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財務省はなぜ「怪物」になったのか ―― 財務省という「怪物」を生み出した国家機構の歪み / 「財源」をどう考えるのか

「ジャーナリストの須田さんが書いた「財務省という怪物」という本を買って読んでみました」

女性

「いかがでしたか?」

「論文調ではなく、ドキュメンタリー的な文章でさらっと読めます。硬派な表題がついていて分量が320ページ位ありますので、とっつきにくそうですが文章は分かりやすいです。取材を丁寧にしていたことがよく分かります」

女性

「経済について書かれている本は、総じて難しい感じがしていますが、その点は大丈夫ですね」

「消費税がここに来て完全に定着してしまったのですが、当初は、間接税は日本に馴染まないのではないか、という意見が圧倒的だったのです」

女性

「そうだったんですね。私が物心ついた時には、すでに消費税はありましたからね」

「この本を読んで、その頃のことを思い出しました。なんとなく、懐かしい感じで読んでしまいました」

女性

「消費税が導入された時は、財務省ではなく大蔵省ですよね」

「消費税が導入された年が1989年、平成元年に導入されています。大蔵省から財務省になったのは、2001年です。省庁再編に伴って財務省に名称変更されましたが、本質的には何も変わっていません」

女性

「そういう経緯の中で「怪物」になっていったということですね」

「詳しくは、本論で語りたいと思います ↓表紙は「www.amazon.co.jp」提供です」

 日本経済を縛る「財源」という発想

須田慎一郎氏の著書『財務省という怪物』 (飛鳥新社、Hanada新書、2026)の帯に「霞が関の巨大な怪物に対する宣戦布告の書です」とあります。今や「巨大な怪物」よばわりされていますが、その認識が国民の中に広がりつつある段階ということでしょう。そして、新聞各紙はその怪物とは、対決しようとしていません。『日経』は、まるで財務省の機関紙になったような紙面づくりをしています。連日のように、高市内閣の財政政策や消費税減税について批判的な文章を載せています。

今、ちょうど国会論議の最中です。減税および給付金措置についての法案審議が、国会で始まったばかりです。案の定、「財源」に質問が集中しています。財源が示されない、あやふやな提案だという印象を持たせようとしているのでしょう。『日経』も2年間で約10兆円と言われている「財源」を問題視しています。国会の野党議員はそういった記事を読んで、質問をするのでしょう。

須田氏はその「財源」について、「少々乱暴な言い方かもしれないが」という前置きをした上で、「そんなものはどうにでもなる」と書いています。私もそう思います。家計の場合は、「財源」が極めて大事です。何か高額なものを購入する場合、その「財源」をどうするか、何を削るのか、それとも副収入を得ようと考えるのか、頭を捻(ひね)ります。しかし、企業や政府の財政運営を、家計と同じ発想で考えるのは間違っています。そのような発想をすると、経済発展が出来なくなってしまいます。企業は将来の収益を見込んで資金を調達し、政府は経済全体の成長や国民生活への効果を見据えて財政政策を決定するからです。

(「hassey」)

 企業は借金で成長する――政府財政も同じなのか

マイクロソフト、アップル、アルファベット。これらはアメリカのIT大手を代表する企業(一般に「Big Tech」と呼ばれる企業)です。これら企業は業態を拡大するために、融資を積極的に拡大しています。「有利子負債残高」、つまり負債(借金)総額ですが、アルファベットは約14.2兆円、アップルは約12.8兆円、マイクロソフトは約5.8兆円になります(いずれも2025年末時点でのデータ/インターネットからの情報による)。世界のトップ企業は積極的に融資(借金)を重ねて、業務を拡大しようとしています。何故でしょうか。さらに成長するためです。

「経済の三主体」ということで経済の教科書に書いてあるのは、政府、企業、家計です。政府と企業は家計と同じ理屈で経済活動を考えてはいけないのです。企業人は、将来の収益が見込める事業であれば、自己資金が不足していても、金融機関から融資を受けたり社債を発行したりして、積極的に投資することが望まれます。そうすると、その「財源」はどこにあるのかと誰かが質問するかもしれません。考えてもみて下さい。「財源」など、どこにもありません。ないから融資を受けるのです。企業が融資をまったく受けないで、常に収入の範囲、つまり家計と同じ発想で企業活動をしていたら、ほとんど発展できません。国(政府)も同じです。消費税を導入して、緊縮財政に入った途端に経済発展が止まり、「失われた30年」が始まりました。消費税導入は、ある意味、象徴的な出来事だったのです。

そういった経済のイロハが分かっていない人たちが今の国会で「財源」を振りかざして質問すると思います。答える方は大変困る質問なのです。だから、新聞、週刊誌も書きやすいので、何回でも同じようなことを書くことになります。例えば、アルファベットの株主総会で社長に14.2兆円の返済のメドはあるのかと質問しても、社長としては「あるから融資を受けた」と答えるしかありません。14.2兆円というのは、巨額な数字です。仮に2%の融資だとすると、年間の利払いだけで2,840億円になります。毎日4億円返済したとしても、元本がまったく減らない計算になります。ただ、それを1つの企業が行っているのです。日本はそれより少ない10兆円、しかも国民の生活を守るための施策なのに難癖をつけて、できれば潰そうとしているのです。

では、10兆円の財源について、どう考え、どう答えれば良いのでしょうか。そもそも、財源を探し出すのは、財務省の仕事です。本来は、首相が代わって答えるのはおかしいのですが、仮に私なら次のように説明します――「10兆円の減税によって国民の可処分所得が増え、その一部が消費や投資に向かえば、経済活動が活発になります。企業の売上げが増え、雇用や所得が拡大すれば、消費税、所得税、法人税などの税収増加につながります。サケの稚魚が成長し、産卵のために生まれた川に戻ってくるように、減税によって民間に送り出されたお金の一部は、経済活動を通じて税収となって還ってきます。産卵された卵の総計が財源です」。

(「筑西市ホームページ」)

 財務省はなぜ「怪物」になったのか

本来、憲法第65条で「行政権は、内閣に属する」と定められている通り、行政(官僚)は、国民から選ばれた政治家(内閣)の決定を実行する役割(手足)を担っています。ところが、今までの歴史の中で逆転が起こり、「官僚がシナリオを書き、政治家がそれに沿って動く」という関係になってしまいました。主客転倒がなぜ起きたのかということです。

財務省が「省庁の中の省庁」と呼ばれる最大の理由は、予算の編成権と税制の企画立案権の両方を握っている点にあります。歳入と歳出の両方に関わる権限を持たせれば、発言権は当然強くなります。財務省を国の理事長にするようなものです。日本と同じ議院内閣制のシステムを採用しているイギリスは、「歳入関税庁」を設置して、徴税実務については別組織が担当しています。日本は国税庁を財務省の外局として設置しています。外局では下部組織化してしまいます。組織を分ける必要があるのです。

どの省庁も、自分たちの政策を実行するためには予算が必要です。財務省はその予算の査定権を持っているため、他省庁に対して圧倒的な優位に立ちます。政治家が「これをやりたい」と主張しても、財務省が「財源がない」と言えば、政策をストップさせるだけの実質的なパワーを持っているのです。

政治家は選挙やポストの交代(大臣の頻繁な交代など)がありますが、官僚は数十年間その分野に特化したキャリアを積みます。法案の作成、緻密な制度設計、過去の膨大なデータや先例の把握において、官僚組織は圧倒的な情報量を持っています。結果として、政治家が官僚のレクチャー(説明)に頼らざるを得ず、官僚が提示した選択肢の中から選ぶだけになりやすいという構造が生まれました。そういう常態の中で、「主客転倒」が起き、「怪物」となっていったと思われます。

(「みんなの党」)

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