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「地域の顔」を作った上で子育て政策を総合的に考えるべき ―― 江戸時代の育児書に学べ

「昨日(9/4)の『日経(夕刊)』に日本最古の育児書のことが書かれていました。いつ出版されたか分かりますか」

女性

「えっ? 出版なので明治時代ですか?」

「1703年なので、江戸の始めですね。『小児必用養育草』という題名の本ですが、実は男性医師が男性の養育者を意識して書いています」

女性

「関ケ原の戦いの100年後位ですね。当時は子育てをした男性がかなりいたということですね」

「封建時代は子育ても含めて家の中のことは女性が全て行ったというのは、特権階級のほんの一握りの家だけで、実際には家事分担をしていたようです」

女性

「ただ、当時は大家族制なので、祖父、祖母といった手を借りることも出来たでしょうね」

「ムラ全体で子育てをするという雰囲気があったと思われますので、そういった子育て仲間に入るための養育書というスタンスらしいのです」

女性

「単純な育児マニュアルではないということですね」

「子育てメンバーに入るための入会書みたいなものです。勉強のことも書かれていて習字の練習は朝晩10回、昼30回とか、10歳になったら算術といったことも書かれているそうです」

女性

「結構ハードですね。教育パパのはしりですか。いつの時代でも、子供の勉強は悩みの種だったということでしょうか」

「家族や地域が子育てを応援する雰囲気があったので、多分今よりは精神的負担は軽かったでしょうね」

女性

「現代は孤育てになっている方もまだ多いのではないかと思います」

「男性の育休取得を政府は推奨していますけどね。なかなか、目標に行かないようですね。ちなみに現在の育休取得率が17.1%(2023年/厚労省)です」

女性

「数字を上げることだけを考えるのではなく、保育と教育環境全体を俯瞰した上で地域ごとにきめ細かく政策を実施して欲しいですね」

「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「change-wave.net」提供です」

 かつては子育ては男女の共同作業であった

男性向けの子育ての書が出版されていたということは、子育ては男女の共同作業ということが広く共有されていたということだと思います。農民は農作業の合間、武士はお勤めの合間に子育ての面倒を見ていたのです。ところが、今から約150年前の明治維新を境にして、日本は急速に近代国家に向けて歩みを始めます。子育てのあり様も変わっていきます

都市化が進展し、会社や工場、事業所が建てられるようになり、専ら男性が雇用されるようになります。男が外で働き、女が家事育児をするという分担が出てきて、そういう中で男性の育児参加が少なくなっていきます。

ただ、当時は多くが大家族制でしたので、多くの子育てメンバーから一人だけ外れるという感覚だったと思います。地域には子供集団もありましたし、受験競争もありませんでした。亭主が子育てから抜けたからと言って、母親の精神的負担が増すということはなかったと思います。

(「honto」)

 男性の育児休業取得—— 発想が対症療法的

戦後になって核家族化と地域の崩壊が同時進行します。子供集団も高度経済成長を境にして急速に地域から姿を消していきます。子供たちを受け入れる機関として、保育園や学童保育が整備されていきます。ただ、家庭内の孤育ては進むことになります。

そういう状況の中、さらには少子化対策という意味合いもあり、男性の育児休業取得を政府が推奨しているのです。目標を50%と設定していますが、発想が対症療法的です

「一人の子供を育てるのに一つの村が必要」という言葉があります。動物の子供を育てるのではなく、人間を育てる意味が分かっていないと思います。子育て環境、保育・教育環境、生活環境の3つの視点から地域を整備する必要があります。まず、その整備を行い、それから男性に育休を与える、子供手当てを支給するということだと思います。物事の順番、そしてすべてシステムとして考えなければ非効率です。

(「NHKニュース」)

 行政は「地域の顔」を作ることを考える

都丸十九一さんの著書に『村と子ども』(第一法規、1977)があります。この書は、民俗学の観点から、明治から昭和の時代にそれぞれの地域の子供たちの実態を具体的に書き著したものです。

「村がら」という言葉を使って、それぞれの村には「顔」があると言っています。ムラの語源はムレだろうと言われています。人間は独りでは生きていけませんので、必ず群れる必要があります。気の合う者同士群れて、そのうち家を構え、共同体(ムラ)を形成していったのでしょう。同じような成り立ちのはずなのに、すべて「村がら」が違うそうです。そして、人はその「村がら」が育てると書いています――「いつの間にかそうした村がらに相応した村人に成長していくのである」

「村がら」を現代の言葉に直すと「地域の顔」になるでしょうか。地域の特色を引き出すような街づくり、そしてその上で子育て環境を総合的な視点から捉える必要があるのです。きめ細かい、視点からの整備が必要です。

(「夢みる小学校」)

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