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日本語文化を再確認し、「ザ・日本」を世界に向けて発信する努力を / AI時代だからこそ母国語教育に力点を

  • 2020年7月3日
  • 2020年7月3日
  • 教育論
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「ある外国の人が日本語を勉強しようと一念奮起して、ひらがなをすべて覚えた後、まだカタカナ、さらには無数の漢字があることを知って愕然となったという話があります」

女性

「英語は、アルファベット26文字しかありませんからね」

「その感覚で日本語を考えると、愕然となるでしょうね。日本には、表意文字と表音文字の両方ありますからね」

女性

「その2つを使っている国もしくは、民族はあるのですか?」

「世界の中で、日常的に表意文字と表音文字を使用しているのは日本だけですね」

女性

「ある意味すごいことですね」

「そうですね、何気に使っていますけどね」

女性

「ただ、私は漢字を覚えるのに少し苦労した覚えがあります」

「漢字も似たような形をした字が多くあるし、読みも音読み、訓読みがあり、さらに熟語があったりします……」

女性

「ああ、少し頭が痛くなってきました」

「漢字は覚えるのはそれなりに大変ですが、一度覚えてしまうと速読ができるようになります」

女性

「速読術というやつですね。習ったことがあるのですか?」

「私の場合は自己流です。自然に速くなっただけです。それでも、新書くらいであれば、半日もあれば読めます」

女性

「私はじっくり読む方なんです。味わって読むタイプなんです」

「文学作品は味わって良いと思います。それ以外は、メリハリをつけて読めば良いと思います。すべて味わっていたら、時間がいくらあっても足りません」

女性

「あと日本語は縦書きと横書きの両方ありますよね」

「横書きが入ってきたのは明治時代です。それまでは筆文化だったため、すべて縦書きです。西洋はすべて横書きです。両方使う国はないと思います」

女性

「新聞の紙面は、両方使っていますよね。外国の人があれを見て驚くみたいです」

「日本人は、そういうふうに何かを採り入れるのが上手いのです。新聞の紙面からも、民族の特徴、日本語の特徴が分かるということですね」

女性

「ここからが本論です ↓」




 英語教育ではなく、日本語教育を大切に

人間は母国語を使って思考します。バイリンガルと言っても、慣れ親しんだ母国語での思考回路を使います。思考だけでなく、微妙な感情の機微も言葉で表し、時には涙することもあります。日本人が虫の鳴き声を聞き分けて、時にはそこから生命をいとおしく思う繊細な心の動きをみせたり、季節の微妙な移り変わりを感じることができるのも豊富な日本語の語彙(ごい)があるからです。

いよいよ時代はAI時代に入っていきます。創造力や美的能力、自然に対する感情など、AIが苦手な分野で活躍できる人材を育成する必要があります。その点、日本語は語彙が豊富なため、勉強することによりイメージ力を養うことができます。「みる」だけでも「見る、視る、観る、診る、看る」と多くあります。季節を表す言葉もかなりの数にのぼります。擬音語も豊かです。英語では、犬は「パウワウ」、猫は「ミャウミャウ」と決まっていますが、日本語では「ニャー」「ニャーオ」「ニャア」など実に多彩です。

これは多分日本人が長い歴史の中で動物を含めて、多くの自然と対話をしてきたことと関係があると思います。そういった微妙な感情に伴う言葉の使い分け能力が、AI時代に役に立つと思っています。今、文科省は英語教育に重点を置こうとしていますが、逆です。こういった時代だからこそ、母国語教育に重点を置く必要があるのです

やがて、AI搭載の世界のあらゆる言語に対応する自動翻訳機が出回ることになりますその機械さえあれば、世界のすべての人と話すことができるようになるでしょう。それを見越して、カリキュラムを考える必要があります。少なくとも、日本中の子供たちに小学校のうちから英語を習わせる必要はないと思います。


 教員養成を根本的に考える時期

文字をどのように普及させ、それをどう活用するかは教育の問題ですが、戦後復興に直接役立たないと判断されたのか、戦後日本において教育(学)は低く位置付けられました。学部ではなく文学部教育学科というように、学科扱いとする大学もあり、教員免許もオープン制となり、どの学部に入学しても教職課程をとりさえすれば教員免許を取得できるようになりました。当然博士課程の設置は他学部と比べて遅れることになりました。ただ、これからは様々な教育営為の中で、次世代にどのような夢と希望と志を託せるのかを真剣に考える時が来たと思っています。

子供の声を騒音と感じている人が増えています。地域から子ども達の遊んでいる姿、そして声と笑顔が消えようとしています。子ども達の目線が冷たくなり、大人たちの表情も硬くなっています

吉田松陰は受け身の教育ではなく、自ら学び成長させ、その生命を国や社会のために燃やせと説きました

これからの教育のあり方と日本人の生き方を暗示しているかのようです。拝金主義と競争原理が根底に流れる個人主義、そこには幸せも世界からの尊崇の念も生まれません。教育の原点に戻ること、そのためにも、教員養成を根本的に変える時期に来ています




 日本文化と日本精神、世界に向けて発信を

今年は戦後75年。ところで、この戦後という名称をいつまで使うつもりなのでしょうか。このままだと戦後100年、150年と使われそうです。戦後と言っている限り、敗戦の呪縛がいつまでも日本を覆う気がします。「21世紀20年」でいかかでしょうか。何かいいネーミングを識者のどなたかにお願いしたいと強く思っています。

閑話休題。日本に関心をよせる人々が世界には多くいます。ただ、全体的にアピール不足ですヨーロッパやアメリカから見れば、アジアの国々は皆同じに見えるのです。コロナ禍で海外に滞在している日本人が現地の人からいやがらせをされたという話を耳にするようになりました。

日本は中国でもありませんし、韓国、北朝鮮でもありませんが、その違いを明確に意識している人が世界にどの位いるのでしょうか。観光立国と言うからには、日本そのものの発信努力を今まで以上に行う必要があると思います

かつて、「武士道は決して防腐剤を施されたミイラとしてでなく、生きた魂として存在したのである。それは現実に人類の活力たる精神であった」と励ましてくれた人がいます新渡戸稲造の『武士道の「緒言」を書いたウィリアム・エリオット・グリッフィスです。まさに今の状況を見越しての応援メッセージではないかと思います。「人類の活力たる精神」と言って紹介しています。自信を持って世界に発信しろと言っています。

新渡戸稲造は、戦争の道へ進もうとする日本に対して「非戦」の立場から「義と勇」を説きました。どんな状況に合っても正義を守ること、それが勇気であり、真の武士である、と言います。

正義の立場から相手の不当な圧力に屈しない、カネに懐柔されず言うべきは言う、今こそ思い起こすべき教えなのかもしれません。

読んで頂きありがとうございました。

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