「李克強前首相が死去されました。まだ68才で若いですけどね」
「何か、タイミング的に良すぎると言うか、不自然な感じもしますけど……」
「一応、心臓発作というのが死因ということです。どういう葬儀をするかで、今の政府の彼に対する考え方がある程度分かるのではないかと思います」
「お別れの会とか、追悼式とかあるのでしょうか?」
「どうでしょう、それも含めて分かると思います。彼は2期10年首相を務めましたからね。来日もしていますので、日本の政界にも知り合いが多いと思いますけど……」
「経済通と聞きました。本当は、彼のような人が今こそ必要な気がしますけど……」
「控え目な性格で、国民にも人気があったと聞きましたけどね」
「中国の要人にしては、珍しいですね」
「そういう方は、権力闘争で破れてしまうのですね。彼は北京大出身で共産党のエリート組織である共青同の幹部に上り詰めますが、最後に習近平に抜かれてしまいます」
「抜き去った後、どう処遇するかが度量の見せ所だと思いますけどね……」
「そうだと思いますけど、それだけの余裕がなかったということでしょう」
「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「ビジネス+IT」提供です」
李克強氏の死は独裁体制の行く末を暗示
2007年に党の総書記を選ぶ際に、総書記の現職が推す李克強氏と総書記の前職が推す習近平氏の一騎打ちとなりました。結局、習近平氏が次期の総書記として選出され、李克強氏は首相としてサポートすることになります。
『産経』に元特派員の矢板明夫氏の「控えめな性格 習氏の暴走許す」の論文によると、「李氏が率いる政府(国務院)から経済、金融、教育など各分野の主導権を奪っていった」とのこと。全部、奪ってお払い箱にしてしまったということでしょう。
李氏が退任する際に「人の行いを天は見ている」と最後に言ったそうです。どんな言葉も見逃さない習氏の性格です。もし、耳に入っていたとしたら、今回の早過ぎる死の意味が分かるような気がします。
(「現代ビジネス」)
社会主義経済の衣を脱ぎ捨てることが出来ない状況
今の中国の経済関係の話題は、不動産不況です。中国恒大集団と碧桂園集団の経営危機が取り沙汰されています。碧桂園集団は約23億円の利払いが出来なかったため、事実上のデフォルトではないかと報道(10/27)されていました。中国恒大集団のバランスシートが今年の6月に発表されました。総資産が1兆7440億元、総負債が2兆3882億元。6442億元の債務超過です。1元=約20円ですので、約12.8兆円の負債超過になっています。
借金には利子がつきものです。例えば、10兆円の負債の金利が仮に1%だとします。年間1千億、1日にすると約3億円となります。私企業が払える限界を超えています。しかも、毎日3億円を返したとしても、元金は全く減らないのです。
日本であれば、会社更生法の適用を申請して、破産手続きに向かうところです。しかし、中国の場合は破産法を適用するかどうかは裁判所が判断をします。社会主義的な発想がこんなところに残っています。
企業がいくら申請しても、裁判官が首を縦に振らない限り認められません。そして、その間も利子は雪だるま式に増えていきます。
(「Yahoo!ニュース-Yahoo!JAPAN」)
権力を集中させて滅亡する歴史を繰り返す
「賢人は歴史から学ぶ」と言いますので、中国の歴史を見てみます。概観して言えることは、統一王朝の興亡の歴史であったということです。最初の統一王朝は秦です。紀元前3世紀のことです。その時の王が始皇帝です。郡県制を敷いて中央集権国家をつくります。焚書坑儒と言われていますが、思想弾圧をします。完全な独裁国家です。
郡県制と言うのは、中央から派遣した官吏(公務員)が地方を統一的に治めるシステムです。漢、隋、唐、宋、清とその後統一王朝が勃興しますが、総じて郡県制を採り入れた中央集権国家をつくります。そして、郡県制を支えたのが官吏ですが、科挙という全国統一試験によって選抜されました。科挙は世界一難しい試験と言われていますが、6世紀に隋の時代から始まり、20世紀の清の時代まで続きます。その科挙と中央集権国家とは、表裏一体の関係にあります。
現在の中国の官吏採用試験はどうなっているのか。かつては軍人、大学生、社会人といった3つのルートからの採用であったのですが、1993年から統一試験と面接によって選抜することとなりました。科挙の復活です。中央集権の度合いを増すと、王朝は滅亡するというのがこの国の歴史が語るところです。事態の推移を見守りましょう。
(「武備ログ」)
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