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【検察庁法改正】検察官の定年延長問題 / 針小棒大が特徴の「朝日」と「毎日」 / 対立を煽る時代ではない

女性

「検察官の定年延長問題ですが、今、読み比べていたところです。ホントですね。「産経」と「朝日」「毎日」は全く書き方が違いますね」

「見事でしょ」

女性

「見事と言えば、見事でしょうが、気になるのは接点がないことですね」

「そう、あなた最近すごいですね。私の言おうとしていことを先取りしますね」

女性

「最近、いやに褒めますよね。素直に喜びたいと思います」

「接点というのは、対案ですよ。一致点を探るのが政治ですが、そこがぎくしゃくしていて、それが「産経」と「朝日」「毎日」の紙面に表れています」

女性

「一致点がないまま、お互い罵倒しているという感じになっています」

「ホントにそうですね。その間には深くて長い河があり、橋を架けようともしないという感じになっています」

女性

「余り良くないですよね」

「対立はあっても構わないと思いますが、対決は駄目です」

女性

「日本は和の国ですからね」

「それもそうですが、世界は「冷たい風」が吹く時代に突入しそうです。国内を固める時期を迎えています」

女性

「喧嘩する時代は、もう過ぎ去ったということですか?」

「そうですね。国会議員は、そういう時代の流れを肌で感じて動いて欲しいと思っています。そして、国民一人ひとりがそういう意識で生活して欲しいと思っています」

女性

「そうすれば、まっとうな人が選ばれて、良い国づくりに繋がるといことですね」

「その通りです。今日は100点満点です」

女性

「ここからが本論です。この後の続きをお読み下さい」




 検察官の定年延長問題、時間をかける問題ではない

検察官の定年延長問題という非常に地味な問題で、どうして与野党が対立しなければいけないのか。どうして、こんなことでツイッターによる1000万件もの反対投稿があるのか。どうして、こんなことで、担当相の不信任決議案の提出という問題に発展するのか。訳が分かりません。この程度のことで揉めている場合ではないし、時間をかける問題でもありません

『朝日新聞』(5/16日付)の社会面に国会をバックに「#検察庁法改正案に抗議します」と書かれた大きなプラカードを持った白髪の男性の後ろ姿を撮った写真が掲載されていました。                                       プラカードに書かれた活字は大きくきれいに印字されたものです。その背景の写真には、都会の林立したビル群が使われています。かなり手の込んだプラカードだということが分かります。お金も結構かかっていると思います。「素人」ではそのようなものを作って、わざわざ夜の国会周辺にまで持って来られないのではないでしょうか。

もし、そのプラカードをバス、電車に持ち込んだ場合、係員から何か言われそうな大きさだと思います。この問題を、何か後ろから大きな力で操っている人たちがいると思います。その真意は分かりかねますが

確かに、政府のとった手順は違うと思います。罪刑法定主義の原則からすれば、まず法案の審議可決、そしてそれに該当する人たちにそのルールを当てはめていくという流れにならなければいけなかったのですが、黒川氏の定年延長を先に閣議決定してしまったのです。段取りが悪いと言われても仕方がありません

ただ、公務員である検察官の定年を引き上げるのは、今の時代の流れに合っていると思いますし、検事総長、次長検事、検事長を他の検事と切り離して定年の年齢を設定するのは問題がないと思いますそのことについては多分、与野党は異論がないのでしょうから、そこから議論をスタートすれば一致点が作れるのではないでしょうか

 与野党の一致点を探る

そういう観点から法案の問題となっている部分を見てみることにします。

<特例>

「検事総長は内閣が定める事由があると認めるときは、最長3年間(68歳まで)定年を延長できる」

「63歳になった次長検事、検事長は内閣が定める事由があると認めるときは「役職定年」を延長し、引き続きポストにとどまることができる」

(「毎日新聞」2020.5.16日付)

どうして、このような文案を作ってしまうのか、よく分かりません。突っ込みどころ満載の文章になっています。簡単に言えば、内閣に忖度する文章になっています。逆に、揉めるように、わざとこういう文章にしたのかと疑いたくなります。

最長3年とありますが、1年刻みということです。半年ということも、法文上は可能です。その期間の適用において内閣が決めることができ、その細案についてはまだ出来ていないということです。ということは、現段階では白紙委任ということになりますので、野党は納得できないというのも分かります。

与野党で協議をして、法案の文面を直すしかないと思います。どう直すのか、本来新聞、マスコミは具体的に提案すべきだと思います。「朝日」「毎日」は煽(あお)るだけで、対案を出していません。「検察OB公然と反対」と大見出しをつけて「検察定年延長OB有志意見書」を「朝日」は掲載していますが、その中には対案は示されていません。検察OBは問題外、廃案という立場だと思いますが、それも大人げないと思っています。

ある意味、そういった専門家の感情を上手く採り入れながら、チャッカマンとしては、争いごとが大きくなれば良いと思っているのでしょう。ただ、それは「内乱から革命へ」という共産主義者の発想です。手の込んだプラカードを作って、火をつけて燃え広がることを期待しているのでしょう。燃え広がって焼け野原になった後の計画が全くないので、殆ど愉快犯となっています

「検事総長の定年は、原則として68歳とする。なお、次長検事、検事長の定年は、原則として66歳とする」ではいかがですか。

政府の発想は、定年はあくまでも65歳、63歳としつつ、内閣が決めた指標に照らし合わせて合格していれば定年延長を認めるというものです。そうではなく、定年延長ありきで案文を作るのです。この方針に従って野党と協議をするか、数の力に任せて正面突破するかという問題です。

出発点において政府に落ち度がありますので、正面突破は今後の政局運営に遺恨を残すことになるでしょう。であれば、与野党で協議をして、お互い納得できる案文にすることが求められます

 根底には2つの価値観の対立がある

この一つの事例を巡っての対立を分析すると、根底には保守的な価値観と戦後の平等主義の対立があります。

保守的な価値観というのは、いわゆる「阿吽(あうん)」の世界です。お互い突き詰めないまま、その時々の必要性に応じて動くというものです。日本人が得意とする、直感に頼る政治です。この直感が良いか悪いかが、保守政治家の評価に繋がります。不思議な国だと思っています

「民主主義や平等が大好きで、グローバリズムと隣人愛を唱え、健康に注意しながらささやかな快楽で満足する。自分たちが〈合理的〉〈理性的〉〈客観的〉であることに深く満足している。こうした軽蔑すべき〈終末の人間〉の時代を、われわれは生きているのです」(適菜収『ニーチェの警鐘』講談社α新書.2012年/49ページ)


平等権という考え方が、言葉とともに本格的に日本に入ってきたのは戦後です戦後といってもすでに75年経っていますので、今社会の現役で活躍している人たちの身体には、この考え方が身に染みていると思います。いわゆる不平等の扱いには、人は敏感です。検察OBの方の中には、そういう感覚、つまり自分たちの代にはなかった制度という捉え方をしている人もいると思います。

人は常に自分の感覚が正しいと思う動物です。多くの子供たちが、学校には初期化された状態で行きますので、そのまま洗脳されます。中には、それが絶対的に正しいものとして、棺桶まで持っていく人もいますし、そういう人が結構多いと思います。

ただ、ニーチェが言うように、自分の中にもっている指標(モノサシ)を時には点検する、そして別のモノサシで見ることも必要な時代となりました

読んで頂きありがとうございました




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