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これからの学校教育のあり方について(2)――日本の歴史から、教育の不易流行を探る

  • 2020年2月28日
  • 2020年3月2日
  • 教育論
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(この文章は2/28日に書きました)

この記事の著者
中高一貫校で社会科の教師として37年間勤務する傍ら執筆活動にも力を入れる。
著書多数。
「万人に合った教育はない」がモットー。
詳しくはトップページプロフィールより。
昨日の記事読みましたが、『文科省解体論』は少し過激ではなかったのではないでしょうか
世間にアピールするために、少し強めの言葉で発信した方が良いだろうという判断があったからです。
女性
ただ、何と言っても、泣く子も黙る文科省ですよね
現場には大きな影響力を行使できるのですが、霞が関での扱いは「軽い」のです。本省の職員数でおよその発言力が分かるのですが、「新参者」の環境省よりも少ないです。財務省に力関係で負けるので、予算をとりにいくことができません
女性
だから、現場の先生は学校に人がいない、お金も回ってこない、と言っているのですね。
今、日本の教育現場はブラック化しています。それはデータでも明らかです。小学校が週54.4時間で、中学校が週56.0時間ですが、これはOECD加盟国の中でも最低です。単純に教員を増やせば解決することが多いのですが、予算をとれないのでしょう
女性
この前の夏だったかしら、お母さん、教室のエアコンの温度が下がらないのよ、と言っていました。何の意味か最初は分からなかったのですが、要するに市の方で温度を一律に設定していて、ある温度以下にはならないようにしてあるのですね。電気代を節約するためみたいです。
エアコンがあるだけ、まだましかもしれません。設置していない学校もありますからね。現在、公立学校のエアコン設置率の全国平均が78.4%です。まだ、80%いっていません。
女性
今時、エアコンが設置してない学校があるということですね、後は推して知るべしですね。
予算節約の意味もあり、文科省は自治体と一緒になって、いまだに統廃合を進めています
生徒の通学の安全や不登校、いじめなどの問題があり、もう今は学校を大規模化する必要は全くないですね。むしろ、小規模校の有効活用を考える時代でしょう
教育環境の充実を図るのが文科省の務めなのに、予算がとれない、現場の実態を無視して新しい方針を次々に降ろしてくる。裏では、調査官による思想弾圧まがいの教科書検定。その状況を見ると、反日的な考えや、共産主義的な思想が相当浸透していると思います。だから、いらないと。全部壊してしまえ、という意味ではなく、このブログで機会があるたびに言っていますが、指導援助に徹するような省庁に脱皮して欲しいと願っています。そして、トップには教育について識見がある方を置いて、長期的目標を掲げてやっていただきたいと思います。そして、出来れば、総理大臣が「教育立国」という方針を高らかに宣言して欲しいと思います
女性
総理大臣の一声が重要なのですか?
日本は、「長いものに巻かれろ」の考え方がしみ込んでいます。今回の安倍首相の「公立の小中高の休校を要請する」と言っただけで、日本の多くの自治体が右に倣えしました。



日本の歴史から、教育の不易(ふえき)流行を探る

国家や企業は、人間がつくっている組織です。その組織は運営の仕方や人員の配置を間違えると崩壊します。日本が古代より一つの王朝として連綿として繋げることができたのは、そのことを理解した上で、それぞれの持ち場で文化と伝統を守ってきたからに他なりません。
「世界で一番歴史が古い企業ランキング」というのがあります。ベスト10のうち6社が日本企業です世界最古の企業は6世紀(578年)に設立された金剛組(大阪府)という建設会社です。最初の建築物が聖徳太子から四天王寺を建てて欲しいとの注文だったそうです。ちなみに、2位が池坊華道会(587年~/京都府)、3位が慶雲閣という旅館(705年~/兵庫県)です。

組織を継続させるのは、実は簡単なことではありません。伝統ある会社には、その会社ならではのシステムや教育が必ずあると思います。そして何よりも大事なのは、一人ひとりの構成員がまず組織を守る気持ちが必要です。最近の言葉で言えば「ワンチーム」でしょう、それは言葉を変えれば聖徳太子が説いた「和」の精神です。

日本の国についても、その延長で考えることができます。日本人として考えなければいけないのは、「この国のかたち」(司馬遼太郎)を守ることです。個人の幸せは国の繁栄、地方の栄華があってこそ、と伝統的に考えてきました。長年受け継いだバトンを色も形も変えないで、次の世代に渡すことを学校教育の中で行う必要があります

西洋の考え方は個人の権利優先で考えます。どちらが正しいかではなく、その違いはお互いに歩んできた歴史の違いから来るものです。西洋では、権力者がしばしば民衆に牙をむいています。そして、約3千年にわたって戦争や紛争を繰り返し、国境変更などが日常茶飯事でした。そういう中で、まず個人が生きていく力をつけることを最優先と考え、自分の命と幸せをどの国が守ってくれるのかを見定め、その国との契約関係(社会契約)との考え方が生まれました。だから、自分を守るために「権利」「平等」「立憲主義」「抵抗権(革命権)」といった概念が生まれたのです。
日本は、そういった概念とは殆ど無縁な歴史を築いてきました。日本では西洋の概念が、明治の文明開化とともに日本に入ってきましたが、それらを戸惑いつつ受け入れてきました。例えば、権利というのは「right」の訳ですが、権力者に対して何かを要求することを「正しい」こととする感覚に違和感を覚えたのです。そこで苦心して、「権利」の言葉をあてたのです。「平等」という概念は、当時の人には理解不能な概念だったのでしょう。それで「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と、天と上と下の言葉を使って「平等」の概念を説明したのです。

そもそも、日本の国家観と西洋の国家観は全く違っていました。分かりやすくするために、図を用意しました。〈日本〉の家を表す「宅」は「やけ」とも読み、「公」に通じます。その中で、権力者と民が同じ方向で手を取り合って、国を支えています。天皇は権威者ですので、現実の政治には関わりません。神とつなぐことにより、誰もその地位にとって代わろうという気持ちすら、もたせないようにしています。
それに対して〈西洋〉の国家観を表した図を見て下さい。王は神から権力を授かり(王権神授説)、その権力を使って、国民を統治します。日本では民は大御宝(おおみたから)なので、権力者が民に牙をむくことはありませんでした

日本の憲法学者の多くは、この違いを理解することなく、日本の天皇を権力者として捉えるという間違いを犯しています。例えば、「明治憲法は、一方で神権的な絶対主義の原理のうえにたちながら、これに近代憲法の諸原則を微妙に混在させている」(伊藤正己『憲法入門』有斐閣双書.1998/21ページ)とか「国王の統治権は、神の意思で授けられたという王権神授説によって正統化されていました。明治憲法も、天皇の統治権は『神勅』、つまり……」(渋谷秀樹『憲法への招待』岩波新書.2014/12ページ)というように、天皇を西洋の権力者である王と同列にして論じています。これらは、日本の歴史の無知から来る誤解釈です。



ところで、今、日本で何かと話題の外国語ですが、西洋では国境が変わる可能性が高かったため、第二外国語は当たり前、状況によってはバイリンガルを目指します。ただ、それは生きるために身に付けた知恵であり、いつ他国に支配されるか分からないような時代を多く潜り抜けた西洋人の自己防衛策でもあったのです
日本のような島国で、95%の人が日本語だけで一生不自由なく生きていくことができる環境にいる者が、ヨーロッパ人の猿真似をする必要はないのです。ある程度進路が定まって、英語が必要と思ってから学んでも決して遅くはないのです。

英語はAI通訳機に任せて、語学学習に割く時間を、相手に語る内容を豊富にする勉強に充てた方が良いと思います


次回は、学校とは何を学ぶ場所なのか、というテーマで書きたいと思います。

読んで頂きありがとうございました

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