大阪都構想については、2015年に住民投票を行い否決されている。それからそれ程の月日が経っていないにも関わらず、再び実施して民意を問うという。
刑法には一事不再理という原則がある。意味は読んで字の如くであるが、一度審議して決めた判決について、再度審議をするなど、やり直しはしないということである。簡単に言えば、時間の無駄をなくそうということであろう。何回も審議をされてやり直しができるのならば、結論が気に入らない場合は、何回も審議をさせようとするだろう。日本国憲法も一事不再理について、第39条で明文化している。直接的には刑法に関する規定かもしれないが、憲法に規定があるということは、この条文の趣旨をあらゆる場面で活かしなさいということだろう。
2010年に水道事業をめぐって大阪市と対立した当時の橋下徹知事が大阪維新の会を設立し、「二重行政の解消」をスローガンに大阪都構想を打ち上げた。その可否を問う住民投票がその5年後に行われた。結果的に否決されたので、責任をとる形で橋下徹知事が辞任したというのが、これまでの大阪都構想を巡る経緯である。
今回の大阪都構想の出どころは5年前と同じ大阪維新の会、「二重行政の解消」という目的も同じ。主体も目的も同じならば、提起すること自体が無効ではないだろうか。
敢えて再度提起と言うならば、何がどう違うのか、さらに都構想の理念、目標、具体的構想とそのメリット、住民生活に及ぼすと思われる影響(良い影響と悪い影響)、他県に及ぼす影響、大阪府の都市としての将来性と未来像などを内容として、推進責任者が口頭説明だけではなく、本を出版するなど活字媒体で住民あるいは国民に分かるように示す必要がある。
SNSで発信しているが、今までの行政に多くの無駄があったような総括をした上で、大阪都構想が実現されると何か理想の街づくりができるような書き方がなされている。かなりのめり込んでいる感じである。選挙公報のノリで作られたら住民はたまらないだろう。
そして、この構想は見方を変えれば大阪府と大阪市の権力闘争のようにも見える。片一方の都市を徹底的に潰す、区割りまで大幅に変えてしまおう、跡形もなくなるようにする、その理屈は人口や財政規模のバランス、そんな感じを受ける。
もともと発端は水道事業をめぐる対立であった。きっかけが良くない。本来は、対立から始まるのではなく、大阪府と大阪市の話し合いと合意が出発点でなければいけない。
何か気に入らない場合は、自分にとっての都合の良いルールを作って、有権者にメリットだけ話をして支持を得ようとする。そういう姿勢であるならば、大阪市がなくなった後に「独裁大阪府」が誕生する心配がある。そのことを指摘している政党もある。
何よりも一番危惧しているのは、大阪市24区を4つの特別区に再編する計画である。住所が変わるということに対して、政治家や行政に携わる方たちは、もう少しデリカシーでいて欲しい。人はそれぞれ自分の生活空間を大切に思いながら地域の中で生活している。長年住み慣れた街には、当然愛着をもっているだろうし、それは町や区や市の名前とともに想い出として残っている。人間の気持ちというものは、そういうものであろう。それをすべて行政の論理と都合で変えてしまおうというのである。
その発想は、西欧の植民地主義の発想に通じるものがある。アフリカを舞台に植民地の略奪合戦をした挙句、民族や宗教の分布、国民感情を全く無視して国境の線引きをしたのが、西欧列強の国々である。だからアフリカの国境は、直線的なのが特徴であるが、そういうことが遠因となって、アフリカではたびたび民族紛争が起こることになる。
小さな町や区にも歴史はあるし、その地域を故郷と考えて住民同士のつながりや文化を育ててきた人たちもきっといるであろう。前回の住民投票の結果を地域の分布図で見ると、賛成と反対が大阪市の南北でくっきりと分かれていて、大阪市の南部に強い反対意見の地域があることが分かる。この地域の住民は、住所の変更と伴に自分にとって愛着があるものが失われると思っているのだろう。
こういった結果を受けて、推進者は現地に足を1歩でも運んだのだろうか。住民感情がそのままで、仮に多数決によってすべてを決めることができると考えるようでは、政治家失格である。議員を選ぶのと同じ感覚で、住民投票を考えてしまっている。議員選びは多数決で良いが、住民感情が絡むこういった問題について、本当に過半数で割り切って考えて良いものなのか。非常に疑問である。
「二重行政」と言うが、日本全国のすべての県は市とタイアップして行政を行っている。「二重行政」によって住民に対して行政サービスが行き届くならば、結構なことではないだろうか。税金の無駄が出るような「二重行政」であれば、そのつど県と市が話し合って決めれば良いだけの話である。
住民感情を一切顧慮することなく、市町村合併をしたり学校統廃合をしたりする。今回の大阪都構想の発想もそれと同じである。
国の最大の有事と言われているのが人口減である。経済効率による自己都合、こういった発想で行われる血の通わない行政に、その一因があると思っている。
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