「歴史をどう見るかということを考えてみたいと思います」
「すいません、送り火を焚かなければいけないので、難しい話は余りしないで下さい」
「何を言っているのか、よく分かりませんが、今日は明治維新を題材にしての話です」
「あら、激動期ですよね。明治維新のころは好きなところです」
「その頃に活躍した人で、覚えている人、いますか?」
「一杯いますよ、だって、大河ドラマで人気の時代設定じゃあないですか」
「『西郷(せご)どん』は2年前でしたかね」
「そうそう、大久保利通、坂本龍馬、勝海舟、岩倉具視が出ていましたよね」
「鶴瓶さんの岩倉具視、味のある演技でしたよね」
「岩倉具視というのは、お公家さんなんですね」
「四民平等の時代となり、それぞれの身分の人たちが、近代日本の躍進のために共に考え行動し始めます」
「私心を捨てて行動するところが魅力ですよね」
「司馬遼太郎は、それに惹きつけられていくつか小説を書いています」
「ここからが本論です ↓」
歴史をどう見るか――「2つの史観 」
歴史をどう見るかという問題があります。大きく分けて2つです。筋書きがあるドラマとして見るか、筋書きのないドラマとして見るかです。 筋書きとは、一体何か?と思われるかもしれませんが、キリスト教史観は、神による天地創造、その後人間がつくられ、最後の審判を経て、天国と地獄に行く者がそれぞれ決められるというシナリオがあります。マルクス史観も筋書きありとする立場です。封建時代→資本主義→社会主義→共産主義というルートを考えます。
わずか約30平方㎝の盤上で行う将棋でさえ筋書きのないドラマと言われているのに、世界の歴史が、何か定まった法則に基づいて収斂していくとは、とても考えられません。ただ、そういった法則を信じて、一生懸命に史実をそこに当てはめようと努力をしている人たちがいるのです。
見方、捉え方が一番分かれるものの一つとして明治維新があります。記述を紹介します。
「明治維新の革新性についてはさまざまな捉え方が可能だろう。戦前の日本資本主義論争における講座派対労農派のブルジョワ革命の性格づけをめぐる古典的な対立があるほか、植民地化の脅威をはねのけて国家としての独立を維持した独立革命ないし民族革命と見なす向きもあれば、廃藩置県や四民平等といった重大改革を成し遂げて統一的主権国家を樹立した国民革命と捉えることも可能である」(瀧井一博「立憲革命としての明治維新」『日本近現代史講義』中公新書.2019年.所収) ということで、明治維新は立憲革命であったと言います。
上の立場とは異なる見方を紹介します。
「明治維新は革命的であったが、西洋式の革命では決してなかった。もし西洋式の革命であるなら、市民が貴族を打倒するということ、日本史に即していえば、町人が武士を打倒するということがまず起こっていたはずである」「明治維新は、武士階級が自らの意志で自らの階級的特権を放棄した、世界に例のない、きわめて内発的で倫理的な体制変革であった……」 (西尾幹二『国民の歴史』産経新聞社.1999年) のです。
こちらは、変革はあったが革命ではないという捉え方です。
ただ、小、中、高どれも社会科の多くの歴史教科書は最初の考えに基づいて書かれています。
「ペリー来航以降、日本社会は大きく変化し始め、さらに江戸幕府をたおして成立した新政府も、欧米諸国をモデルにして、さまざまな改革を進めました」(東京書籍『新しい社会 歴史』)
これは、中学の歴史教科書ですが、「たおして」という表現で市民革命説をとっていることが分かります。
大政奉還がなされ、江戸城が無血開城されています。このことによって権力が朝廷に委譲されていますので、こういうのを「たおして」と表現するのは適切ではありません。そもそも、変革の主体は下級武士でしたが、彼らは権力を握るために立ち上がった訳ではありませんし、権力を握っていません。武士階級は権力を手放して朝廷に政権を返して「無職」となっています。こういうのを、革命とは言いません。そして、明治維新期の改革は、どこかの国をモデルにした訳ではありません。明治憲法も日本のそれまでの統治形態を生かして、条文化しています。ヨーロッパの国々に調査団を派遣しましたが、模倣はしていません。
侵略政策に結び付けるために市民革命説をとる
市民革命であってもなくても、どちらでも構わないのではと思うかもしれません。しかし、これがその後の歴史をどう見るかに繋がっていくのです。
特に、中国や韓国側からすると、明治維新が市民革命で、その結果日本に資本主義が成立したきっかけをつくったとした方が都合が良いのです。どういうことか。共産主義者のテーゼによれば、資本主義国は発達すれば、必然的に帝国主義的な侵略政策をとらざるを得なくなるというのがあるからです。
日本共産党は綱領や党内文書では「アメリカ帝国主義」と言っていますが、根底にはそのような史観があるのです。日本の行った植民地経営は侵略政策の一環であったと言いたい韓国にとってみれば、明治維新が市民革命という説が有難いのです。当然、教科書検定について干渉しようとするでしょう。
ただ、そうなってくると朝鮮半島の植民地経営について、すべて色眼鏡で見られることになります。例えば、学校を建てたという事実があったとしても、そこで何か洗脳教育をしようとしたのではないか、企業をつくって生産活動を開始したというのを聞いて、搾取されたのではないかと常にマイナスの目で見られることになります。
朝鮮半島と台湾の統治政策において、大きな違いはありませんでした。それにも関わらず、両者において真逆の反応が返ってきますが、それは学校教育の中で彼らの脳に刷り込まれたソフトが違うからに他なりません
一人ひとりが史観をもつ時代
明治維新を題材にして、2つの史観を紹介しました。学問的に言うならば、演繹法的史観と帰納法的史観ということだと思います。マルクス史観は典型的な演繹法的史観です。
帰納法的史観というのは、どのようなデータをどのくらい集めて、どういった角度から見るのかということで様々な意見が出てくると思います。科学というものは、そういうものです。同じものを見ても、見る角度が違えば、違ったものが見えてきます。
令和の時代に入ってきましたが、世界はしばらくは米中対立を基軸に動きそうです。日本としてどう行動すれば良いのか、また一人の人間としてどう生きれば良いのか。今後の情勢はめまぐるしく変わると思います。
航海で言えば「波高し」です。今までは穏やかな海の航海だったので、それこそ付和雷同的な生き方でも良かったと思います。しかしこれからは、一人ひとりが自分の史観をもって行動する時代ではないかと思います。その史観が人生の羅針盤になります。さび付かせないように、絶えず手入れをして下さい。手入れというのは、先入観という曇りガラスをはずして、自分なりに情報を得て、自分の頭で考え、行動をするということです。
厳しい時代です。お互いに頑張りましょう。
読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければ、「ブログ村」のクリックをお願い ↓