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『学問のすすめ』出版150周年 ―― 「大局観」を読み取る / 『西洋事情』が幕末の人たちの魂を揺さぶる

  • 2022年12月27日
  • 2022年12月27日
  • 歴史
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「今年は福沢諭吉の『学問のすすめ』が出版されて150年目になるそうです。知っていましたか?」

女性

「150年前というと、明治の初めの頃です。天は人の上に……という言葉で始まるのですよね」

「その言葉が入った初編は20ページ位のパンフレットのようなものだったそうです」

女性

「それが明治の人たちの心を捉えたということですか?」

「その小さな本が好評だったため、彼はその後5年にわたって続編を出します。全部で17編まで続き、1880年に1つの本としてまとめて出版されたそうです」

女性

「明治時代のベストセラーと聞いたことがあります」

「9年間で70万部売れたと言われています。ただ、当時の人口と今では違いますからね。単純に比較できないと思います」
女性

「現在でも70万部はベストセラーですものね。新しい時代の薫りを味わいたいと思ったのでしょうね」

「出版されたのが明治5年ですが、この年は近代教育制度を定めた学制が発布され、新橋、横浜間に電車が開通します。」

女性

「一気に文明開化の時代になって、国民の中に戸惑いが出て、時代の流れを掴みたいと思ったところに出されたという感じでしょうか」

「もう少し危機感が溢れていたと思います。黒船が来て、半ば無理矢理開国させられ、不平等条約を結ばされ、周りを見ると欧米列強の植民地になっている。日本が消滅するかもしれない、文化人の中にはそこまで考えた人がいたと思います」

女性

「ただ、『学問のすすめ』は私も少しパラパラとめくって読んでみたのですが、結構内容的に難しいですよね。これが多く売れたということは、当時の日本人の知的レベルは高かったのですね」

「江戸時代に幕府が昌平坂学問所を建て、藩校や私塾、寺子屋が各地にありましたからね。それが庶民の学力を支えたのです」

女性

「ここからが本論です ↓」

 『学問のすすめ』が出された時代

福沢が『学問のすすめ』を出した頃、日本は一つの分岐点に差し掛かっていたことは確かです。そういう意味で、今の時代と置かれた状況が似ているかもしれません。

ただ、国民の中の緊張感が全く違っていると思います。岸田内閣の閣僚がすでに4人辞任しましたが、そのうち2人は政治資金がらみです。東京オリンピックのスポンサー選定においても多額の賄賂が動いたようです。何をやっているのかと思いますが、実は明治時代の45年間、政治家や公務員(当時は官吏)、教員の汚職が殆んどなかったのです

一人ひとりが国を支える気概をもって職責を全うしようとしていた時代だと思います。実は、福沢が後世に受け継がせたいと思ったのは、そういった武士の気風だったのです。だから、彼は西郷の生き様をこよなく愛したのです。


 

 『西洋事情』が幕末の人たちの魂を揺さぶる

勉強と学問は違います。勉強は真理が明らかなことを学ぶことです。だから、公式を覚えたり、言葉を覚えたりということで記憶がどうしても重視されます。学問は何が真理なのかを検証したり、研究したりすることです。時代が錯綜すればする程、確かな真理が求められます。確かな真理こそが日本の社会を発展させると考えた福沢は、国民に学問をすることを求めたのです。

「一身独立して一国独立す」。福沢は中津藩(大分県)の下級藩士の次男として生まれます。長崎で蘭学を学び、英語は独学で習得します。1860年に幕府の遣米使節団として渡米、さらに欧州に渡っています。その体験を基にして書いたのが『西洋事情』です。『西洋事情』は3部からなっていますが、初編は慶応2年に出ています。明治3年、つまり『学問のすすめ』が出る2年前に最後の3編が出ています。こちらの方は通算で15万部売れたとのこと。その中で、自由と法について書いていますが、それを読んだのが公家出身の西園寺公望です。彼は晩年に、その時の感想を書いています――そういう自由があるところに生まれたならば、面白かったのになあ、というようなことを自伝にかいています。

西園寺というのは、公家の中でも上位にあった家柄です。その彼が西洋の自由に憧れていたというのは興味深いと思います。彼に影響を与えた『西洋事情』ですが、多分、当時の日本人の多くの魂を揺さぶったのではないかと想像しています。明治維新をイデオロギー面で、押し上げたと思っています。

(「国立教育政策研究所」)

 

 「学問のすすめ」から「大局観」を読み取る

1個のリンゴが落ちる現象を見ただけで、人間は一人ひとり考えることが違います。ニュートンはそこから法則を発見するのですが、料理人であればジュースにすることを考えるかもしれません。

「学問のすすめ」を同じように読んでも、読み方は人それぞれです。どれが正しいということではなく、その時代に合わせて、幾重にも解釈できるところがこの書の凄いところですし、明治の人たちが競って読んだのはそういう魅力に惹かれたからだと思います。その価値を一言で言うと「大局観」だと思います。

実は、今の日本の社会の中で足りない視点は、この「大局観」です。10年後、20年後といった近未来を見据えて現在を考えることが必要です。現代社会は経済の流れを押さえなければ正確にその動向を把握することは出来ません。その経済の流れは、長期的なスパンで見なければ右往左往することになります。

将棋や囲碁でよく言われる「大局観」ですが、言うは易しで実際には難しい境地です福沢は学問によって「大局観」を身に付けろと主張します。なぜ、「大局観」が学問で身に付くのか。学問は真偽を常に意識しながら行われます――「この信疑の際につき必ず取捨の明なかるべからず。けだし学問の要はこの明智を明らかにするにあるものならん」(『学問のすすめ』15編)。「大局観」を持っていないために目先の「金」に目がくらむのです。それに手を出して、結局政治生命を終わらせてしまうのです。政治家に限らず、スポーツ選手、企業家など殆んどすべての業種において「大局観」が必要です。マクロの目とミクロの目。ミクロの目は意識していなくても使っています。マクロ視点は意識しないと使えません。そのための学問と福沢は言うのです。

学問は論理と実証の世界です。すべての真偽がその2つの指標によって確認できます。学問によって、真実を見極め、日本を正しき方向に進めて欲しい。福沢の願いが込められた書なのです。

(「たかじゅん(高淳)のブログ」)

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