そちらに時間をまわす、あるいは身体を鍛えるといった時間にしたらどうでしょうか。苦労の割には、実りは少ないと思います。


⑤ 文科省そのものの解体
文科省の前身の文部省は1871年に設置されています。もうすぐで150年となりますが、完全に制度疲労を起こしています。この間のパフォーマンスを見ていると、常に真逆の対応をしています。日本の教育がダメになることを願っているのかと思うくらいです。
競争社会の進展が予想される時に、「ゆとり教育」を言ってみたり、50万人受験生を対象に記述式を導入しようとしたり、大学を増やして学生の質的低下をもたらしたり、意味のない教員免許講習制度を作ったりなどです。教育権限を1つの省庁に集中し過ぎです。教育課程編成権を地方の教育委員会に譲渡する。科学技術省と教育省に分離独立して、自身は指導援助行政に徹して下さい。ご苦労様でした。歴史的使命は終わりました。

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