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憲法学会の偏向が教科書の偏向を呼んでいる / 反日的な立憲主義の淵源を探る

「教科書検定の問題で、衆議院議員の義家弘介氏、麗澤大学特任教授の高橋史郎氏、憲政史家の倉山満氏のお三方の意見が「産経」(5.5日付)に載っていました。今日はその記事を中心にお互い意見交換しましょうか」

女性

「まず、義家氏は、検定がダブルスタンダード(2重基準)になっていることを問題にしておられました」

「要するに、同じ記述なのにA社には×とし、B社は〇にしてしまうということですね。何となく評論家的な発言になっていますね。衆議院議員として今後どのように対処していくおつもりなのか、その辺りを語って欲しかったですね。」

女性

「高橋史郎氏が指摘していますが、自由社は反論書を多数提出したがすべてはねつけられた、対話的ではない、と言っておられます。やはり、昨日の先生の話にあったように、井上毅の件が決定的だったのでしょうか」

「憲法学会が今、熱を込めて言っているのが立憲主義です。この論理が足元から崩壊する可能性があります。まずいと思ったのではないでしょうか」

女性

「ただ、学会というのは、いろいろな価値観や考え方をお互い持ちより論議するためにあるのではないでしょうか」

「全くその通りだと思いますが、何故か憲法学会は師弟関係で繋がり、変に忖度するようなところがあります。そして、共産主義の影響をうけて、価値観が硬直化しています。」

女性

「学会に入っていないのに、何故そういうことが言えるのですか?」

「公民関係の教科書を見れば分かります。それから基本書や憲法学者が書いている本や文章を読めば分かります。要するに、上流で何を流しているかは、下流に流れてくるものを分析すれば全て分かるということです。」

女性

「倉山満氏は学会の偏向こそ問題なので、そこが変わらない限り教科書は偏向し続けると言っていますね」

「彼が言う学会は歴史学会と憲法学会ですが、私もそう思います。このシステムが続く限り偏向教育は拡大再生産されると思います。反日勢力がニヤニヤしながら見ていると思います。あと、どうするかは政治の問題です」

女性

「安倍政権で慰安婦の記述が復活したと大騒ぎしていますが、安倍さんはさほど教育問題には関心を示していなかったですよね」

「彼は、経済と観光、そして外交ですよね。教育そのものには関心が低いと思います。将来の日本の姿に大きく影響を与えると思いますが、そこまで気がまわっていない感じがします」

女性
「その間隙を突かれたということですか」



 日本は憲法史の上で先駆的な国

 日本の憲法学会は、憲法史において日本は遅れた国と完全に思い込んでいるようです。それは、「独立・ブルジョア革命を起点としており、資本主義の発展とともに、憲法も進んでいる」(長谷川正安『世界の憲法を見る』大月書店.1975年/19ページ)と考えるからです。

すでに長谷川氏は故人ですが、憲法学会は先輩後輩の繋がりが深く、忖度が強く働いていますので、この見解は現在においても主流だと思います。

 その基準により「イギリス・アメリカ・フランスは先進国、ベルギー、イタリー、ドイツは中進国、日本・ロシアなどは後進国」(長谷川 前掲書)になると言っていますが、そもそも憲法(権利宣言文書)を早く制定したことが意味があるとは思いませんし、ましてや市民革命があったかどうかも関係ないと思います。経済発展でもあるまいし、「先進」、「中進」、「後進」というランク付けもよく分かりません。経済の場合は、工業生産を上げれば後進国が先進国になりますが、これだと日本は永久に後進国のままとなります。それも何か変だと思います。

それはそれとして、純粋に憲法がいち早くという基準であれば、十七条憲法があります。これを憲法と認めれば、「先進国」になる訳です。本来、学問の世界は理屈の世界ですので、日本の憲法学会は、日本の歴史の中で生み出された十七条憲法が世界で最も先駆的な憲法であることを論理的に構築することが求められているのではないでしょうかところが、日本の憲法学者が率先してそれを否定します。変な「西洋崇拝思想」に侵されているのではないかと思ってしまいます。

 十七条憲法は憲法ではないという珍論

 渋谷秀樹氏は「内容として、一般の人々の権利や自由の保障とか、権力の行使を抑制するための権力分立という発想はまったくありません。したがって、聖徳太子の十七条憲法は、現在一般的に使われている憲法と同じもの、つまり立憲主義的憲法、真の意味での憲法であると言うことはできないのです」(『憲法への招待』岩波新書.2014年)と言われますが、「権利や自由」、「権力分立」、「立憲主義」というのは、18世紀以降に西欧で確立した概念です。十七条憲法が制定されたのは、7世紀なので時代的に無理な注文です。

 社会科学を科学としたいならば、帰納法的に探究するのが基本、ところが演繹法的に思考しています。勝手な「公式」にあてはめて判断してしまっています。

国家の3要素があります。領土、人民、統治権です。欽定憲法、民定憲法という言葉があるので、定める主体は構わないと思います。当時、統治権者であった摂政の聖徳太子が人民に対して定めたものなので、立派な憲法だと思います。その時は、「真の意味での憲法」でなくても、「真の意味での憲法」の萌芽を含んだ憲法と言っても良いのではないでしょうか。

そして、憲法については宮沢俊義氏(1923-1976)が定義をしています。「憲法は、すなわち、あるいはひろく国家の基礎法を意味し、あるいは狭く多かれ少なかれ自由主義に立脚する基礎法を意味する前の場合を固有の意味の憲法といい、後の場合を立憲的意味の憲法という。たとえば、日本の憲法という場合、その『憲法』が固有の意味の憲法を意味するならば、それは、日本国家の成立とともに成立し、今日に至ったというべきである……」(『憲法』有斐閣.1986年/13ページ)。宮沢氏の定義をあてはめれば、十七条憲法は日本の憲法ということが言えると思います。

そもそも、有史以来絶えず国境をめぐる紛争や戦争があった西欧が生み出した基準である立憲主義を、普遍的原理であるかのように考えて、日本に適用しようとしてはいけないと思います。

ましてや、日本は家族主義的国家観に基づいて、長い歴史をかけて「くにづくり」をしてきた国です生活の土台となった地理的な環境が違い、歴史、伝統、文化も違います何も考えずに西洋の背広だと言うだけで有難がり、それを日本人に着せようとするようなものです。先人はそういうことを「猿真似」と言って、極度に嫌いました。猿は人間ではありません。真似、つまりそのまま移入することは猿、つまり知恵のない人間がすることただと考えていたのです。日本人は、オリジナリティを大切にした民族なのです。

 立憲主義の淵源

 日本国憲法の中に、立憲主義という言葉は見当たりません。立憲という言葉すらもありません根拠条文としてあげているのは第10章の98条と99条です。地方自治が第8章、第11章は補則です。憲法というのは、重要な順番に並べますので、地方自治より後に置いた条文を根拠に概念を勝手に作って、それを最重要原理であるかのように言っていますが、大いに問題があると思っています。

 98条は憲法の最高法規性を規定し、これに反する法律や条約は認めないという意味であり、99条は単純に憲法尊重擁護義務を定めたものです。いわゆる最後の「念押し条文」です。これを根拠にして、特別な意味を持たせようとすることは許されないと思います。

ところが、すり替えのロジックを使って、あたかも重要な原理であるかのようにしています。それを紹介します――「日本国憲法の基本原理として、第1に、国民主権主義、第2に、恒久平和主義、第3に、基本的人権尊重主義をあげるのが一般的である。また、その他にも基本原理として、立憲主義、権力分立原理、法の支配などがあげられることもある。ここではこれらの諸原理の相互関係とその内容を、それぞれ、立憲主義、国民主権、平和主義の3つの原理として再整理して、論じることにする」(渋谷秀樹『憲法』有斐閣.2007年/39ページ)

何のことはない、特に大きな理由もなく立憲主義を一番先頭にしています

「美濃部達吉・佐々木惣一の『立憲主義憲法学』とよばれる流れがあった」(長谷川正安編『憲法学説史』三省堂.1978年/9ページ)のですが、美濃部達吉は天皇機関説で有名な方です。天皇機関説というのは、ドイツの国家法人説の考えを日本に当てはめようとしたものです。根底には、日本の統治システムに対する無理解と日本の歴史や古典に対する無知があると思われますが、この学説を受け継いだのが宮沢俊義氏、清宮四郎氏ですそしてこの流れが憲法学会の本流となります。そういう中で、日本の憲法の基本書は、源流がすべて西洋の市民革命になってしまいました。立憲主義という概念が中学や高校の教科書にも載るようになり、政党名にも使う人たちが現れたのです

ただ、立憲主義の権力監視の考え方は、日本の家族主義的な国家観とは相入れない考え方です。戦前の軍国主義の一時代を別にして、日本には権力者と手を携えて歩んできた長い歴史があるからです。現実に立憲主義の考えに基づいて政党活動をしている政党がありますが、共産党と一緒になって妨害活動をしているように見えます。そのため、支持率は下がる一方です。考え方が日本の社会に合っていない、多くの日本人が違和感を覚えるからです。

読んで頂きありがとうございました



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