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元エリート官僚熊沢英昭氏による殺人事件から発達障害を考える

11月11日に元農林水産事務次官熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判の初公判が東京地裁で開かれた。長男(当時44)を殺害した罪に問われている事件である。

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弁護側は長男が発達障害(統合失調症やアスペルガー症候群の複合)と診断されていたと明かし「長年、必死で長男を支えていたが、暴行を受けて殺されると思い、とっさにやむを得ず刺してしまった」と主張した。ひきこもりの息子を高齢の親が面倒を見るという「5080問題」として事件を捉える見方があるが、この事件は発達障害に対する我が国の誤解と偏見が生んだ悲劇という側面から考えなければいけない問題である。

誤解と偏見は、発達障害者支援法(2004年)の第一条(目的)を読めば分かる――「この法律は、発達障害者の心理機能の適正な発達及び円滑な社会生活の促進のために発達障害の症状の発現後できるだけ早期に発達支援を行うとともに……障害者基本法の基本的な理念にのっとり、発達障害者が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう、……」。法律の条文は、やたらに長いのが特徴なので、必要以外の箇所は省略したが、特に注意して頂きたい箇所は下線を引いた。

法律の条文が言わんとすることは、発達障害者は心理機能が適正に発達することなく、そのままでは円滑な社会生活が送れない。もし症状として現れた場合は、通常の生活ができるように支援する必要がある、ということが書かれている。発達障害というネーミングが物語っているように、心理機能が適正に働かず、そのため通常の社会生活ができない人という捉え方である。だから障害者基本法の理念云々という言葉が出てくるのである。

発達障害の英語表記は Developmental disordersである。発達の仕方が普通とは違うという捉え方であり、そのため周りの人たちはその子に対してSpecial support(特別な対応)をしなければいけないという考え方なのである。周りの人というのは、親、教師、そしてクラスメートも入る。

手元に『発達障害の僕が羽ばたけた理由』(KADOKAWA.2017年)という題名の本がある。著者はモデル・タレントの栗原類氏である

 

通っていたニューヨークの小学校1年生の時にADD(注意欠陥障害)と認定されたそうだ。彼が発達障害と診断された後、担任からクラスの生徒や親に説明があったそうである。「日々のトラブルがあったときも、スムーズに対処してもらうことができた」(50ページ)と言っている。

日本では、ようやくここに来て支援体制が整い始めたという段階であろう。但し、特別支援学級、特別支援学校、通級指導といったハード面の話である。特別支援学校教諭免許状の創設も2006年であるので、専門的な知識をもった教員の絶対数が足りず、さらにそのような人材が専門の部署に配置されている訳ではない。

そして、一口に発達障害と言うが、その症状は個人によって様々である。あくまでも、発達のバランスが悪いというだけなので、中には学力の高い子供もいる。公立学校に進学すれば、支援学級に入ることになるし、そうなると大学進学が遠のいてしまうので、それを嫌がって私立学校に入学する生徒もいる。熊沢被告に殺された長男も多分そういった生徒の一人だったと思われる。

ただ、私立、公立の普通学級は、日本の場合、カリキュラムや人員配置も一斉授業を想定した態勢をとっている。個別指導は念頭に置いていない。プライバシーという理由で、発達障害ということを親も教師も周りに隠そうとする傾向がまだまだ強い。学校内で共有していない場合もある

そうすると、変わった奴ということでいじめや仲間はずれをされる目に遭う。栗原類氏も日本の小学校、中学でいじめ、不登校に一時期なっている。殺された長男も中学でいじめにあって不登校、そして家庭内暴力を振るうようになった。2人のその後の人生の違いは、個別対応が良かったか悪かったかの違いである。

岩波明『天才と発達障害』(文春新書)に詳しいが、アインシュタイン、モーツアルト、エジソンは発達障害であったと言われている。「障害」とあるので、発達できない人のイメージを持ってしまうのだが、普通よりも「でこぼこ」しているだけで、フォローが良ければ発達するし、逆に出っ張り部分が大きくなって、ある分野については天才的な能力を発揮することもある

理由は分かっていないが、統計的に見ると、日本は他国よりも発達障害の人の割合が高いそうである。21世紀の科学の先進分野を引っ張っていくような異才をその中から発掘せよと天が言っているのかもしれない。ただ、そのためには、従来の一斉授業方式ではなく、一人ひとりの発達に合わせた教育体制の構築が望まれる

アメリカと日本の発達障害(ADHD)への対応の違いと学習障害☆ 体験的な話が聞きたい方はどうぞ、下のブログまで。

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