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再び立憲主義について――立憲主義は視野を狭める

  • 2019年12月19日
  • 2019年12月19日
  • 政治
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憲法学会に所属する大学の先生方や専門家により、多くの憲法に関する著作物が刊行されているが、入門書から専門書に至るまで、その切り口や論理構成は殆どどれも同じような特徴をもっている。

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特に東大憲法学の先生方が頻繁に使う概念が、立憲主義という言葉である。

そんなこともあり、高校政経、現代社会、中学公民の教科書にそれが記述として反映されている。
例えば、『中学公民』(東京書籍)には、

「国の政治権力は強大で、国民の自由をしばることができます。そこで、この政治権力から人権を守り、保障していくために、憲法によって政治権力を制限するという考えが生まれました。これを立憲主義といいます」

と書かれている。
ただ、それは西欧の話であって、日本の歴史にはそのようなこと、つまり権力者の力を抑えなければいけなかったという歴史的事実は見当たらない。 

西欧の歴史を紐解くと、権力者がその権力を、民衆に対して欲しいままに振るまっていた歴史に突き当たる。
例えば、イギリスのジョン王。

無題
(wikipedia)

勝手に戦争を仕掛けたり、課税をしたりということをしたので、周りの諸侯たちが立ち上がって彼の権力を制限するためにマグナカルタ(大憲章)を突き付けて、その内容を約束させている。

その後、チャールズ一世(1625~49)の時には、王は議会としばしば対立をし、1640年には清教徒革命(1642~49)が起こり、最後は首を切り落とされている。

無題
(wikipedia)

フランス絶対王政の絶頂期に君臨するのは、太陽王と呼ばれたルイ14世である。

無題
(wikipedia)

72年という長きにわたってフランスを統治した。
ブルボン王朝の最後の王がルイ16世であるが、彼の治世の時にフランス革命が起こり、マリーアントワネットとともに断頭台の露と消えている。

日本には、そのような凄惨な歴史はない。
どの時代を調べても、時の権力者と庶民が同じ方向を見ているし、お互いの表情は穏やかである。
例えば、日本国内に城がいくつも残っているが、そのお城を見つめる人々の目は優しい。
権力者の象徴という敵対的な捉え方はしていない

2016年の熊本地震で熊本城は石垣が崩れるなど、大きな被害を受けた。

無題
(文化遺産の世界)

テレビは、その無残な姿を見つめる県民の悲しそうな目を映し出していた。
その熊本城を建てたのは加藤清正であるが、工事を請け負ってくれた領民たちに、1日の作業が終わった後は、賃金として米を支給し、さらに酒と肴をふるまったという。
そういう粋な話が、日本の歴史にはごまんと転がっている。

日本で最初の憲法は、聖徳太子の憲法十七条であるが、西洋の憲法はクーデターや革命の後、国民が制定したのに対して、日本の憲法はそうではなく、為政者が定めている

憲法十七条の第1条は「和を以て貴し」であり、この言葉が総則的な規定となっている
為政者の方から、みんなで仲良くやりましょうと呼びかけているのである。同じ第1条に「上和(かみやわら)ぎ下睦(むつ)びて、事(こと)を論(あげつらう)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず」とある。
およその意味は、上の者も下の者もお互い親睦の気持ちをもって論ずれば、自然にうまく事は収まる、である。

また、「共にこれ凡夫」「相共に賢愚なる」(第10条)というように、「共に」という言葉を使って、同じ共同体に生きる人間として民衆のことを考えていることが分かる。

憲法学者の渋谷秀樹氏は「内容として、一般の人々の権利や自由の保障とか、権力の行使を抑制するための権力分立という発想はまったくありません。
したがって、聖徳太子の十七条憲法は、現在一般的に使われている憲法と同じもの、つまり立憲主義的憲法、真の意味での憲法であると言うことはできないのです」(『憲法への招待』岩波新書、2014年)と言うが、ちょっと待って欲しい。

「権利や自由」「権力分立」「立憲主義」という言葉は、18世紀以降に西欧で確立した概念である。
時代的に無理な注文である。

しかもこれらは、有史以来絶えず国境をめぐる紛争があった西欧において、国家権力に対抗するために考えられた概念であり、権力者に対する不信感が根底にある

  国家を階級国家として捉え、為政者を権力者と見立てて国民との対立概念として考えるのが立憲主義である
国家をどのように統治するかに絡むのだが、会社や家族という組織に置き換えて考えてみると分かりやすい。

1つは、トップが力で構成メンバーを抑えてしまうというやり方。
もう1つは、みんなで話し合って、みんなで役割分担していくやり方である。
どちらも一長一短がある。
状況によっては、後者が必ずしも良いとは限らない。
スピードを求めるならば、前者であろう。

共産党、社民党、立憲民主党の国家観は、前者である。
だから常に政権を意識して、政党活動をすることになるし、現にそうなっている。
前しか見ていないので、外(国外)のことに対する警戒感はどうしても薄くなりがちである

時代はグローバルな時代である。
国内と国外、2つの目で立体的に観ることが必要な時代である。
立憲主義は、ともすると視野を狭める作用をする言葉であり、新しい時代にはそぐわない考え方であろう。

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