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『東京新聞』の社説「天皇制と男女平等は」の批判的検討――おためごかしの社説

『東京新聞』(2020.1.8日付)が「天皇制と男女平等は」というおためごかしの社説を掲載した。

一見、天皇制の存続を心配するふりをしながら、実は天皇制を無くしたいという本音を見せまいとする苦心の文章である。「おためごかし」の「ごかし」は転ばせるという意味である。最終目的は、相手を転ばせることにある。そのために心配するふりをしながら相手(天皇制)にアプローチをかけたということであろう。

商業新聞としては、本音を書くことはできない。世論調査によると、皇室に親しみを感じている国民はおよそ8割いる。先日の令和最初の一般参賀には、6万8710人(読売新聞の記事から)が訪れている。その人達を敵に回すことになるからである。

日本経済新聞社の世論調査で、いまの皇室に親しみを持っているか聞いたところ「持っている」が77%で「持っていない」の17%を大きく上回った。「令和」への改元直後に実施した5月の調査でも「持っている」は78%だった。(日本経済新聞)

 いきなり無くすことはできないので、2段階作戦をとる。国民の愛子さま人気と憲法の男女平等規定を使うことを思い立ったのであろう。基本的な発想と戦略は、日本共産党と同じである。

ただ、この社説の論の立て方にかなりの無理がある。天皇制を男女平等から論じようとしているが、男女平等の憲法が成立したのは20世紀であり、天皇制は古代の大和の時代にすでに成立している。法的に言えば「事後法の禁止」、「法の不遡及」ということであるが、もともとあるものに対して、後からきまりを作って、そのきまりを当てはめて、元々あるものを無くしてしまおうという企(たくら)みは憲法の趣旨(第39条)にも反している。憲法を守りましょう

 事後法の禁止は近代法のルールでもある。香港でデモ隊が当局からの弾圧を恐れ、殆どの者がマスクをしてデモに参加していた。それを見た香港政府が「覆面禁止法」を制定しようとしたことがある。これと同じ発想である。天皇制は古代の昔より、男系と決められているものに対して、後から作られた憲法に書かれているという理屈をつけて、別の流れに変えようという策動である。

社説の中には、「明治国家が憲法を定めつつある時期で、模範にする西欧では女帝が存在した」という問題ありきの一節がある

この文章の中に、事実誤認がある。明治憲法の制定史を紐解くと、ドイツをはじめヨーロッパ各国の憲法の調査をしているが、模範にはしていない。日本は、西欧にはない独自の憲法を作ったのである

このことについて、明治憲法起草者の一人である金子堅太郎はイギリスのハーバート・スペンサーから「日本の憲法は欧米各国の憲法を翻訳し、直に之を採用して外国と同一の結果を得んと欲するは誤解の甚だしきものなり。今此の憲法を一読するに日本古来の歴史、習慣を本とし起草せられたるは、余の最も賞賛するところなり」(金子堅太郎「帝国憲法制定の精神」)との評価をもらっている。文体が当時のものなので少し分かりにくいが、外国の翻訳憲法ではなく、日本の歴史や習慣を踏まえた独自の憲法であるので、賞賛したいと言われたことを報告している。

それから「女帝が存在した」と言っているが、それはヨーロッパ世界の話であろう。歴史も文化も習慣も違う国のものを、どうして持ち出すのか、その発想がよく分からない。それを言うならば、古代は推古天皇という女性天皇もいたと、日本での実例を挙げた方がまだ素直である。

無題

 社説も最後にまた「人権と民主主義」という西洋近代で確立したような原理・原則を再度持ち出している先ほど指摘したように、後の時代から出てきた考え方でもって、千年以上にわたって築いてきた制度を崩すわけにはいかないだろう。天皇制そのものが、日本の文化なので、それを忠実に後世に伝える、そのための叡智を出すのがマスコミの使命でもある。

社説は「婚姻の自由」、「個人の尊重」、「平等の観点」という言葉を使って、天皇家のあり方そのものを問題として捉えようとしている。こういう言葉を使っているのを見ると、天皇制そのものが何なのか、よく分からないまま文章を書いているのではないかと思う。古代の時代に権力を取った末裔が、そのまま居座っている位の捉え方ではないかと思う。戦後の日教組教育の弊害がこういうところに表れている。そして、誤解を与えるような学説、天皇機関説が日本の学会で主流となってしまったことが、悪しき影響を与えている。

天皇制は、古代日本人の叡智を凝縮したかたちで組み込んだ統治システムである。組織を永続させるためには、トップ人事が一番重要である。それは、会社や様々な組織を見れば分かると思う。ロシアには「魚は頭から腐る」という諺があるが、トップがコケれば組織は壊滅する。国家も組織であるので、どうするか、思案のしどころである。古代の先人は頭を悩ませたと思う。

無題

有能な人間をトップにするというが、その能力をどうやって見極めるのか、という問題がある。そして、仮に有能な人間がトップに立っても、人間は寿命がある。次の人間が有能とは限らない。以上、2つの問題をクリアーしなければいけない。どうするか、堂々巡りのように考えたのであろう。多分このことは、現代の企業のトップも頭を悩ます問題ではないだろうか。

先人が一番頭を悩ませたのは、手本となる国がなかったことである。隣の中国は、諸国相争い、多くの国が勃興しては消えていくという歴史を繰り広げている。万里の長城を築いた大帝国の秦もあっという間に滅んでしまった。

ここからは私の予想であるが、隣国の中国を反面教師にしようと考えたのではないだろうか。トップに権力者をもってくるのではなく、権威者をもってくる。その人を神とつなぎ、実際の政治は権力者に任せる、といったアイディアである。権力は長く続けば続くほど腐敗しやすく、権威は腐敗しない。それどころか、長くなればなるほど権威というのは増す傾向がある。

そのようなところに着目したのであろう。試行錯誤の期間もあったと思われるが、今の形で安定するのが天武天皇の頃である。『古事記』、『日本書紀』を出している。それが一つの証左である。

社説は「民主主義」という言葉を最後に使っているが、民主主義の考え方も西欧と日本とは違う西欧の民主主義は権力者と民衆が敵対する上での民主主義であるか、日本のそれは権力者と民衆が同じ方向に向き合っての民主主義である。それは権力の象徴のお城を見る国民の目を見れば分かるだろう。

その考え方は、十七条憲法に見られるし、王政復古の大号令にその考え方を見て取ることが出来る――「諸事神武創業の始に原(もとづ)き、縉紳(しんし)武弁(ぶべん)堂上(とうしょう)地下の別なく至当(しとう)の公議を竭(つく)し、……」。縉紳は公家、武弁は武家、堂上地下の別なくは、身分の上下なくの意味である。至当の公議を竭しは、みんなと論議をするの意味である。

この考え方は、終戦後の1946(昭和21)年1月1日の詔書でも見ることができる。「五か条の御誓文」の「上下心を一にして……」という日本的民主主義の考え方をそこで披露されている。

女性天皇、女系天皇については、このブログの中ですでに述べた。社説は女性天皇と女系天皇を作為的に同じように取り扱っているように見受けられるが、全く意味が違う。その違いをマスコミは正しく国民に伝える義務があることを最後に付記しておく。

最後まで読んでいただき有難うございました

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