「『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』(沢口企画、2019年)という本を持ってきました。目から鱗(うろこ)が落ちる思いがしたと、今、ネットで話題の本です」
「どういう方が書いたのですか」
「著書のモルデカイ・モーゼ氏は1907年ウクライナの生まれのユダヤ人です。この本の初版は1979年ですので、40年以上前です。著者も訳者も亡くなり、出版社が倒産したため絶版状態だったのですが、沢口企画の沢口社長のご努力もあって、復刻版として昨秋出版されたのです」
「およそのことは分かりましたが、モルデカイ氏と日本との接点はどこにあるのですか?」
「彼の父親はロシア革命で指導的役割を果たしたそうです。ちなみに、ロシア革命はユダヤ人たちが起こしたユダヤ人のレーニンが起こしたユダヤ解放運動と言っています。著者のモルデカイ氏は亡命を何度も繰り返した後、アメリカに辿り着き、戦後の対日処理に参画したということです」
「随分、数奇な道を辿っているのですね。それで何を懺悔(ざんげ)したいとおっしゃっているのですか?」
「いろいろありますが、この本によると、戦前の日本にはユダヤ人が『理想とするものが多々実在』したのですが、結果的に我々がそれを破壊してしまったと言っています」
「確かアインシュタインはユダヤ人でしたよね。戦前、日本に来日して、このような国を創ってくれたことを神に感謝したいという言葉を遺しています。何か、琴線が合うのでしょうか?」
「どうでしょうか?日本人のルーツはユダヤだという人もいますからね」
「ただ、破壊して御免なさいと言われても、どうしょうもない感じがしますけど」
「モノであれば、そうですが、『諸々の誤れる思想』と言っていますので、まだ頑張れば修復可能という思いだったと思います。」
「修復してくれれば、罪の意識も消えると考えたのですね。だけど、それから40年経っちゃってますよ」
「沢口社長は『最も貴重なのは時間だが、さらに貴重なのは真実を知ること』というイギリスのユダヤ人政治家のディズレイリ首相の言葉を引用して、とにかく真実を知って欲しいという気持ちだと言っています」
「帯に推薦文を書かれた田中英道氏(東北大名誉教授)は40年前にこの本を買い求めたとありますね」
「その当時は、マスコミ、言論界、学会は反権力一色で、反日当たり前みたいな雰囲気でしたので、この本は相手にされなかったのでしょう」
「田中氏は『抹殺された』と表現しています。そういうこともあり、絶版となったのですね」
「このブログで書いているようなことが書けるようになったのも、最近ではないでしょうか。少し前ならば、大陸や半島、共産党のことは書きにくい雰囲気がありました」
目次
「天皇制は古代からユダヤ民族の理想だった」(モルデカイ・モーゼ)
「日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである」(モルデカイ・モーゼ 前掲書.19ページ)。ルソーは「もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。従って、自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」と言っています。
欧州の君主は国民に対して搾取者の地位にあり、身辺が危うくなれば財産をもって亡命する。これが彼らの常識だったので、天皇陛下とマッカーサーとの会見で当時GHQを牛耳っていたのがニューディール派のユダヤ人たちだったそうですが、驚天動地したと言っています。
天皇陛下の口から出た言葉が、自分の事はどうなっても良いので、国民を救って欲しいだったからです。自分の生命と財産の保証ではなく、国民の生命と財産の保証だったのです。
2人の会見は天皇陛下からの申し入れから始まったそうです。希望が伝えられた時、マッカーサーは非常に厳しい顔をしたそうです。命の懇願と亡命先の斡旋を求めに来ると思ったからです。予想とは逆のことがあったため、マッカーサーは天皇陛下に敬意を払い、会談後は玄関先まで見送ったそうです。その時に、日本の新憲法の第一章が「天皇」と決まったのです。
「マルクス主義は民族的開放事業のために生み出した虚構論理」(モルデカイ・モーゼ)
マルクス(1818-83)はユダヤ人です。ユダヤ人は亡国の民として知られています。紀元前722年にイスラエル王国が滅び、南のユダ王国も前586年にバビロニアに滅ぼされ、さらにバビロン捕囚といって50余年の長きにわたって奴隷として使われるという目にあいます。
その間に、故郷パレスチナの地は他民族の支配地となり、帰郷を許された時には祖国はなかったのです。それ以来、2千有余年を亡国の民として過ごすことになりますが、常によそ者扱いを受け、差別と迫害の歴史を歩むことになります。
そのような彼らが「自己の民族解放事業のための道具として編み出した虚構論理」(前掲書.28ページ)がマルクス主義です。国家によって、ユダヤ人たちは迫害、虐殺という悲惨な歴史を背負わされたので、それをいかに破壊するか、そのための理論を構築したのです。
マルクス主義を真剣に学問的に追究している人が、日本には多いと思います。中には、単純に資本主義のあとに社会主義、共産主義社会になることを完全に信じ切った上で、辻褄合わせの文章を書く人もいるのです――「今まさに起こりつつあることも、そうした資本主義に対するアンチの現象だともいえます。もっと広く言えば、アンチ資本主義であるばかりではなく、フランスやイギリスといった西ヨーロッパが作り出した経済成長、合理主義、民主主義、人権といったもろもろの近代に対するアンチといえるものです」(的場昭弘『マルクスとともに資本主義の終わりを考える』亜紀書房.2014年/5ページ)。
頭が悪いせいか、何回読んでも何を言っているのかよく分からない文章です。ただ、タームを必要以上に使いながら、資本主義がいよいよ終わりだということを読者に言いたいのかな、という気持ちだけ分かります。そんなに信じてくれて有難うと、マルクスは墓の下で舌を出しているかもしれません。
そもそも、資本主義はカネと財、サービスと市場がある限り続きます。資本主義というのは現実にあるこの状態を言い表している経済用語なので、「資本主義思想」とは言いません。社会主義は「社会主義思想」と言うことがあります。質的に違うものを並べた上で、資本主義が終焉して社会主義社会が来るということ自体がおかしなことです。
階級というのは、固定的身分制度を前提にした言葉です。身分制社会ではないので労働者階級という表現はあり得ないので、そうすると社会主義革命もあり得ないとなります。
それ以外に突っ込みどころ満載な理論だと思っていましたが、この書を読んで納得しました。もともと、国家の破壊を狙った理論だったということなのです。
モルデカイ氏が本の中で、注意深い人であるならば、「共産党宣言」「経済学批判」「資本論」というこの順番に気を留めるだろう、と言っています。
確かに、そうです。順番が逆です。結論が先に来てしまっています。普通に考えれば、資本主義の仕組みを研究して、その上で従来の経済学説を批判、そして新しい社会が来ることを予言する。万国の労働者よ、団結するぞという叫びは一番最後になるはずです。
「日本共産党を育てたのは我々の最大の誤りだった」(モルデカイ・モーゼ)
ユダヤ人は、民族を解放するためには、国家を破壊することが必要と考えました。その際に、最も邪魔になるのが君主制でした。君主の力=国家の力だったからです。必然的に君主制打倒が掲げられました。彼らは、天皇制も君主制の一種だと思っていたのです。そのため、コミンテルンを通じて天皇制打倒のスローガンが日本共産党に至上命令として伝えられることになります。
コミンテルンの日本支部として創設されたのですが、日本共産党は近年は何故か、ひたすらそれを隠そうとしています。
【日本共産党綱領】
党は、この状況を打破して、まず平和で民主的な日本をつくりあげる民主主義革命を実現することを当面の任務とし、ついで社会主義革命に進むという方針のもとに活動した
党は、日本国民を無権利状態においてきた天皇制の専制支配を倒し、主権在民、国民の自由と人権をかちとるためにたたかった。
革命の旗をまだ降ろしていません。革命というのは、この社会の破壊行為です。それは憲法秩序を破壊する行為です。なのに、どうして「憲法を守れ」なのかが分かりません。そもそも革命後の社会がどういう社会なのか、何も具体的に提示したことは一度もありません。
革命ゴッコを本当にいつまでやるつもりでしょうか。30万人くらい党員がいると思いますが、日本には30万人もの「裸の王様」がいるということです。ヨーロッパではもう、共産党が議席をもって活動している国は、ほとんどありません。マルクスとレーニンの素性が分かってしまったからです。
貴重な人生が無駄になります。日本共産党もそれを見習って解党をして、党員は一人ひとりが身近なところで日本の社会のために活動されんことを願っています。そして、君民一体で築いてきた日本の「和」の歴史を学んで、自己の頭の中を清浄されることをお勧めします。天におられる著者のモルデカイ氏もそれを望んでおられるようです。
読んで頂きありがとうございました