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ラッセルの『教育論』を読む ―― 常に時代の流れに翻弄される教育 / 教育の原点を求めて

女性

「昨日の話の中で、『親になること、それは迷いの始まり』という言葉、印象深かったです。良い言葉ですね」

「有難うございます。一応、作詞、作曲は私が担当しました」

女性

「作曲は関係ありませんよね」

「まあ、それは半分冗談ですが、お子さんがこれから思春期を迎えますよね。ますます、迷いが多くなりますよ」

女性

「そうやって、脅かさないで下さい。家を離れた時くらいは、子供から離れようと努力しているのですから」

「ご苦労様です。だけど、無駄な努力です。離れられるものではありません」

女性

「それはそうなんですが、私の知りたいのは、迷った時にどうすれば良いのかということです」

「先人の知恵を借りたらどうですか?」

女性

「先人といってもいろいろいますよね。情報も氾濫していて、何を信用して良いか分からない感じなんですね」

「そういう時は、第一に、古典に頼る。そして、第二は、その上で自分の子供を見つめ、第三に、反省すべきは反省する、ということだと思います。そうすれば、子育てを通じてあなたも成長できます」

女性

「2番目に言われた、子供を見つめるというのは、どういう意味ですか? 」

「子供を見ているようで見ていない人もいます。子供のもっている能力や適性、それを見抜いてあげるのが親の務めだということです。カラスがトンビを産んでいることもあります。ルソーは『エミール』の中で、教育研究の根本はまず子どもの研究だ、と言っています」

女性

「今日は帰ったらじっくり子供を見つめてみます。ここからが本論です ↓」

 

 「教育」――  常に時代の流れに翻弄される

常に、時代の流れに翻弄されるのが、実は「教育」です。教育学という言葉がありますが、学問体系があってないような感じがします。そのため、様々な専門分野の方が、自分のモノサシを振りかざして教育についての意見を言います。

一般の人は、それが正しいか間違っているか分からないまま、活字になっているので間違っていないだろうという先入観のもと、その内容を信じます。インターネットの時代、そういったことが繰り返されているのではないかと思っています。

歴史の荒波に抗われて遺った古典的名著がいくつかあります。手許にルソーの『エミール』、ラッセルの『教育論』、森信三の『修身教授論』がありますが、ラッセルを紹介します。

 日本の教育を大いに評価

ラッセル(1872-1970)は、イギリスの哲学者でもあり、社会改革者でもあります。今回紹介する『教育論』は、彼が50歳位の時に書かれたものです。長男のジョンと長女のケートが生まれた頃で、そういったこともあって教育問題に関心が及んだ頃です。「子供を持つ親のために、生後1年目から大学に至るまでの子供の教育を論じたもの」(『教育論』解説)です。

『教育論』の前半に、各国の教育についての論評があります。日本の教育について言及した部分がありますので、紹介します――「近代の日本は、あらゆる大国に顕著に見受けられる一つの傾向を最も明瞭に示している――つまり、国家を偉大にすることを教育の至上目的とする傾向である。日本の教育の目的は、感情の訓練を通じて国家を熱愛し、身につけた知識を通じて国家に役立つ市民を作り出すことにある。この二重の目的を追求する際に示された見事な腕前は、いくら称賛しても足りないくらいである」(『教育論』岩波文庫、1990年/50ページ)。

彼が称賛している日本の教育は、明治の近代教育を指しています。開国をして周りを見渡してみたら、植民地競争の標的になっていることを知り、慌てて近代国家建設、そのためには人づくりを急ぐ必要があるということで、文部省が中心となって近代教育の普及と制度の定着を図っていた時代です。

(「アート工房」/明治時代の就学率)

 当時の日本における2つの「障壁」――危険性について指摘

当時は2つの結構困難な「障壁」がありました。一つは、小学校教育(尋常小学校)を国民がなかなか受け入れてくれなかったのです。今では考えられないことですが、小学校を建てても親たちの多くが、そこに子供たちを通わせなかったのです。彼らの言い分は「百姓に学問はいらない」、「女に学問はいらない」というものです。当時の小学校は授業料が必要でしたので、親からすれば、貴重な働き手を学校に取られて、さらにお金も摂られる、とんでもないことだということです。だから、実際に明治の初期の打ちこわし一揆では、学校が標的になったこともあったのです。就学率がおよそ50%になるのに15年くらい掛かっています。50%といっても内訳は、男子が65%、女子が35%で、平均して50%ということです。

2つ目の「障壁」はムラ意識です。邦人という言葉が遺っています。「邦」というのは地方を意味します。かつての日本人は自分の出身地を生涯の故郷、心の故郷と考え、それを中心に物事を考えたのです。ただ、それでは近代国家が求める人材とは言えませんので、教育によって日本の国全体を考えられるような人間を意識して作ろうと文部省は考えたのです。そのために、教育勅語を発布して、検定教科書を作り、標準語を普及させていったのです。

ただ、ラッセルは当時の日本の教育について、評価する一方で、国が主導する教育の危険性について警鐘を鳴らしています――「日本の教育が生み出した人間は、あまりにも独断的で精力的になるおそれがある」(同上、51ページ)。その直感は、あたることになります。そして、現在の教育も同じ危険性を背負っています。中央集権的な教育行政は戦前から一貫して続いているからです

(「Slide Player」)

 教員の資質と教員養成をどう考えるか

子供は本能的に教師の教育者としての力量と人間としての力量を一瞬で見抜いてしまいます。勉強が出来るとか、出来ないとかに関係なく、そういった人を見抜く力を人間は幼いうちにすでに身に付けています。動物が本能としてもっている危険察知能力が働くのかもしれません。いつも、不思議に思います。

ラッセルは言っています――「子供たちや若い人びとは、彼らの幸せを本当に願ってくれる人びとと、彼らをある計画のための素材としか考えていない人びととの違いを本能的に感じとるものである。教師に愛情が欠けている場合には、性格も知性も、うまく、のびのびとは発達しない。そして、この種の愛は、本質的に、子供を目的として感じることにある」(同上、57ページ)。「子供を目的として感じる」が分かりにくいと思いますが、要するに子供の成長と発達だけを最大の悦びと感じられるような愛情の持ち主でなければいけないと言っているのです。原文には、ここの部分に傍点がふってあります。つまり、彼が最も強調したかったことということです。

その国の教育のカギを握るのが教員の資質です。昨日の『産経』の社説に教員免許更新制についての意見が載っていました。文科省は更新制度をやめる予定とのこと。効果がないということと、更新を忘れる教員が続出したりして教員不足が露呈したからです。『産経』は免許更新制を継続しろという意見ですが、たった5日間の講習を継続したからといって教員の資質が高まる訳ではありません。もっと根本的に教員養成そのものを考える時期です。

そんなに難しいことではないのです。ラッセルの考えを借りれば、子供の幸せ、子供の教育のことだけを考えるような人を教員にするということだと思います戦前は、一般の仕事に就く人と、教職に就く人を大学に入る時点で分けました。ひたすら子供のことだけを考える人をそこで養成しようと考えたのでしょう。人間を教育することはいつの時代でも様々な困難と苦労がつきものです。その覚悟を決めるためにも、別枠で養成する必要があると考えたのです。先人の知恵に学ぶ時代だと思います。

教育事業を片手間で考えるから、ハレンチ教員が増えるのです

(「Head Topics」)

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