「前回、アイデンティティの話がありましたが、「FIRE」の話は結構ショックでした」
「「FIRE」というのは、一生安心して生活できる位の資産を形成したら、草々にリタイアして悠々自適で過ごすというものです」
「実は、若かりし頃はそれを夢見ていたこともあるのです」
「若い時はそういうことを考えても不思議ではないと思います。少しでも楽に人生を過ごしたいと思うからです」
「ところが、ある時から「楽」ではなく、自分のしてみたいというモードに切り替わったのです」
「何かきっかけになったことがあったのですか?」
「特にこれといったものは思い当たりません。ただ、今の仕事に何となくではなく、自分の中のもう一人の自分がここまで連れてきたような気がしているのです」
「人間というものは、必ずそういうふうに自分と対話しながら生きていく動物なんです。ところで、新しく始まったNHKの朝ドラ視てますか?」
「「虎に翼」でしょ。勤務があるのでビデオに録って視ています。それが何か関係あるのですか?」
「主人公の寅子は、母親が考える結婚から幸せの道に絶えず違和感を感じます。そして抵抗しますよね。まさにあれは、もう一人の自分の「叫び」なのです」
「アイデンティティが叫んでいるのですか?」
「そう解釈しても良いかもしれません」
「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「ネイティブキャンプ」提供です」
寅子と母親――アイデンティティをめぐる戦い
2人の会話にあったNHKの朝ドラですが、時代背景は1930年代の戦前の日本。主人公の寅子は日本で最初に弁護士になった女性ですが、彼女は戦前から戦後という女性に対する考え方が大きく転換した時代を生きた人です。
2/5(金)の放送では、彼女の生き方をめぐって母親と対立をします。母親は女性の幸せは良き伴侶との結婚生活にあると信じて疑いません。寅子は母親の勧める生き方が自分には合わないのではないかと思い続けます。そんな時に偶然出会った教授から、明律大学女子部への入学を勧められます。そして、母親に内緒で願書を出してしまいます。
そのことを母親知ることになります。母親は娘の考えるその先に幸せがあるとはどうしても思えません。親として最悪のことを考えます。「夢破れて親の世話になって、行き遅れて嫁のもらい手がなくなるかもしれない。あなたの行こうとする道は地獄だ」と言います。寅子は「やりたいこと、言いたいことも言えず、私はお母さんみたいな生き方は堪えられない。お母さんが言う道の方が地獄だ」と言います。
寅子は自分のアイデンティティは良妻賢母ではないと思っているのです。アイデンティティという認識はないと思いますが、このように人間というのはアイデンティティから逸れた生き方をしている、もしくは逸れようとする時に違和感を持つという不思議な生き物なのです。
(「NHK」)
「危機」の時に内側から叫ぶ声がアイデンティティ
アイデンティティは、青年期の時だけに関わる問題と思っている人がいるかもしれませんが、決してそうではありません。「ライフサイクルの全体を通して常に繰り返し問題となる中心的テーマ」(無藤清子「青年期とアイデンティティ」)なのです。アイデンティティというのは、遺伝子レベルに於ける、その人の設計図なので、設計図通りに生きたいと、もう一人の自分は常に思っています。もう一人の自分を深層心理と言っても構わないと思うのですが、人間は必ず内側に「人格」を抱えていることは確かなのです。
そして、不思議なことに、もう一人の自分は普段は隠れていて、危機を感じた時に出てくるという性質を持っています。岡本祐子氏が「中年期とアイデンティティ」の中で、その具体例を3例紹介しているのですが、そのうちの2例を要約して紹介します。
Aさんは某建設会社に就職して30歳で支店長となり、その後全国各社の支店長を歴任するというエリートサラリーマンでした。仕事にやりがいを感じ、意気揚々としてサラリーマン生活を謳歌していました。Aさんの転機は大病でした。41歳の時、長期入院をします。その時に自分を見つめ直します。
Aさんは将来の会社幹部を嘱望されていたのですが、退職をして自分の会社を立ち上げます。傍から見れば、何という無謀なことをと思うかもしれません。ただ、彼は勤めている会社がイヤになったから辞めたのではなく、そこには自分の求めていたものと違う人生があることを気付いただけなのです。大病というその人の「危機」を契機に、内側の「人格」が突然叫び出したということだと思います。
(「地理おた部~高校地理部お助け部~-ライブ…」)
アイデンティティを踏まえた、リカレント教育を
もう一つのB子さんの場合は、子育てが一段落した後に内側の「人格」が頭をもたげます。B子さんはもともとは看護婦志望だったのですが、就職をしないまま結婚をし、そのまま家庭に入ったのです。3人のお子さんに恵まれ、それなりに充実した家庭生活を送ることが出来ていました。
転機は一番下の子が親元を離れ下宿生活を始めた時でした。どうしてこれが「危機」なのかと思うかもしれません。「危機」というのは、あくまでも本人が感じるものなのです。彼女はふと「今まで子供のことで一生懸命だった。自分も何か生き甲斐を見つけないと、子供のお荷物になるのではないか」と思うのです。その後、自分の若かりし頃の夢が看護婦だったので、それを目指して42歳で就職をされたそうです。
近年はリカレント教育ということで、厚労省や文科省が力を入れていますが、あくまでも「学び直し」という捉え方です。要するに、転職するため、あるいはキャリアアップするための学び直しなのですが、本来ならばアイデンティティを踏まえる必要があるのです。そうでなければ、本人にとって真の「学び直し」にはならないからです。
(「SmartHR Mag.」)
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