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少子化・人口減という「重い病」(その1) ―― かつては人口抑制を叫んでいた政府とマスコミ / 「五公五民」は明治の政権が流したプロパガンダ

女性

「明けまして おめでとうございます」

「今年もよろしくお願いいたします。今年は4日が日曜日だったので、お正月が1日増えましたね」

女性

「そうなんですけど、あっという間でしたね。これは、毎年思うのですけど……。今日が今年最初の発信となります。「日本の危機」ということで発信していますが、重点テーマを決めましょうか」

「日本の最大の危機は、「少子化・人口減」でしょう。そして、年末に扱った「ヘッドレス国家」と「日本の昔ながらの教育」。こんなところでしょうか?」

女性

「経済の分野はどうですか?」

「社会の現象は、すべてが連関していますので、そのようにジャンルを区切って考えるという発想はしない方が良いと思います。経済については、「少子化・人口減」や「ヘッドレス国家」に絡めて話題になると思います」

女性

「そうですね。経済が上手く回らなければ、少子化は解消しませんからね」

「子育てもお金が掛かりますからね」

女性

「なるほど、そういう感じで関連するということですね。ところで、「少子化・人口減」のテーマで本を出されるそうですね」

「今年の3月に幻冬舎から出版します。正月はゲラ原稿のチェックで大変でした。それが昨日終わったので、ほっとしています」

女性

「ちなみに、本の題名は何ですか?」

「「少子化・人口減」という「第2の敗戦」です。「第1の敗戦」は先の大戦です。少子化・人口減をこのままほっておくと、大変なことになりますよという意味合いを込めてつけました」

女性

「その中身についても、少しずつインフォメーションしてもらえたらと思います。ここからが本論です ↓ 表紙写真は「毎日新聞」提供です」

 日本の新聞は軸足が間違っている

『産経』の本日(1/6)の「社説」が「少子化と人口減」です。ただ、『産経』も含めて、日本の新聞は軸足が間違っていますので、この問題について正しくその原因を見つけて、答えを出すことはできないと思っています。「少子化と人口減」の問題を解くイメージは連立3次方程式を解くイメージです。だから、単純な足し算、引き算では解くことは出来ません

例えば、社説では「少子化対策で重要なのは、若年層の収入を上げることだ」、「もう一つ大事なのは、移民国家にならずに、社会機能を維持することだ」(?)と書いています。最初の収入の話は根本的な解決策ではありませんが、方向性としては間違っている訳ではありません。ただ、後者については関係のない話です。そもそも、「少子化と人口減」の問題を「社説」の短い文章の中で論じること自体に無理があります。方程式を解くのに多くのスペースが必要なように、何か思い付きのような政策を並べて解ける問題ではないのです。

そもそも新聞各社は1980年頃までは、人口抑制で論陣を張っていました1974年に厚生省が「日本人口会議」を開催します(下の写真)。そこで、「子どもは2人まで」という趣旨の「静止人口(人口が増えも減りもない状態)」を目指す宣言が採択されています。いわゆる「2人っ子政策」です。新聞各社は賛意を示して報道していたのです。抑制から少子化対策に180度転換するきっかけは1990年の「1.57ショック」があってからです。1966年の丙午の年に「1.58」でした。それよりも値が下だったのです。

(「X.com」)

 少子化・人口減は入院が必要なほどの「病」

日本の政府もそうですが、新聞各社も目先の現象を見てモノを考え、判断するクセがあります。そのため、歴史的な考察が必要なことについて、判断を誤ることが多くあります。咳が出ているという症状だけでカゼと判断するようなものです。医者は、その咳がいつから出て、どのようなことからその咳が出始めたのかと過去に遡って原因を探ろうとします。そうすると、より正確に咳の原因を突き止めることができるからです。社会現象についても、考え方は同じです。歴史的な振り返りは、物事を正確に捉えるために必要なことなのです。

まず、少子化・人口減を、どの程度の「病」と考えているのか、そこが問題です。私は入院をして腫瘍を摘出しなければ治らない病と考えています。ところが、国も新聞社も、「カゼ、発熱」程度と見ています。彼らが考えている治療法が、「若年層の収入を上げる」、「地域経済活性化」、「社会保障改革」といったものなので、そこで分かります。いわゆる対症療法です。日本人が“得意”とする発想です。

ただ、これで治るのであれば、21世紀の現在まで引きずる筈がありません政府の最初の少子化対策は1994年に出され、翌年から「エンゼルプラン」ということで実施されます。その時の出生数が118万人、出生率は1.46でした。それから約30年の歳月が流れ、様々な政策が打ち出されていますが、昨年の出生数は約66.5万人、出生数1.15(両方とも予測)です。出生数は約半分になりました。要するに、効果がなかったということです。なぜか。病状の診断を間違えているからです。ところが、未だに、そのことすら気付いていませんし、根本的な原因を探ろうともしていません。のんびりしたものです。ある意味、これが日本という国が持っている「弱点」なのです(この「弱点」が何に因るものなのかについても、どこかで書きたいと思います)

(「コラバド(Colaboad)」)

 「五公五民」は明治の政権が流したプロパガンダ

ということで、原因の糸を手繰っていきたいと思います。(ここから、話が「迷路」の中を進むようにいろんな方向に飛ぶと思いますが、ご了承下さい)。「産経」が「若年層の収入を上げること」と言っています。方向性としては間違っていませんが、日本のような年功序列意識が強い国では、若年層だけの給与を引き上げることは容易ではありません。国民全体の所得という観点から見る必要があります

一番分かり易いデータが国民負担率(「税金+社会保険料」の対国民所得比)です。要するに、年収に対して、強制的に差し引かれてしまうお金の割合はどの位なのかという数字です。2022年度:47.5%、23年度:46.8%、24年度:45.8%という数字から、ほぼ半分が差し引かれています。ただ、これは平均値ですので、1千万くらい年収がある人は6割くらい取られている計算です。一言で言えば、現代は「五公五民」の時代だということです。

「五公五民」という言葉から江戸時代を連想する人がいるかもしれませんが、当時は物納の時代ですので、「五公五民」ということはあり得ない数字です。当時の人口構成は85%が農民、残りが武士や商人といった非生産者たちです。この状況で50%もの米を税として取ったとしたら、コメが余って消費し切れないでしょうし、保存する場所も技術もありませんでした。だから、数字的には1割~2割程度の物納で十分足りていたはずです。「五公五民」というのは、明治政府が流したプロパガンダです。前の政権を批判するというのが、一つの常道ですし、「五公五民」と言っておけば、仮に半分位税金を取っても、国民は前の時代からこのくらい取られていると思って変に納得してくれます。様々なことを考えて、学校教育などを通して流したプロパガンダ(恣意的に流す誤った情報)です。下の「五公五民」は、現代のプロパガンダです。税金は高いものと思わせておけば、取りやすくなるということです。

この続きは、次回にします。

(「星雲のこころざし」)

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