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中国に倣って、英才教育の導入を / 経済や教育の原理は、実質的平等を旨とすべし

「中国の瀋陽(しんよう)に東北育才学校という少数精鋭のエリート校があることをご存じですか?」

女性

「いえ、いつ頃の創立ですか?」

「2002年です」

女性

「まだ歴史は浅いのですね」

「そうですね。ただ、中国は共産党独裁国家ですから、一度方針が決まってしまえば実行までのタイムラグが非常に少ない国です」

女性

「エリート教育の推進という方針が決まり、そのまま実行されたということですね」

「真面目にエリート教育をしようとするならば、その位にしないと駄目だと思います」

女性

「内容と特徴についてインフォメーションをお願いします」

「少数精鋭のエリート校です。ただ、途中入学も出来ます。そして、教諭の数が75名います。その中には、米国人教師も日本人教師もいます」

女性

「先生の数が多いのですね。日本人の入学者はいるのですか?」

「データを見ると、過去に6人います」

女性

「やはり、その方たちは中国の大学に行ったのですか?」

「そういう方もいましたが、日本の大学を受験して合格した人もいます。2006年早稲田に1名、2013年首都大に1名合格しています」

女性

「カリキュラムとして特徴的なものがあれば、教えて下さい」

「そうですね。とにかく目的は生徒の能力開発と向上です。1日7コマ授業ですが、中国語と英語の授業は毎日あります」

女性

「カリキュラムの中身については、いかがでしょうか」

「日本のトップの私立校と同じように先取りをしています。例えば、物理は中2年から、化学は中3年からという感じです。何といっても大学の合格実績が凄いと思います」

女性

「このデータは2016年なので、少し古いですね」

「5年前のデータですが、現在と大きく変動がないと思われます。簡単に数字だけ紹介します。有名大学では、東京大学12人、京都大学26人、大阪大学8人、名古屋大学25人、東北大学10人、東京工業大学24人、私立大学では早稲田大学8人、慶應義塾大学17人などです」

女性

「日本の上位の私立高並みですね」

「力だめしで受けている人もいます。生徒は、日本よりもむしろアメリカの大学に入学を希望する者が多いとのことです」

女性

「ここからが本論です ↓」

 競争経済に打ち勝つための人材育成を考える時代

この世界は「お花畑」ではありません。現在の市場経済は競争経済ですので、それに敗れることは、政治的な没落も当然あるということです。そうならないためにも、市場経済を常に発展させる態勢を整えていく必要があります。

(エクスペディア)

経済の原動力は人材です。いや、違う、石油である、エネルギーである、データであるなどと言う人がいたならば、頭を切り替えて欲しいと思います。

中国は社会主義経済にいち早く見切りをつけて、改革開放というスローガンのもと資本主義的市場経済を導入して現在の繁栄を迎えています。何故、見切りをつけたのか。簡単に言えば、「生き物の経済」を人間が完全にコントロールすることは不可能だということを悟ったからです。そして、人民公社という名のもとの国有企業による経済態勢を私企業を中心にした経済態勢に変えていきます。

その当時の指導者が鄧小平です。この辺りの嗅覚は、実に鋭いものがあります。日本の戦後の政治家の中には、こういう嗅覚をもった方は誰一人いませんでした。「国は一人によって興り、一人によって滅びる」とは、よく言ったものだと思います。今の中国の繁栄は、この鄧小平の力に負うところが大きいと思っています。この学校の海外への留学の方針は、鄧小平の考えを受けついでいると思います。鄧小平は、「中国の科学水準を高めるために、幾千万の学生を海外に派遣すべきである」と生前に語っていたからです

 現代教育は実質的平等によって行われるべきもの

今の日本は、エリートという言葉でさえ、使うことを憚(はばか)られるような雰囲気があります。

平等権という言葉が定着したためなのかと思いますが、平等には実質的平等と形式的平等の2つがあります政治の世界で使うのは形式的平等です。経済の世界で使うのは実質的平等です。つまり、多く生産した者には、多くの報酬が払われるべきだし、逆に働かない者には、何も支払われないというのが正しい考え方です。

経済の世界は弱肉強食の世界なので、その人材を輩出する教育の世界に実質的平等を導入することは、至極当然なことです

現在の日本の教育界は、形式的平等が蔓延(はびこ)っていて、逆差別が生じています。能力がある者に対して、それに見合った教育環境を提供することは至極妥当なことです。そのような社会の恩恵によって能力を伸ばした者は、社会に出た後、その恩義を社会に還元すれば良いだけの話です。

スポーツの世界には、実質的平等の原理が貫かれています

そのため、スポーツの分野に秀でている子供たちに対して英才教育を施すことに異論を唱える人はいません。それを至極当たり前のことと受け止めています。誰もが、自分の子供にスポーツの才能があると分かれば、特別のプログラムによって育成しようと考えると思います。学問、芸術、技術関係も同じだと思います。

 戦前の日本の教育は、実質的平等で行われていた

日本の近代教育制度が成立した頃、つまり「学制」発布の頃(1872年)には「飛び級制度」がありました。尋常小学校は下等小学(6~9才)と上等小学(10~13才)の8年間で、各学年は2つの級に分かれていて、半年ごとの進級試験に合格した者だけが上の級に進むことができました。

不合格の者は原級留置となるのですが、逆に成績優秀な者は随時試験をして上の級、あるいは学年に進むことができました。夏目漱石は成績優秀のため、飛び級をした話は有名ですが、本来8年かかって卒業するところを4年、あるいは5年5か月で修了した者もいたのです。

落差があると水が落ち、そこにエネルギーが発生します。それが起爆剤となり社会が発展します。落差の数とレベルを上手く調整できれば、社会の活力に繋がります

活力がなくなれば、経済の弱体化につながります。世界のGDPのランキングを見ると、1.米国 2.中国 3.日本 4.ドイツ 5..インドです。日本が中国に追い抜かれたのが今から10年ほど前です。抜かれた後、年々その差が広がっています。今や、中国は日本の2.8倍です。その中国は、2028年にはアメリカに追いつくと言われています

(井上FP事務所)

中国の「海警法」の制定により、尖閣諸島が「波高し」になっています経済的に追い抜かれたために、こういう政治的問題が出てくるのです

尖閣を解決するために、アメリカに頼らざるを得ないという状況ですが、戦後の人材育成が変な平等主義の導入により停滞したため、それが経済のパフォーマンスを悪くして中国に抜かれ、そして優位に立った中国が日本に軍事的プレッシャーをかけているというのが、今の図式です。

どうすれば良いのか。元を辿って、教育界の形式的平等主義を順次取り払う作業をするということでしょう形式的平等主義の最たるものは、検定教科書を使った一律一斉授業です。  まず、そこから始めて、次に教員養成制度を手直しする必要があります。そして、総合的な人材育成のプランを立てることです

読んでいただき、ありがとうございました。

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