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日台共同制作ドラマ「路(ルウ)―台湾エクスプレス」の感想 / 独自の道を歩み始めた台湾よ、永遠なれ

「日本、台湾共同制作ドラマ「路(ルウ)―台湾エクスプレス」。見ましたか?」

女性

「見なきゃあダメだよと言われていたので、頑張って見ました。良かったですよ。感動しました」

「何が一番良かったですか?」

女性

「一番と言われると困ってしまいますが、要するに2つの話が入っていましたよね」

「台湾に新幹線を走らせる話に、4組の男女の恋愛話が複雑に絡み合っていました」

女性

「えっ、4組ですか? 3組だと思います」

「まあ、いいや。それをここで言い始めると、ネタバレになってしまうので止めましょう」

女性

「そうですね。受け取め方ですものね」

「あと、第2話まで見た時点で、これは最後、春香とエリックの恋愛話で締めくくるしかない話なのに、どうやって盛り上げるのかなと思ったのです」

女性

「台湾新幹線の開業が1年遅れましたよね。そこのエピソードを主軸にするのかなと思ったのです」

「そうではなかったですね」

女性

「2話まで見た時に、どうしてこんなに男女の恋愛話を入れる必要があるのかなと、実は思っていたのです」

「最終回で、すべて氷解したということですね」

女性

「なるほどな、と思いました」

「私の解釈の仕方は、日本と台湾の永遠の友好という願いを込めてのカップリングの演出だったと思っています」

女性

「そう言われれば、全部、日本と台湾の男女の恋物語が絡んでいますよね。あれ、だけど、最後新幹線の中でプロポーズしたシーンがあったけれど、あれは両方とも台湾の人でしょ」

「ほら、子供が日本人との間に出来た子でしょ」

女性

「あっ、そうか。なるほど。そこはあまりよく聞いていなかったから」

「主題歌が「つながる心」でしょ。何となく物悲しい調べにのって、走っている新幹線の運転席から見えるレールの映像が映し出されます。走れども走れども駅には着かず、まさに今の日本と台湾の政治的状況を言っているかのようでした」

女性

「その新幹線の中、春香がエリックの手に自分の手を重ねます。これは、日本から台湾に手を差し伸べろというメッセージが込められているのでしょうか?」

「いろいろな含みを持たせていると思います。余韻が残る、良い場面だと思います」

女性

「ここからが本論です ↓」




 日本、台湾共同制作ドラマ「路(ルウ)―台湾エクスプレス」

5月16日から30日まで毎週土曜日、3回に亘って放送されました。内容は、台湾の台北から高雄まで新幹線(約1.5時間)を走らせるために日本と台湾がそれぞれ協力をしてプロジェクトを実現させたという実話をベースにして、そこに多田春香という現地の日本法人に派遣されたOLと台湾の「エリック」との恋愛話を中軸にしながら、さらに様々な日台の男女の恋愛を絡めた物語となっています。原作は吉田修一の『路(ルウ)』です。


ドラマは1999年東京から始まります。社員一同電話の前で固唾(かたず)を飲んで、台湾高速鉄道の受注の決定の報告を待っています。日本連合に優先交渉権を与えるという通知が来てプロジェクトが動き始めますが、早速システムを巡って「台湾高鉄」と「日本連合」が対立をします。

「台湾高鉄」は日本から車両、レールはヨーロッパと、それぞれ優れた技術を融合して台湾オリジナルのエクスプレスを走らせようと考えていたのです。それに対して、新幹線というのは駅、トンネル、レール、信号、車両から保守点検まで全てが有機的に組み合わさったトータルシステムなので、部分的に採り入れれば安全性と信頼性の検証をする必要が出てくると言って対立をします。

それと並行的に春香(はるか)の恋愛話が挿入されます。春香には2年間付き合った繁之という男性がいて、彼からプロポーズをされます。心に引っ掛かるものがありつつも、彼の一途に思う気持ちに押されて何となく承諾をします。彼女の心に引っ掛かっている出来事は、春香が大学2年生の時に一人で台湾に行った時に出会った「エリック」のことです。親切に観光案内をしてくれたことで、2人の気持ちが高まっていきます。別れ際にエリックから電話番号のメモ書きをもらいますが、彼女はそれを失くしてしまいます。

その後エリックを探しに、台湾に4回来ますが見つかりません。ふとしたことで友人がエリックの連絡先を見つけ出し、春香に渡します。その時に、エリックが彼女から連絡がないのは神戸大震災に巻き込まれたからかもしれないと思い、神戸まで春香を探しに行ったことを聞かされます。

帰宅すると繁之からのプロポーズ快諾のお礼のメール。そしてもう一通、エリックからの「会いたい」というメール。「私も会いたいです」とつい返事をする春香。8年ぶりの再会となります。その後も逢瀬を続ける2人。春香は婚約者がいることを告げます。「好きな人と友達でいつづけることはできない」と、エリック。そして、エリックとの別れ。

 台湾新幹線の実現の根底には、戦前の日本人の努力あり


台湾新幹線のプロジェクトもさることながら、今回の共同制作ドラマが実現した根底には、戦前に多くの日本人が台湾を母国のように思い慈しみ、その発展を願っての行動があったからだと思います

多分、今の日本と台湾の関係は、ベストに近い状態だと思っています。ただ、中国との関係があるので、正式に国交が結べないということはありつつも、民間交流が行われ、旅行も出来ますし、多くの企業が台湾に事業所をもっています

高校の授業では、少し不謹慎な例えかもしれないけれど、と断った上で、日本からすると中国は恐い本妻、台湾は可愛い愛人。気持ちは愛人にあって一緒になりたいし、相手もそう思っている、ところがそれを本妻に言うと大変なことになるだろう、そういう状況だと言うと、変に納得してくれます。中には、大きく頷く生徒もいるので、こういう大人の世界のことが理解できる生徒は社会勉強をよくしている生徒だと持ち上げます。

「正式な籍」は入ってはいませんが、隣国と考えると、歴史的にもこれだけ仲の良い隣国関係というのはなかったのではないかと思います。世界の歴史のどこを見ても、隣国同士というのは、領土や宗教、様々な利害関係が絡むので大体仲が悪いものです。仮に良くなったとしても、何か魂胆があるのではないかというように、常に猜疑心の目で見られるので、真の友好関係を築きにくかったのだと思います。

海を隔てているということはありつつも、「隣国」として交流を深めることができればと思っています。よく、民間交流と政府関係は別と言う人がいますが、やはりトップ同士が仲が悪いと上手くいかないのではないかと思っています。時には懐柔されてスパイ活動のようなことをしたり、相手のイデオロギーをまき散らして結果的には反日活動をしていたりということで、歪んでしまうことが多いと思います。

実は、台湾新幹線のプロジェクトが立ち上がったのは、1999年ですが、その年の5月に台湾の台南市で「後藤新平と新渡戸稲造の業績を称える国際シンポジウム」が開かれています。この時、李登輝総統(当時)の国策顧問を務めた許文龍氏は、会場の人たちに、日本人の功績によって現在の台湾があることを忘れてはならないと言ったのです(井上和彦「台湾のコロナ対策と後藤の遺訓」『産経』2020.4.6日付)。

その地域のために尽くした日本人がいるそして、それを評価してくれる台湾の人達がいる。2つが揃うことによって始めて日の目を見ることができます。日本は同じようなことを朝鮮半島で行っているのですが、彼らはそれを全く評価しようとしません。



 2つの国を結びつける鍵を握るのは、スピリット

日本連合から高速鉄道に車両などが引き渡され、本線上の訓練が本格的に始まりますが運転手とスタッフが多国籍状態で、言葉の壁によるコミュニケーションの弊害が発覚します。そういった安全上の問題が露呈して開業が遅れ、国民の間に不安感が広がるという事態が起こります。

そういう中で提起されたのが、1か月の無事故試運転です。営業開始後と同じダイヤで台湾新幹線を走らせるという提案です。大事なのは「鉄道マンとしてのスピリット」だと王(ワン)氏は言います。短いようで長い1か月が始まります。途中小さなアクシデントはありつつも、最終日の最終電車が多くの人の思いを乗せて走り始めます

最終電車に「台湾高鉄」副社長のバルト氏、王氏、「日本連合」の安西氏がそれぞれの思いを胸に抱いて乗り込みます。彼ら3人は、新幹線の採用から運行を巡って意見を激しく対立させてきた人たちです終点の左営駅に無事についた瞬間、管制室は大きな歓声と拍手に包まれます。プラットフォームで握手をするバルト氏と安西氏。今後の日本と台湾を象徴するような、力のこもった握手です。

原作の題名は『路(ルウ)』という示唆に富んだ題名となっています。作者はこの一つの路(みち)を真っすぐ進むことは、簡単なようで実は難しい、だけど進んで欲しいというメッセージを込めているのではないかと思います

ただ、それを難しくしている原因の大半は、今や日本にあります。台湾は中国依存をやめる方向に敢然と舵を切りました。片や日本は、中国に対してへびに睨まれたカエル状態という感じです。一体、どうしたのですか、と多くの国民は思っています。

スピリットが入った新たな保守政党を立ち上げる時期かもしれません

読んで頂きありがとうございました。

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