(この記事は2/11日に書きました)
その時代をリードする役割をもった人財(人材)を、天は硬い殻に閉じ込めて派遣してくれています。ニュートン、エジソン、モーツァルト、野口英世、山下清、アインシュタイン、織田信長、坂本龍馬といった歴史上の有名人ですが、発達障害であったと言われています。現代では、マイクロソフトのビル・ゲイツ、スティーブン・スピルバーグ監督、俳優のトム・クルーズも発達障害であったことは公然の事実です。
普通の人とは違った才能をもっているため、周りの人は変わったタイプと捉えてしまいがちです。そのため、いじめや仲間はずれ、親からの虐待を受け、自信喪失になった挙句に社会から逃避、引きこもりの人生で終わってしまった天才児もいると思います。素晴らしい杉の大木になる素養をもった花粉でも、落ちた所が悪ければ、芽を出すことはできません。
日本の社会や教育界は発達障害ということに対して、正しく問題を捉えていません。「発達障害者支援法」(2004年)という法律がありますが、これを読むと発達障害をどのように捉えているかが分かります。その第一条(目的)に「この法律は、発達障害者の心理機能の適正な発達及び円滑な社会生活の促進のために発達障害の症状の発現後できるだけ早期に発達支援を行うとともに、切れ目なく発達障害者の支援を行うことが特に重要」とあり、「発達障害者の支援は、社会的障壁の除去に資することを旨として、行われなければならない」(第二条の二)とあります。
「症状の発現」とあり、何か一種の病気疾患のような捉え方をしています。そして、病状が発生すれば、不自由な生き方をしてしまうので、その「社会的障壁」を取り除いてあげましょう、という発想です。そこには、持っている才能を引き揚げるといった教育的観点はありません。まさに「障害者」としての扱いですが、これでは日本ではなかなか芽をだすことが出来ないと思います。
発達障害を英語では「Developmental disorders」と表現します。つまり、不規則に発達するいう意味です。通常人がレギュラーバウンドだとすれば、イレギュラーバウンドで飛んでくるゴロです。当然、高い捕球技術が要求されます。周りの理解と協力が必要な所以です。
人間の能力は、人間や社会が何も働きかけなかった場合は開花しません。こういう時によく引き合いに出されるのが「狼に育てられた少女」の話です。インドで実際にあった話ですが、生後まもなく狼に連れ去られ、育てられた2人の少女は、最後まで「人間」になることはできなかったのです。
今、日本の社会全体が、錯覚を起こしているのではないかと思うのです。普通に生まれた子供は、何もしなくても普通に人間になると。ならないのに、なると思っているから、この子はおかしいということで虐待が始まるのではないかと思っています。 とにかく、発達障害がある、ないに関わらず、その子に見合った働きかけは必要です。発達障害があれば、さらに特別な働きかけが必要ということだと思います。
そして、特別な働きかけさえあれば、その持っている才能を開花させることが出来るようになるのです。発達障害の子供たちの中に、ギフテッドと呼ばれる才能をもった子が多くいることは明らかになっています。アメリカの心理学者のバーナード・リムランドの報告によりますと、5400人の発達障害の子供たちを調査した結果、531人に何らかの特別な能力があったとのことです。とにかく、「お荷物」という考えからの脱却をはかる必要があります。「今まで障害とされてきたような発達障害の特性が、社会に必要とされる才能なり得る」(大坪信之『発達障害という個性』幻冬舎.2018年)ということなのです。
日本では遅れているのですが、世界的には発達障害がある人たちの能力を生かす動きは増えています。ここからは、インターネットの情報ですが、デンマークには、発達障害の中の自閉スペクトラム症の人たちに特化した会社があり、プログラミングのバグを探す仕事を担当しているとのことです。この会社は、職業トレーニングや、就職支援も行っており、大手IT企業に人材を送り込んでいるとのことです。
また、アメリカ・ハリウッドにある自閉スペクトラム症の人たちが働く映画スタジオは、設立から5年ですが、これまでに、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』など約200本の映画製作に携わってきたとのことです。昨年、興行収入が世界歴代1位(2019年10月現在)となった映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』も、そのスタジオで映像加工を担当したそうです。
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人の就労に詳しい早稲田大学の梅永雄二教授によれば、
「IT業界では自閉スペクトラム症のある人たちの活躍の場は、どんどん広がっている。さらに、芸術、音楽、数学の分野などでも、1つのことに対する集中力の高さが、仕事の強みとして発揮されている」
とのことです。
問題なのは、今の文科省主導の一律カリキユラムによる一斉授業方式では、発達障害の子に対して対応できていないということです。だから、支援学校があるではないか、という反論が返ってきそうですが、「支援法」を見ても分かるように、隔離的な発想です。だから、隔離施設に入りたくない、公立に行けばいじめられるので、私立を受験してくる子供たちがいるのです。障害とついているので、誤解を受けやすいのですが、能力的に低い訳ではないのです (ネーミングを変える必要があると思っています) 。だから、中には偏差値が高く、受験して入って来る生徒がいるのですが、私立学校はそういう生徒が入って来るということを想定していませんので、入った後にいろいろ問題が起こったりします。
財政優先しか頭にない文科省と地方の教育委員会が、相も変わらず学校統廃合を進めている関係で、小規模校がどんどん無くなっています。発達障害の子供の問題や、今後は外国人労働者の子弟の教育の問題が出てくるので、小規模校を残す、逆に増やす必要があるのですが、真逆の対応をしています。
教育行政は一番弱き者、サポートが必要な子供たちに焦点を合わせて行われるべきです。
発達障害の子供に合わせて小規模の学校を残す、その上で普通学級との交流や他校との訪問学級などといった統合的なカリキュラムを柔軟に組み入れることができるように、教育権限を地方に委譲することを提案します。
読んで頂きありがとうございました