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アメリカ経済の好調さの秘密は教育にあり ―— 州によって教育課程が違う / キリスト教と愛国心が共通基盤

女性

「経済と教育は一見つながらないように思うのですが、……」

「経済学と教育学は別の学問体系だということを頑なに考えれば、繋げて考えることはある意味おかしいということになるでしょうね」

女性

「だけど、敢えて繋げて考えなさいというのが、先生のお考えですよね」

「そうですが、そもそも学問を専門分野で区切るのは、一種の便宜主義です。本来、すべての学問は、繋がっているし、繋げられる場合は繋げて考えるべきだと思っています」

女性

「理屈は何となく分かりますが、日本の場合は教育を一種の聖域として見る考え方が強いのではないでしょうか」

「それは確かにあると思います。教育の場合は、2面性があると思います」

女性

「2面性というのは……?」

「個人の能力を伸ばすための教育という面と、社会全体を発展させるための教育という面です。両方向で考えることが必要だと思います」

女性

「日本の場合は、前者を重視しているということでしょうか?」

「私に言わせれば、前者しか考えていないのではないかと思っています」

女性

「よく日本人はシステムを作るのが下手だと言っていますよね」

「そうですね。俯瞰的な視点から、経済と教育を繋げてシステムとして教育を考えることが21世紀には大事な視点だと思っています」

女性

「アメリカの教育制度は、そういった観点からも堪えられるようになっているのですね」

「日本が見習う点が、いろいろあると思っています」

女性

「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「HanaCell」提供です」

 州によって教育課程が違う

アメリカの場合は、高校が義務教育です。日本は準義務教育とか言っていますが、きちんと義務教育の中に組み入れるべきでしょう。文明が高度化すれば、当然教育内容も複雑かつ高度化します。それに対応した制度を構築する必要があるということです。アメリカの大学進学率は75%位です。日本は50%位ですが、先進国の中では低い方です(下のグラフ参照)。問題なのは、その中で自分の能力を高め、社会の戦力として成長できる場となっているかどうかです。

高校が義務教育と書きましたが、義務教育の年齢を何才とするかは、各州によって違いますカリフォルニア州やニューヨーク州の義務教育期間は6才〜16才、ハワイ州は5才〜18才、テキサス州は6〜19才というように、州によって違います。州には州の事情がありますので、違って良いと思います。日本の場合は、合わせ過ぎだと思います。

このように書くと、大学進学が問題では、と思う方がいるかもしれません。アメリカの場合は飛び級制度があるので、テキサス州で19歳と定めていても、18歳で卒業できて、大学にも進学することができるのです。もちろん19歳まで在籍して、大学に進学しても良いのです。要は、自分の状況に合わせて、進学プランを考えれば良いのです。

(「ブリュッセルの政治動向分析」)

 キリスト教と愛国心が共通基盤

日本の文科省のように国全体の教育課程を統括する省庁がありません。敢えて言えば、州ごとに文科省があるのです。州はそれぞれの独自の考えに基づいて子供たちを教育しますので、教科書は各州によって違います。同じ教科でも、辞書のような分厚い教科書を使う州もあれば、ノートのような薄い教科書を使う州もあります。

検定教科書があって当たり前の感覚でいると、一瞬とまどうかもしれません。ただ、教育で大事なのは、指導者の指導内容と技術なので、そこさえしっかりしていれば、その方が教科書を選べは良いのです。アメリカの考え方の方が合理的です。日本はコーチを要請しないで、バットとグローブの規格を合わせることに余分なエネルギーを割いてしまっています。

州ごとの教育では、国としての統一性が保てないのではと思うかもしれません。アメリカではキリスト教と愛国心の2つが共通基盤になっています。朝の授業開始前に聖書が読まれて主への祈りが捧げられ、国旗に敬礼をします。そして、クリスマス、感謝祭、イースターなどの宗教的行事が学校で催されます。子供たちは、何のために勉強するのか、肌で感じ取れるようにしているのです。日本の教育で足りない部分は、そこなのかもしれません。

(「kasetsu-net」)

 ギフテッドに対応しているか、どうか

ギフテッドというのは、天才という意味です日本の場合は、大半が埋もれてしまっています。何故なのか。これはモノの道理を考えれば分かります。多くの凡才に囲まれれば、孤独な天才は沈み込むしかないからです。

2つ目小僧が1つ目小僧の世界に行ったという話があります。示唆の多い話ですが、1つ目小僧に行った2つ目小僧は、自分が周りと違って異常だと思い込み、最後に2つ目小僧は片方の目を自分でつぶして1つ目小僧になったという話です。

何を例えているのか分かると思うのですが、2つ目小僧を応援したり、引き上げるシステムを作らなければ、2つ目小僧は1つ目小僧に合わせるようになるということです。つまり、折角良き才能を持って生れ出たのに、その才能を発揮することなく潰れていくということです。

ギフテッドを引き出すことをシステムとして作っている国は、アメリカとイスラエルです。実は日本には戦前、飛び級制度があり、そのシステムの中で孤独な英才は生き延びることができたのです。戦後に形式的平等の考え方が広まる中で制度も無くなり、ギフテッドが埋もれるようになったのです。

(「GSC創伸社」)

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