
「大村大次郎という方が書いた『財務省の国家反逆罪』(かや書房、2026)を読みましたが、日本の財務省による日本支配が進んでいることが分かります」

「財務省ですか? 一つの省庁ですよね」

「大村氏はこう書いています。「国民のしらない間に、財務省の権力が異常に肥大化している。実質的には内閣総理大臣よりも、財務省最高幹部の方が大きな権力を握っている」と」

「俄かに信じがたい話ですが、なぜそういった重大なことについて、新聞やマスコミは報じないのですか」

「日本のマスコミは新聞社が牛耳っています。新聞社がテレビ局を保有しています。読売は日本テレビ系列、朝日はテレビ朝日系列、毎日はTBS系列、産経はフジテレビ系列、日経はテレビ東京系列です。そして、全国紙を展開している新聞社は財務省に頭が上がりません」

「そういう構造なのですね」

「国によっては新聞社がテレビ局を保有することを法で禁じているところもあるそうです」

「国民世論を勝手に作られてしまう危険性を考慮したのですね」

「大村氏に言わせれば「メディア企業グループが財務省とべったりなのだから、『権力への監視』などできるはずがない」と言っています」

「新聞には8%の軽減税率が適用されていますが、関係あるのでしょうか?」

「“あめ玉”をしゃぶらせてもらっているのだと思います」

「ここからが本論です ↓ 表紙写真は「オリコンニュース」の提供です」
日本は民主主義国家ではない
日本は民主主義国家であると、日本人の99%の人は信じていると思います。それは思い違いです。民主主義とは、国を“真に統治している者”を国民が選ぶことが出来ていなければなりません。単に、選挙が実施されていれば民主主義国になる訳ではありません。ところが、この国は実質的には600~700人の程度のキャリア官僚によって動かされています。大村氏は「日本の財務省は、世界でもあり得ないほどの巨大な国家権力を持っており、実質的に内閣や国会をも支配している存在」(『財務省の国家犯罪』)と指摘しています。
昨年の12月、高市総理と国民民主党・玉木代表との党首会談において「年収の壁・178万円」問題で合意が成立しました。その際、両者が口を揃えて「関所を乗り越える」と言っていました。言うまでもなく、この「関所」は財務省のことです。178万円というのは、課税最低ラインのことです。月額換算すると14.8万円です。月額15万円の方から税金を取る必要はないと思います。だから、これでも低いと思います。少なくとも200万に上げる必要があります。この程度のことでも、総理大臣と野党党首が合意しただけでは実現しないのです。日本の政治構造そのものに問題があるのです。
なぜ、財務省はそんなに巨大な権限を持つに至ったのでしょうか。その問いに答えるためには、歴史を遡る必要があります。実は、明治維新の時に真っ先につくったのが官僚制度だったのです。大蔵省(現財務省)、文部省、陸軍省、司法省などの省庁を最初に設立します。内閣はそれから10数年経つことの1885年になってようやくつくられ、その後、議会という順番です。三権のうち、議会が一番最後につくられたのです。この点が西欧とは“順番”が違います。例えば、イギリスでは王政がもともとあり、それに対抗するかたちで13世紀に身分制議会がつくられます。行政、司法はその後です。
日本は建前的・アリバイ的に議会制を導入しますが、真剣に民主主義を導入しようと考えた訳ではありません。憲法起草者の一人である金子堅太郎は「人民の干渉と世論の侵入とを防止するために、あらゆる予防手段」(傍点筆者/「帝国憲法制定の由来」)を講じたと言っています。これが議会に対する当時の為政者の感覚なのです。民意を汲み取るといった発想はまったくありません。だから実際に衆議院は戦前からありましたが、関係なく軍人官僚は戦争の道を突き進むことができたのです。つまり、日本は近代化の出発点で官僚独裁国家を選択したのです。その流れが、現在まで続いているのです。

(「www.amazon.co.jp」)
「民意」が統治に直結しない国――日本
敗戦となり、GHQによる日本占領が始まり、陸軍省、海軍省、内務省の解体が命じられます。アメリカは日本を実際に動かしていたのがどこなのか、正確に把握していたのです。判断が分かれたのが、大蔵省と文部省ですが、占領政策を円滑に進めるためには、解体できないとの結論に達します。その結果、内務省の持っていた地方財政に関する監督権限が大蔵省に移管され、その結果、国と地方の財政調整の役割を担うことになります。具体的には、地方交付税制度に関する事務と地方債の起債の許可と管理があります。こうして大蔵省は歳入権、徴税権、予算編成権、国債の発行事務など金融全般に関する権限と地方財政に関する監督権限まで、言ってみれば、国のカネの流れを一手に握る省庁として戦後再出発することになるのです。
こう書くと、どの国もそうなのでは、と思う人がいるかもしれません。欧米は、権力分立の観点から権限を分散しています。例えば、アメリカは歳入権と予算編成権を行政府の行政管理予算局(OMB)と、議会の議会予算局(CBO)が協同で権限を行使していますし、徴税権は内国歳入庁(IRS)が担当しています。そして、地方分権制度を導入していますので、各州の財政は基本的に各州で自立して行っています。これが“世界標準”なのです。本来、この辺りのことをマスコミや新聞は報道すべきですが、財務省の“睨み”を恐れて何も言えないのです。
大蔵省は金融に関する権限を新設の金融庁に移管して、2001年から財務省として出発しますが、殆ど看板のすげ替えで終わっています。むしろ、かつての大蔵省の時代より権限は肥大化しています。大村氏によると金融庁、国税庁、公正取引委員会のそれぞれのトップは財務省からの出向者によって占められ、組織的に完全に支配されていると言います。復興庁、子ども家庭庁、デジタル庁は幹部ポストに財務省からの出向者が就いており、ほぼ支配されている状況とのことです。とにかく予算編成権を握っているのが、何といっても強みです。各省庁が自分たちの概算要求を通すためには、財務省の同意が必要となります。自然と上下の関係にならざるを得ません。財務省を頂点としたキャリア官僚の主導による政治態勢が敷かれていくことになったのです。

(「HugKum」)
天皇が入った「国政意見交換会議」(仮称)の提唱
「国会は国権の最高機関」(第41条)とありますが、そのような規定を憲法に挿入した瞬間に、国会がそのような地位になるというのは“幻想”です。それまでの流れの中で、力関係は決するものだからです。ベネディクトは「…衆議院は、国民の意見を代表するものであって、政府の高官に質疑を行ったり、批判をしたりする点では、少なからぬ特権をもっていたが、任命や、決定や、予算に関する事柄などにおいては真の発言権をもたなかった」(傍点筆者/『菊と刀』)と書いています。
敗戦によって“仕切り直し”となったはずというのは完全な思い込みで、権力機関の力関係については敗戦をまたいで、そのまま継続されています。旧大蔵省の権限が、財務省に受け継がれ、その権限に対して国会は何も言えないという不文律は戦前から受け継がれていたのです。この状況を根本から変えるためには、天皇に“登壇”していただくしかないと思っています。日本は歴史的に、大きく制度を変える時は常に天皇の権威を借りてきた国だからです。具体的には、天皇を「シラス者」としての地位につけるための立法構想が必要です。天皇は現憲法下において首相の任命権者なので、任命権者を中心にした「国政意見交換会議」(仮称)を法定化します。
この会議の固定メンバーは天皇と総理大臣のみとし、その他のメンバーは総理大臣が国会議員の中から地位とか役職に関係なく任命します。召集権者は総理大臣です。官僚は入れません。定員は10名程度とします。天皇は総理大臣の任命権者です(第6条)。つまり、この条文は総理大臣をウシハク者と規定しています。本来、シラス者とウシハク者との会議を設定すべきなのに、その規定がないので、法によって定めるということです。会議は非公開ですが、決定事項については国会に報告義務を課し、必要に応じて立法提案権も付与します。この会議の歴史的意義は、日本の国体でもある「シラスーウシハク」体制の回復にあります。明治の藩閥政府は天皇の権威だけを利用して、国体を瓦解させました。その国体の復興を意味します。

(「日本経済新聞」)
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