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「土下座像」は戦後のモノ言わぬ外交が生んだ副産物 / 副島種臣の「あっぱれ外交」を見習い、言うべきことは言うべし

女性

「ついに土下座像なるものが登場してしまいましたね」

「戦後の日本外交の結果ですね。慰安婦像は建てられるわ、土下座像も出てくるわで、政治家は何をやっているのかと思いますけどね。李登輝氏に言わせると、戦後日本は2世議員が多く、何のために国会議員になったのか、志がないまま議員になるから、いろいろ問題が起きると言っています」

女性

「安倍首相も2世議員ですし、河野談話の河野洋平氏も2世議員ですね。それはともかくとして、どうすれば良いのですか?」

「今回の土下座像は民間の植物園の中に設置されたものでしょ」

女性

「公道の慰安婦像さえ撤去できないお国なので、かなり無理っぽいですよね」

「法的にはどうにもなりませんので、自主撤去を求めるしかないと思います」

女性

「ただ、これを逆利用したら、どうですか?」

「逆利用?」

女性

「韓国はこんなにひどいことをしていると騒ぎ立てるのです」

「余り生産的な提案ではないですね。心配なのは、日本の国民、特に子供たちが日本は朝鮮半島でそんなにひどいことをしてきたのかと思ってしまうことです。それを防がないと、それこそ根も葉もないことで永遠に謝罪をすることになります」

女性

「日本の教科書は、韓国側に立って書かれてしまっています」

「足許から直していかないとダメだと思います。文科省任せ、文部大臣任せ、ではダメでしようね」

女性

「外務省チャイナスクールの問題もあります」

「当然、中国や韓国の工作が入っていることは考えられます」

女性

「ここからが本論です ↓」

 「土下座外交」の淵源は、中国にあり

慰安婦の前に、土下座像を置くという発想は多分韓国の人だからできる発想だと思います。日本人には、あのような発想はないでしょう。驚きと同時に、妙に感心しています。

どうして、あのような発想ができたのかということですが、朝鮮は中国に対して古の時代より土下座外交を繰り返してきたため、彼らのDNAの中に刷り込まれてしまっているのでしょう。

中国は漢代より冊封体制をとって周辺諸国を配下として扱ってきました。冊封体制というのは、「中国の皇帝が周辺諸国の首長を冊封して、これに王・侯の爵位を授け、その国を外藩国として従属させる体制」(西嶋定生『秦漢帝国』講談社学術文庫.1997年)のことです。冊というのは書状、つまり任命書のことです。そこに爵位が書かれているのです。それを渡すことによって君臣関係が結ばれるのですが、それは同時に支配されているという意味になります。朝鮮は清の時代までその関係が継続しますが、日本は聖徳太子の時にその体制から抜ける意志を示しています。


中国は中華思想の考えのもと、朝鮮の民族を夷狄(いてき/異民族)として扱ってきました。そのため、朝鮮国王は中国の皇帝や正使に対して、土下座を強要させられていたのです。正確に言うと、「三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼」です。

跪というのは「ひざまずく」の意味です。インターネットで動画付きで見ることができますが、土下座以上に屈辱的な作法です。とにかく、相手の足許にひざまづいて、三回自分の頭(額)を床に叩きつけます。それが終わった後は立ち上がるのですが、それで1セット、それを3回続けます。

1636年に清が李氏朝鮮に対して、朝貢と明への出兵を求めたことがあります。時の朝鮮王の仁祖が拒絶したため、清は直ちに兵をあげたので朝鮮軍は45日で降伏してしまいます。 その際の和議の条件の1つに、「大清皇帝功徳碑」を建立させるというのがありました。朝鮮王はその碑を建て、清のハーン・ホンタイジに対して三跪九叩頭の礼を行い、許しを乞うたのです。

実は、その「大清皇帝功徳碑」井沢元彦氏によると1990年代ぐらいまでは現場近くの公園に説明版とともに保存されていたそうです。「ところが去年2019年8月にソウルに取材に行ったら石碑は何の関係もない目立たない場所に移され、しかも説明板は撤去されていた。それどころか肝心の碑文が全文漆喰のようなもので塗りつぶされていた」(井沢元彦「お金の日本史」『夕刊フジ』2020.1.18日付)とのことです。常に、「歴史を直視せよ」と言っている国ですが、言っていることとやっていることが違うようです。

 

 「土下座外交」が19世紀まで続く

狭い「世界」に住んでいて、そこで永年過ごしていると自分たちの常識と世間の常識がズレてしまうことがあります。この「土下座外交」というのも、そのうちの一つです。そもそも外交というのは、基本的には対等関係から始まるべきことです。人間関係と同じです。最初から、上と下を決めてしまったならば、2人の関係は上手くいかないし、発展もないでしょう。

この前近代的な「土下座外交」が19世紀においても続けられます。記録が残っています。

 1883年、当時の李氏朝鮮王がアメリカに朝鮮全権大使一行を派遣します。アーサー大統領の滞在していたフィフス・アベニュー・ホテルに公式訪問の際、朝鮮の全権大使は三跪九叩頭の礼を行っています。ニューヨークで発刊されていた週刊誌「ニュースペーパー」(1883年9月29日付)に、その諷刺画が掲載されていますが、大統領は何が起きたのかと思ったことでしょう。

彼ら一行はその後部屋に入ったのですが、大統領一行は軽く会釈してそれに応えたということです

今度は、中国は清の話です。清は乾隆帝の決定により、海外貿易を広州1港に限定するという制限貿易を行っていました。1793年と1813年に貿易改善交渉のために訪問したイギリスの外交官に対して、時の皇帝は三跪九叩頭の礼を要求しますが、彼らはこれを拒否します。そのため、貿易交渉は拒絶され帰国することになります。

実は、日本も三跪九叩頭の礼を要求されたことがあるのです

1873(明治6)年、台湾出兵の処理や日清修好条規の批准書交換などのために清国に赴いた特命全権大使の副島種臣(そえじまたねおみ/1828~1905)は、清の同治帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されます。副島はそのことの非礼と、大使・公使・代理公使の順位をまったく考慮しない席次のあり方を批判します。清側には、着任順で席次を決めるという国際儀礼無視の慣行が続いていたのです。そのため、副島は大使の立場にもかかわらず、先着の外国公使の下に席を置かれたのです。

特に、冊封関係を意味する跪拝の礼をとらせることがいかに国際間の礼儀に反するかを古典(五倫)を引用しながら、鋭くその不当性について指摘したのです談判は1カ月余に及びましたが、副島は一歩も引くことはありませんでした。ついに、謁見を拒否して帰国する決意まで示します

これには清国側が慌てたそうです。結局、清側が折れ、「謁見の事はすべて日本大使意見の如くすべし」との返答が来ました。しかも謁見はまず大使である副島が立礼で行い、次いでロシア、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスという順序で行われることになりました。

米国公使ローはフィッシュ国務長官宛ての報告書に事の顛末(てんまつ)を記し、副島の一歩も引かない気概を絶賛してやまなかったそうです

この話には後日談があります。副島がいよいよ帰国に向けて出航する時です。清国側は150本もの錦の旗を立て、21発の祝砲で見送ったといいます。敬意の表れです。ライバルながら天晴(あっぱ)れと評価したのです。言うべきことは言う、言わなければ逆に蔑まれ、馬鹿にされるということです

ただ、言い返すためには、それなりの知識と教養が必要です副島種臣は、佐賀の出身です。父は佐賀藩弘道館の教授をし、幼き頃より国学、漢学の薫陶を受けていたと言われています。語学力はいりません。通訳がいますから。問題なのは中身です。戦後の「腰抜け外交」には、それがなかったということだと思います。戦後の日教組教育にも問題があったのかもしれません。

 精神的「土下座外交」が今でも続いている

現在は形の上では対等外交ですが、中国と韓国の頭の中は、「土下座外交」をイメージして他国との外交を行っています。

だから、中国に対して批判的なメッセージを送ると、過激な言葉が返ってきます。報道官の態度も尊大です。何故なのか。要するに、根底には、今や大国になった中国に多くの国が跪(ひざまず)くべきなのに、何を文句をいっているのかという意識が彼らの中にあるからです

また、韓国にも、そういった意識が少なからずあると思います日本に対して、「上か下か」、それで両国関係を判断しているのです。韓国より上の時は、何も言えない、だけど日本は今や見下す相手。だから何でもいえるはず。そんな感覚だと思います。ただ、そういう意識がある間は、国同士の真の友好は無理だと思っています

我々の「モノサシ」とは違う「モノサシ」で物事を判断している国があること、それらの国に対しては、それなりの対処法があることを知る必要があります。相手が直球ピッチャーなのか、変化球ピッチャーなのかをまず見極めることが大事です。隙があればデッドボールを狙ってくるピッチャーがいるかもしれません。

ただ、大事なことは、どんなピッチャーに対しても向かっていく気持ちが大事です。へっぴり腰では打てません。国際政治の舞台では、相手もそれなりのボールを投げてくるからです。全部見送っていると、馬鹿にされます。球種を見極めて打つべきボールを打って欲しいと思います。

(参考)  「日本人として知っておくべき日本の歴史」 https://hinode.8718.jp/janitor_01.html

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