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日本はなぜ変われないのか (その1) ―― 『菊と刀』が見抜いた統治構造と、令和日本の限界 / 動かない国家と、変化の条件

「昨日(1/12)が、拉致被害者の有本恵子さんの66歳の誕生日だったそうです」

女性

「北朝鮮に拉致されたことが分かっているのに、どうしていつまでも助け出せないのですか?」

「このブログで何回も言っているように、日本はヘッドレス国家だからです。一種の集団指導体制の国です。実際に国を動かしているキャリア官僚たちの同意が取れないということなんでしょうね」

女性

「なぜ、同意が取れないのですか?」

「彼らにとって解決をしなくても良い問題と考えているのでしょう。本来、国家は一人でも国民が他国に連れ去られた場合、軍事力を行使してでも取り戻すべきなのです。ハマスの越境攻撃でイスラエルは多くの人質を取られました。2023年10月のことです。その奪還のために武力を行使しました。やり方が正しいかは別にして、本来、国家はそうあるべきだと思っています」

女性

「そういうことが出来ない国なのですね」

「本来の国家の役割が果たせないのが、日本なんです。残念ながら」

女性

「そういった状況を高市総理は、きちんと認識していらっしゃるのでしょうか?」

「どうでしょうか、そこまでは分かりません。新聞報道によると衆議院選挙が近いとのことです。今の高支持率を利用して安定政権をつくりたいということだと思いますが、その後のシナリオを考えているかどうかです」

女性

「衆議院選挙で勝利して安定政権が誕生しただけではダメということですか?」

「そこで止まってしまったら、何も変わりません。「ヘッドレス国家」脱却のための方策を次から次へと打っていく必要があります」

女性

「ここからが本論です ↓ 表紙は「リトリーブ・サイコセラピー」の提供です」

 外部の視線が捉えた日本人像――『菊と刀』の射程

ルース・ベネィデクトというアメリカの文化人類学者が『菊と刀』(講談社学術文庫、2005)という著作を残しています本書の初出は1948年ですので、長い間読み継がれてきたことが分かります。この書は、アメリカの戦時情報局が日本と開戦をした後、日本人を客観的に把握するために、ベネィデクトに調査を命じたことを契機に書かれました。彼女は日本に来ることなく、日本の歴史、法制度、文化、日本人の特徴などを資料や日系のアメリカ人から話を聞くなどして客観的に把握しようと努めています。有り体(ありてい)に言えば、日米開戦中に出された「敵国研究」といった内容の書です。

彼女が指令を受けた時は、すでに日本との開戦の後です。しかし、その“報告書”のスタンスは“敵国”ではなく、あくまでも純粋に日本と日本人についての客観的把握に努めたいという彼女の気持ちが入っています。だからこそ、外部から見た日本の姿として、今なお日本国内で読まれ続けているのでしょう。

興味深い記述が多くありますが、本書の中でベネィデクトは日本人を次のように表現しています――「日本人は最高度に、喧嘩好きであるとともにおとなしく、軍国主義的であるとともに耽美的であり、不遜であるとともに礼儀正しく、頑固であるとともに順応性に富み、従順であるとともにうるさくこづき回されることを憤り、忠実であるとともに不忠実であり、勇敢であるとともに臆病であり、保守的であるとともに新しいものを喜んで迎え入れる」。簡単に言えば、極端から極端に走りやすい民族と言っているのです。つまり、状況を上手くつくることが大事だということです。

(「note」)

 明治維新と「ヘッドレス国家」の成立

極端から極端に走りやすいのは、日本の歴史を見れば分かります。ベネィデクトも明治維新に言及していますが、史実を正確に分析し切れてはいません。もっとも、当時彼女が参照した日本史研究自体の限界を考えれば、致し方ない面もあります。それはさておき、幕末の反幕府のスローガンは「尊王攘夷」でした。異国勢力を排して“純和風”の天皇中心国家を打ち立てるはずでしたが、まったく正反対になりました。西欧文明をほぼ無批判に移植し、天皇の権威だけを利用して、実務は周りの官僚が担うという官僚主導国家を造り上げます。

戊辰戦争が始まった当初は「神武創業」への回帰、「王政復古」が唱えられました。戦争の最中に「五箇条の御誓文」が出されますが、これは明治天皇が新政府の方針について京都御所の紫宸殿(ししんでん)にて居並ぶ諸侯の前で、天地の神々に誓うかたちで出されたものです。この“儀式”を境にして戦局が大きく変わり、その1か月後に江戸城無血開城が実現し、政権が幕府から朝廷に返還されています(大政奉還)。しかし、そこから薩長土肥の中で権力闘争があり、最終的に薩長の独裁政権が成立します。その政権は天皇を「権威の檻」に閉じ込め、軍人官僚・行政官僚が実際の政権を運営する態勢を築きます。いわば「ヘッドレス国家」の誕生です。

この構造は戦後も形を変えて存続しています。「鬼畜米英」と叫び、英語を「敵国語」として排斥していた国が、戦争が終わった瞬間に「ギブミー・チョコレート」になり、親米国家へと急速に転じました。今や日本は小学校3年生から英語を習っています。このように180度の転換があった局面では、必ず天皇が何らかのかたちで関与しています。それが日本という国家の大きな特徴なのです。

(「オークファン」)

 動かない国家と、変化の条件

中学2年生の少女が拉致をされ、還暦を過ぎた今でも帰国が実現していない。ソ連に不法占拠されている北方4島については、議論の俎上にすら載らなくなりました。皇室の安定的継承が言われながら、具体的な動きは殆どありません。これらは、別々の課題のように見えますが、実は“根本”は同じです。日本を真に統治している“集団”にとっては、優先順位が極めて低い課題だからです。だから、何も動かないのです。そんなことより、消費税を15%にしたいと強く思っているはずです。ここに、日本国家の意思決定の歪みが如実に表れています。

高市総理はおそらく次の総選挙、その先まで見据えているはずです。省庁改革に真正面から取り組んだ歴代総理は、橋本龍太郎と安倍晋三です。高市総理は安倍晋三の政治的系譜に連なる人物であり、日本の統治構造を理解している可能性は高いでしょう。

衆議院選挙が近いという噂が出始めています。選挙の結果に期待する人がいますが、日本の場合は、選挙を仮に100年繰り返したとしても本質は何も変わりません。そういう国ではないからです。ベネィデクトはそのことを見抜いていました――「普通選挙は、将来永遠に、日本を平和国家として再建するに当たって、さほど枢要な地位を占めないであろう。日本は、日本がはじめて選挙を試みた1890年代以来そう根本的な変化はしていない」。では、どうすれば良いのか。ラディカルな変化を求める時は、“天皇の配置”を変える。総理であれば、それが可能です。

「天皇の配置を変える」とは、どういうことか。一言で語り尽くせることではありません。これについては、次回で話題にしたいと思います。

(「日テレNEWS NNN-日本テレビ」)

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