「緊急事態宣言が全面解除されましたね」
「ようやくですね。長かったです」
「しかし、凄いですね。日本人は。感心しました」
「特別措置法による宣言では、効果がないだろうとおっしゃっていましたよね」
「いや、脱帽です。日本人の遵法精神というか、和の精神というか、素晴らしいと思います」
「今日は、ベタ褒めですね」
「シンガポールのメディアも褒めていますよ。日本人は自身を律し、ルールを守る人が多いからだって」
「それだけ評価されているのに、どうして自己評価はいつも低いのでしょうか」
「日本の青少年の問題ね」
「そう、常に他国よりも低いでしょ。今回のことを併せ考えると、何か腑に落ちなくて」
「その原因について、いろんな人がいろんなことを言っていますが、反日教育に原因があると思っています」
「どういうことですか?」
「人は自分が属する集団が、不安定だと気持ちや心も不安定になります。家族の一員であると同時に、国民の一人だとやがて分かるようになります。その時期に、反日教育をされると、ここに属していて良いのかと思い始めます」
「小学校6年生から歴史の勉強が始まりますものね」
「そこから高校生にかけてはアイデンティティを確立する上で大事な時期ですが、そこに教科書による反日教育を受ければ、自信がもてなくなります」
「私はもてましたよ」
「すべての人があなたのように図太い訳ではないのです」
「ここからが本論です。続きを読んで下さい↓」
日本の敵は日本人――学校を舞台にした反日社会科教育の成果
「産経抄」(2020.5.23日付)に「韓国の反日姿勢の背後には、常に日本人の協力者がいる。……日本の敵は日本人だといわれるゆえんである」とありました。
韓国に限らず、中国の反日を煽ったのも日本人です。なぜ、そうなのか。簡単にいえば、学校教育で反日の社会科教科書を使って、反日の人間を拡大再生産しているからです。逆に、現場の人間からすれば、よくここで止まっているなというのが実感です。反日の歴史学者や憲法学者が腕によりをかけて書き込んだのに、現場できちんと反日エッセンスを子供たちに吹き込んでいないのではないかと思っているかもしれません。だから、最近やたらと高大連携とか言い始めているのだと思っています。
大学は学問、高校までは勉強。勉強というのは、すでに定説化されたことを教え込むことを目的としています。学問というのは、その定説自体が本当に正しいのか、資料や他の学説を踏まえて検討することです。全く違う目的の機関の教員が集まってどうするのか、というのが私の意見です。専門分野を深めたいのであれば、お互い学会に参加すれば良いだけの話です。
だから、別な狙いがあると思っています。日本で高校の教員と大学の教授が一堂に会して対等に何かの問題で情報交換するイメージが湧きません。結局、大学の教授に対する忖度が働いて、彼らの歴史観を注入されて終わることになると思います。要するに、それが狙いだと思っています。大学の教員が高校や中学の学校現場の状況を知りたいとは、とても思えないからです。
平等権をテーマに巧妙な印象操作と反日教育
公民の教科書の「平等権」で扱っている事項は、部落差別、アイヌ民族の差別、朝鮮人差別の問題です。差別として同じ次元で捉えていますが、それぞれ違った次元の問題です。これらを同じ差別の問題として捉え、2つのことを狙っていると思います。1つは、差別国家日本というイメージの定着です。2つ目は、国民の中への「分断イデオロギー」攻撃というものです。
まず、部落差別とアイヌ民族の問題については、法的には決着がついていますので、歴史教科書で取り扱うべき問題です。特に、部落問題ですが、穢多(えた)、非人と言われた被差別階級を生み出したのは、封建社会です。封建社会は身分制社会であり、差別社会です。現代的視点からすれば、差別が当たり前の世界です。だから、農民にも本百姓もいれば水呑百姓もいます。武士も足軽から大名まで様々な階層がありました。その中の下の一部分だけを切り取って、針小棒大に言うことは控えて欲しいと思います。
そういった身分社会からの脱皮を目指して明治政府は明治4年の「太政官布告(解放令)」を出していますので、法的には決着が済んでいる問題です。そういった問題を21世紀の公民の教科書に載せる必要はないのです。歴史的な出来事として教えれば済む問題です。
日本の教科書の記述を紹介します――「2013年現在、日本には約52万人の在日韓国・朝鮮人が暮らしています。この中には、1910年の日本の韓国併合による植民地支配の時代に、日本への移住を余儀なくされた人たちや、意思に反して日本に連れてこられて働かされた人たちとその子孫も多くいます」(新しい社会「公民」東京書籍.2019)。これも、歴史的背景が伴っている問題なので、歴史教科書に載せるべき問題ですし、日本の教科書なのに、記述内容が完全に韓国側主張に立ったものになっています。
まず、併合と植民地は違います。併合というのは、その地域を日本の領土として扱うことです。だから、日本は道路を作り、鉄道を敷き、発電所をつくって学校を建てたのです。帝国大学まで作りました。植民地というのは、支配地として扱うというただそれだけです。いずれにしても、戦前は国際法的には合法な行為ですし、日本は周辺国の同意を得て併合しています。日本は喜び勇んで併合したと思い込んでいるフシがあるようですが、できれば関わりたくなかったのです。何故ならば、植民地として全く魅力がなかったからです。地下資源が豊富にあるわけでもなし、土地は痩せてハゲ山のため森林資源もなかったからです(狩猟民族は植林という習慣がない)。そうすると、日本にとって統治をするために人もカネも必要です。財政的な持ち出しを覚悟しなければいけません。当時は経済力がそれ程ある訳ではありません。ロシアとの防衛問題さえなければ、関わりたくない地域だったのです。
「意思に反して日本に連れてこられて働かされた」という聞き捨てならない記述があります。これは韓国人研究者の李栄薫氏が、『反日種族主義』(文芸春秋.2019年/)の中で、こういうことはなかったと言っています。
彼らが言っている「労務動員」「強制動員」「奴隷労働」を言い始めたのは、北朝鮮系の学者だと言っています。以下、『反日種族主義』の抜粋です――「1965年に日本の朝鮮総連系の朝鮮大学校の教員・朴慶植が、初めてこのような主張をしました。当時進行していた韓日国交正常化交渉を阻止するためでした。両国の国交が正常化されると、北朝鮮が包囲されるからです。このような説を強制連行説と言います。朴慶植の本の題名も『朝鮮人強制連行の記録』です。そこから始まったこの主張は、今に至るまで最も強力な学界の通説として残っています。またそれは、韓国の政府機関、学校などの教育機関、言論界、文化界のすべてに甚大な影響を与え、我々国民の一般的常識として根づくまでに至りました。しかし、これは明白な歴史の歪曲です」(66-67ページ)
国家総動員体制によって、朝鮮半島の人たちがどのように動員されたのかという研究があるので紹介をします。「国家総動員法が施行される前、1930年の段階において、日本にはおよそ30万人の朝鮮人がいた。学生も進学のためにやってきたが、多くは職を求めてやってきた貧困層だ。実際は、もっと多くの朝鮮人が日本への渡航を希望していたが、日本政府は『朝鮮人』の日本への渡航は、恐慌下での日本人労働者を圧迫する」として厳しく制限していた」(豊田隆雄『日韓併合の真実』彩図社.2019年/180-181ページ)。戦前の日本は貧しかったため、海外に職を求めたような時代です。だから、ブラジル、カナダ、アメリカにはその子孫の日系人たちが多くいるのです。
戦時中の朝鮮人に対する動員は、「『募集』『総督府主導の斡旋』『徴用』の3つだ。なお、勘違いされることも多いので付言しておくと、動員というのはタダ働きではなく、あくまで『労働契約』である。契約期間は2年と決められ、雇用した企業から賃金が支払われることになっていた。……1939年9月に実施され、これによって3年間でおよそ15万人の朝鮮人が職を求めて日本にやってきた」(豊田隆雄 前掲書/181-182ページ)とのことです。日本が敗戦となり、彼らは2つの道を自ら選択することになります。半島に帰るか、日本に残るか。日本を選択した方の祖先が、在日の方たちです。「意思に反して日本に連れてこられて働かされた」のであれば、つらい目に遭った日本には1秒たりともいたくないと思い、全員半島に帰るでしょう。
アイデンティティの確立と反日教育
再び「公民」の教科書ですが、「平等権」を扱っている単元の最後に人権作文コンテストの生徒の作品が掲載されています。丸1ページを使っています。異例の「厚遇」です。
「僕は、在日コリアン3世です」から始まります。彼は日本の公立小学校に通い、中学から朝鮮学校に通っています。朝鮮学校では民族教育という名の反日教育がなされているのでしょう。ところが、日本人の友達もいるという状況の中で、揺れ動き、「僕も朝鮮と日本がいがみ合う中で暮らしたくないので、それらの問題を早く解決して欲しいと願っています」と内心を吐露しています。
その後、自問自答を繰り返し「いそぎ過ぎず、あせり過ぎず、ゆっくりと一歩ずつ。それが朝鮮と日本の友達が、僕に教えてくれたことなのです」とまとめていますが、この子のアイデンティティは一体どうなってしまうだろうと可哀そうになりました。
「いがみ合う」という表現をしていますので、かなり歪んだ日本人像を教えられていると思います。北朝鮮系の民族教育が行われていると思われます。日本の中で、反日教育をすれば、アイデンティティの確立に影響を与えます。自分の立ち位置が分からなくなってしまうからです。
自分の立ち位置が分からなくなってしまうと、自己肯定感が下がります。日本の子供たちは、自己肯定感が低い、自分に自信をもっていない子供が他国に比べて多いと言われます。それは、多分に反日教育に原因があります。自分が住んでいる国に誇りが持てなければ、そこからスタートできないのです。どうしてもぐらついてしまうからです。
教科書の内容を精査する必要があるのです。
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