
「国際通貨基金(IMF)が最新推計を発表しましたが、それによると日本のGDP(国内総生産)が2027年にインドと英国に抜かれて世界6位になる見通しとのことです」

「あらあら、インドは人口が多いので何となく分かるのですが、イギリスにも抜かれてしまうのですね」

「ドイツやイギリスは日本より人口は少ないですからね。そこに次々と抜かれています」

「なぜ抜かれてしまうのですか?」

「野球チームに例えると、それなりに良い選手は揃っているのですが、チームとしての戦略と試合運び、さらには選手育成に難ありという感じですね」

「試合運びというのは、具体的に何ですか?」

「これは経済政策ですね。思い込みが強すぎて、柔軟な思考によって点を取ろうとしていません。昔のセオリーにこだわっています」

「野球の常識も変わるように、経済の常識も変わるということですか?」

「そうですね。だからノーベル経済学賞という部門があると思っています」

「具体的に、どのような常識を変えなければいけないと思っていますか?」

「国債ですね。単純に「借金」と捉えてしまっています。これを上手く使って経済発展する時代です。ここからが本論です ↓ 表紙は「名古屋銀行」提供です」
国債を「借金」ではなく「未来への投資」として考える
企業の中には、業務や業態を拡大するために、積極的に融資を受ける場合があります。融資を受ければ、利払いが発生しますが、それ以上に収益を上げれば良い訳です。例えば、借り入れた資金を事業に投じることによって、年10%の投資収益率が期待できる企業があるとします。その企業が1,000億円を年3%の金利で借り入れた場合、投資から得られる年間収益は100億円、支払利息は30億円です。単純化すれば、その差額の70億円が残ります。借入額が1兆円であれば、同じ収益率が維持されるという前提で、差額は700億円になります。ただし、この計算は税金、投資に伴う追加費用、元本返済などを考慮しない概算です。要するに、融資額が大きければ大きい程、業務を拡大できますし、収益額も上がる計算となります。世界のトップ企業が銀行借入れや社債発行などを通じて、積極的に外部資金を調達しているのは、そのためです。
実際に、テック企業(テクノロジー企業)の間では、AI投資をまかなうための大規模な起債が相次いでいます。米メタは2025年10月に300億ドル、同年11月に米アマゾン・ドット・コムが150億ドル調達していますし、米オラクルは2026年2月に社債で250億ドルを調達しています。そしてその頃に、グーグルの親会社のアルファベットは、10億ポンド(2,150億円)を100年債で調達しました。100年債の発行体としては政府機関が一般的なので、企業が発行するのは珍しいということで当時、話題になりましたが、アルファベットはいろんな国から資金調達をしています。
アルファベットはAI投資を急速に増やしている企業としても知られています。2026年には設備額を前年比でおよそ2倍となる1750億ドル~1850億ドルに増やす計画です。AIの開発や運用に使うデータセンター向け半導体の確保に巨額の資金を投じようとしているのです。なぜ、そんなに融資額を膨らませるのか。それは収益を上げて市場のシェアを獲得するためです。もちろん、企業と国家の投資は同じではありません。企業は利益の獲得を目的としますが、国家は国民生活の向上や経済基盤の整備を目的とします。しかし、現在の支出が将来の価値を生み出すという点では共通しています。問題は国債を発行すること自体ではなく、その資金を何に使い、どのような成果を生み出すかということではないでしょうか。

(「日本経済新聞」)
財政法第4条は何を教訓として生まれたのか
高市政権が「強い経済」を目標に置いて「責任ある積極財政」ということを掲げるようになったこともあり、国債についての話題が増えるようになりました。しかし、国債について、単純に借金と捉えるネガティブ報道が目立ちます。『日経』は経済新聞を名乗っている以上、現代経済において国債をどう考えるべきなのかといった新しい捉え方を読者に向けて情報発信し、国債市場がより身近なものに感じられるような記事を書いて欲しいと思っています。
財政法の規定があります。第4条は、国の歳出を原則として公債や借入金以外の歳入で賄うことを求めています。ただし、公共事業費、出資金、貸付金については、国会の議決を経て国債を発行することを認めています。また、第5条では、戦時財政の反省を踏まえ、日本銀行による国債の直接引受けを原則として禁止しています。戦前の日本(特に1930年代の昭和恐慌以降から太平洋戦争中)は、軍事費を賄うために膨大な国債を発行し続けました。さらに、その国債の多くを日本銀行に直接引き受け(購入)させて政府の資金を作ったのです。こうした戦時財政による通貨・信用の膨張に、戦争による生産力の低下や深刻な物資不足などが重なり、終戦直後の日本は激しいインフレーションに見舞われました。「国が借金(国債)を乱発すると、最終的にハイパーインフレを引き起こして国民の生活をすべて破壊する」という痛烈な教訓から生まれた原則を4条に規定したのです。赤字国債というネーミングはここから生まれています。「赤字」なので、国債は発行しない方が良いという価値判断がそこにはあります。そして、国債を発行しない状態を目指すことを「財政再建」と言うようになったのです。
戦時中に日本が行った国債乱発は戦費調達のためのものでした。戦前も国債市場がありましたが、1932年11月以降、景気刺激と軍事費確保のため、歴史的な「国債の日本銀行直接引き受け」がスタートし、さらに1936年の「2.26事件」を契機に軍部の力が増し、その要求により軍事費が爆発的に増えてしまいます。民間金融機関や市場が自発的に消化できるレベルを超えたため、政府は国債市場を完全な統制下に置くようになったのです。そういった戦時財政の反省は、現代においても忘れてはならない教訓です。しかし、戦費調達のための国債発行と、経済成長や社会基盤の整備を目的とする国債発行を、同じ基準で評価してよいのでしょうか。国債の是非は、その発行目的、経済効果、物価への影響、そして財政の持続可能性を総合して判断すべきだと思います。
そもそも、先進国はどこでも国債を発行していますし、世界一の経済大国はアメリカですが、連邦政府の総債務は2026年8月に40兆ドル(約6,320兆円)を突破して、借金大国でもあります。アメリカは巨額の政府債務を抱えながら、世界最大の経済規模を維持しています。もちろん、債務が多ければ経済が発展するということではありません。しかし、債務残高の大きさだけで国家の経済力や財政の健全性を判断できないことも事実です。重要なのは、その債務を支える経済力と、資金がどのように活用されているかということです。

(「中日新聞」)
国債市場を国民に開く――個人金融資産の活用
国債には二つの顔があります。政府から見れば債務ですが、国債を購入した人から見れば利子を生む金融資産です。ところが、国債をめぐる議論では、政府の借金という側面ばかりが強調され、国民にとっての金融資産という側面が十分に語られていないように思います。国債問題を考えるには、この両面から検討する必要があるのではないでしょうか。国民の金融資産が2,519兆円あります(「日銀資金循環統計」2026.4~6月)。現預金で保有している金額が1,132兆円(44.9%)、国債で保有している金額が38兆円で、全体のわずか1.5%位しかありません。この数字を見ると、日本の国債は身近なものだとは言えない状況だというのが分かります。実際に、国債市場は専ら銀行や生命保険などの金融機関が参加するプロ向けのマーケットになってしまっています。
ただ、かつての時代に比べれば、近年は個人が国債を購入しやすいように様々な配慮がなされるようになりました。個人向け国債は1万円から購入できますし、1年経過すれば途中解約することもできます(その場合は, 直前2回分の各利子(税引前)相当額に0.79685を乗じた金額が、中途換金調整額として差し引かれます)。年限については、「変動10年」「固定3年」「固定5年」が発行されています。「変動10年」は金利が半年ごとに見直されます。
通常の国債は入札によって発行されますが、個人向けの場合は、発行条件を出した後に投資家に応募してもらい、その応募額に見合った分だけ発行されます。毎月発行されますので、自分のタイミングで購入できます。そして、個人向け国債は、発行から1年が経過すれば、いつでも中途換金できます。この国債の安定的保有者を増やすことが国にとっても重要です。日本は1.5%ですが、ユーロ圏は約3~5%、アメリカは約5~7%で推移しています。その数字に近づけるためにも、国債をNISA枠で購入できるようにするべきだと思います。すでに政府内でも、個人向け国債の税制優遇やNISA対象化が議論されています。国民が自らの資産を守りながら、国の資金調達にも参加できる仕組みを整えることは、今後の国債政策における重要な課題ではないでしょうか。
国債を単なる「国の借金」として捉える時代から、国の将来を支える資金調達の仕組みとして捉え直す時代に来ているのではないでしょうか。もちろん、国債を発行すれば、それに伴う利払いと償還の責任が生じます。しかし、それを恐れるあまり、将来の経済成長に必要な投資まで抑制してしまえば、かえって国の経済基盤を弱めることになりかねません。
国債の問題は、単に発行額が多いか少ないかという問題ではありません。調達した資金を何に使い、どのような社会をつくり、次の世代に何を残すのかという問題です。そして、国債を国民にとって身近な金融資産にすることは、国の財政と国民の資産形成を結びつける新たな可能性を開くことにもなります。問われているのは、国債を発行するか否かではありません。国債を通じて、どのような日本の未来をつくろうとしているのか。国家の理念・哲学、そして構想が今の政治に求められているのです。

(「日本経済新聞」)
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