
「FIREという言葉の意味、知っていますか?」

「最近は、やたらと略称が多くて少し閉口しています。それは何か、新しい言葉ですか?」

「ピンポン! FIREはfinancial independence,retire early の略称です」

「直訳すると、「資金的に独立しているため、早期の退職」となります」

「資産運用のお金で生活できるため、早期に会社を退職した人のことです」

「私なんかには、考えられないような生活ですが、自分の好きなことに時間が使えて良いですよね」

「ただ、中には喜び勇んで退職したものの、時間を持て余して、「卒FIRE」する人もいるということです」

「辞める前に何をしたいのかを決めてないからでしょ!」

「会社勤めが苦痛で、それから逃れることだけを考えて、お金が貯まったので辞表を出して目的達成したけれど、その後を考えていなかったということです」

「何となく間が抜けた話ですが、趣味に生きればと良いと思いますけど……。私の元上司は、テニスのベテラン大会に出続けています。日々、テニス漬けみたいです」

「趣味のスポーツに打ち込んで満足する人とそうでない人がいますからね」

「そうでしょうね。ここからが本論です ↓ 表紙は「note」からのものです」
資産形成の先にある空白――失われた「生きる軸」
資産運用をして億を超える資産を形成したので、それを使って、今度は本当に自分のやるべきことを実行に移す段階になって失速してしまう。気付かないうちに、資産形成自体が自分の人生の目標になっていたのです。ただ、これでは、FIREではなく、自分の火を消すために資産を殖やしたようなものです。
この背景には、日本の学校教育の問題があると思われます。学校では、アイデンティティについても、資産運用についても、教育課程上は教えないことになっています。形式的に知識だけを教えて、自分自身を見つめさせる実践が足りないと思われます。本来必要なのは、自分の特性・特徴を理解して、自分の生きる方向を決めることです。心理学ではこれを「アイデンティティの確立」と呼んでいます。「自分のことについて最も分かっていないのが自分」と気が付いたエリクソンが20世紀の初めに唱えた心理学の概念です。
「何のために生まれて、何のために生きるのか」。これはアンパンマンの主題歌の中の言葉です。漫画家・やなせたかし氏が、自分の進路に迷っている時、義父から何かあるたびに言われた言葉だそうです。答えがすぐには見つからないかもしれません。周りの友達の意見を聞いて、自分を見つめる中で個性・特性を発見する努力を繰り返し行う必要があります。

(shigaakihito.com)
現代は自分を見失いやすい時代
一昔前であれば、アイデンティティは日常生活の中で自然に確立していったと思われます。人は家族や地域社会の中で役割を与えられ、他者との関わりの中で、自分を客観的に把握していたのです。家族の中の役割、地域社会での立場、そして最終的にこの社会の中で自分が果たすべき役割――こうした積み重ねが、自分の生き方を形づくってきました。
ところが現代では、その作業が極めて難しくなっています。最大の要因は、地域が本来持っていた「共同体としの機能」が失われつつあるからです。地域の一員として生活しているという実感を持っている人は、もはや少数派でしょう。
そういう時代だからこそ、学校では勉強を教えることと並行して、健全な集団を作りながら、子どもたちのアイデンティティを確立するための実践を行う必要があります。例えば、「友達のいいところ探し」、「友達の特徴探し」、「自分の得意なこと」などをテーマにして、発表したり、メモをしたものを相手に渡したり、プレゼンテーションをしたりと様々な方法があると思います。こうした取り組みを繰り返す中で、アイデンティティは確立していくものです。この視点を欠いたまま、単に勉強さえ教えれば良いというのでは、子どもたちは行き詰った時に“道に迷う”ことになります。アイデンティティというのは、人生の指針となるものだからです。

(「あそびバンク」)
「チームとしての学校」と、学校のアイデンティティ
「チームとしての学校」――最近、文科省がよく使う言葉です。「校長のリーダーシップの下、カリキュラム、日々の教育活動、学校の資源が一体的にマネジメントされ、教職員や学校内の多様な人材が、それぞれの専門性を生かして能力を発揮し、子供たちに必要な資質・能力を確実に身に付けさせることができる学校」(文科省「『チームとしての学校』のあり方」)。美しい言葉を並べれば、現場がその通りに動くと思っているのかもしれませんが、校長がリーダーシップを発揮するためには、教育課程や教員の人事について権限を付与する必要があります。それがないと画餅になります。
チームという言葉を出す以上、チームカラーを容認するということです。学校という組織の力によって子供たちを教育するためには、学校もアイデンティティを確立して、どのようなチームカラーなのかを示す必要があります。その違いが学校の魅力になると思います。どういう特徴をもったチームなのか、目標は何か、大切にしていることは何かを、地域や子供たちの実情に合わせて策定する必要があります。
私立学校は、いずれも学校文化を持っていて、その特徴が生徒を惹きつけるのです。2026年度から私立高校の無償化が始まります。下手をすると公立高校はすべて定員割れという事態が起きかねません。「チームとしての学校」を高等学校レベルでどう実体化していくのか。文科省の指導力と覚悟が試されていると思います。

(「テレメール」)
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