
「翻訳機能付きイヤホンというのがあることを知っていましたか?」

「そういうものが売り出されているという話は聞いたことがあります」

「正式名称は、AI翻訳機能付きワイヤレスホンと言うそうです。世界中の言語に対応しているそうです」

「AIにかかれば、何でも出来てしまいますね」

「そのうち翻訳ボードのようなものが実用化されるだろうと言われています」

「何ですか? それは?」

「直にカウンター業務に導入されると思いますが、対面で話し合う時にボードに向かってしゃべれば、相手側のボードに翻訳された文字が出てくるものです」

「そういうものが実用化される日が近いということですね」

「海外旅行は、今までと比べて言葉の壁がなくなって、かなり便利になるでしょうね」

「というか、英語教育そのものを考える必要が出てきたと思います」

「ここからが本論です ↓表紙は「note」からのものです」
「一つの山」しかない日本の教育制度
文明が進めば進むほど、最先端教育と研究は当然難度化・高度化します。頂点は当然上がりますので、誰もが頂上に達することは出来ません。頂上に達せない人の数の絶対量は、時代が進展するにつれて増大することになります。登れない人が多くなっても良いのか、という質問が出そうです。しかし答えは単純です。「山」をいくつか用意すれば良いだけのことです。
日本の教育制度で一番の問題は、公式には、一つの「山」しか用意されていないことです。非公式には「スポーツの山」がありますが、あるのはこれだけです。大学に進学するためには、勉強である程度の成績を収めるか、各種スポーツで良い戦績を残すかのどちらかです。
そして日本の場合は、その「山」を整列をして順番に登らせようとします。中には馬力があって並みいる先輩たちを抜いて山頂に行くことができるような実力を持った人もいるのですが、それは許されません。また逆に、登るペースが早いと感じている人もいるのですが、とにかく半強制的に頂上に向かって押し上げられます。日本の学校教育を例えれば、このような構図だと思います。AIが本格的に実用化され始めた時代です。これでは、世界の国と伍して戦っていく人材を輩出することは出来ないのではないかと思っています。

(「PIXTA」)
埋もれているギフテッド人材
『日経』は「知の未来図 3歳から始まる国家戦略」と題して、1面をすべて使った特集をシリーズで連載しています。その第6回目が「飛び級・中卒当たり前『さらば一律』教育 大人への階段」というテーマでした。記事では、アメリカのギフテッド教育の事例として「13歳で大学進学した天才」を紹介していました。
しかし、日本では年齢による制約があり、どんなに学力があったとしても13歳では大学に入学することは出来ません。日本では18歳以上という年齢による制約があるからです。2019年8月28日にNHKクローズアップ現代「知られざる天才 ギフテッドの正体」という題名の放送がありました。その中でギフテッド(IQ130以上が目安)は日本に250万人いるとのことでした。7年前の放送だったので、それから子供の数が減っているので、実際には少なくなっているかもしれません。しかし重要なのは、日本にギフテッドがいないのではなく、埋もれてしまっているという点です。なぜ、埋もれているのか。簡単です。システムを作っていないからです。
『日経』の記事によると、全米では8校以上の大学が「早期入学プログラム」を提供しているとのことです。最短で11歳で大学入学が可能とのことです。そして、アメリカでは高校に在籍しながら大学の単位を取れるシステムもあるそうです。これを「デュアルエンローメント」(二重登録)と言われていて、少し余力がある生徒にとって有難い制度だと思います。高校卒業を絶対条件としていません。あくまでも生徒の主体的事情優先でシステムが作られているのです。
プロ野球界では優れた選手はアメリカ大リーガーを目指します。同じことが、知的分野でも起きる可能性があります。旧来型の教育制度に固執し続ければ、日本の優秀な若者が海外へ流出する事態も十分に考えられるでしょう。いつまでも旧式の教育システムに拘っていると、同じことが起きてくる可能性があります。少子化で子どもの数が減っているのに、頭脳が流出する事態が雪崩的に起きるのではないかと思っています。

(「ameblo.jp」)
スイスに見る多様な教育の道
同じく『日経』の記事はスイスの教育事情ということで現場の模様を報じています。スイスでは、義務教育を終えた若者の約3分の2(約65〜70%)が、ギムナジウム(大学進学準備校)に進学せず、「職業教育・訓練(見習い)」として社会で働く道を選択しています。この制度は「デュアルシステム」と呼ばれ、学生は週の3〜4日を企業での実務(見習い)に、残りの1〜2日を職業学校での座学に充てます。
こういった訓練生を受け入れる企業が約6万社(国内企業の約30%)、約250の職種が存在します。「見習い」期間は、職種によって2年、3年、または4年と明確に定められています。給与は最初の1,2年は正規社員の12%程度、3~4年目になると20%位になります。「見習い」期間の給与は、労働の対価という捉え方ではなく、奨学金・報奨金という捉え方です。だから、見習いが終わり、正規社員として採用されれば、一気に給与が上がります。
スイスでは大学を終えて就職する人たちと、職業訓練から入って働く人たちを「同等の価値」を持つとみなされており、給与水準や就業機会の格差も少ないのが特徴だということです。さらに注目すべきは教育制度の構造です。スイスでは教育関連支出が国家支出の約**16.5%**を占め、日本のほぼ2倍にあたります。
そんなこともあり、記事は「まるで何かのボタンでも掛け違えたかのように狂いを見せる日本と、何かとゆとりのあるスイス。違いは、どこから生まれるのか」と問いかけていますが、違いは日本が中央集権的な一律的な教育を行っているのに対して、スイスは「地方分権」が徹底されているところから来ています。国全体で統一された教育省は存在せず、26ある各州(カントン)が教育に関する主権を持って、その地域の実情に合わせて教育施策を実行しています。日本の偏差値を基準とした一律教育を続けている日本の教育制度は、AIが登場した現代において、すでに時代に適合しなくなりつつあるのではないでしょうか。

(「政治ドットコム」)
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