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限界集落が都市部でも増えている / 地域創生のカギを握るのは、文化と教育そして人との繋がり

「限界集落という言葉を知っていますか?」

女性

「もう、これ以上が限界ということで、ぎりぎりまで頑張っている集落ということですか?」

「むしろ、その逆ですね。一つの目安が65歳以上の高齢者が、その集落、地域のどの位を占めるかで決まります」

女性

「農村部の集落の話題ですか?」

「いえ、都市部にもそういう問題が起き始めているという話題です。今日の『産経』が「『限界集落』都市部に迫る」という記事を載せています」

女性

「具体的には、どこですか?」

「兵庫県の『明舞(めいまい)団地』です」

女性

「明るく舞う団地なので、ネーミングは素敵ですけどね」

「めまいがする程、高齢化が進んでしまったみたいですね」

女性

「つまらない、ダジャレを言わないようにお願いします。だけど、お子さんたちがいた訳ですよね」

「結局、そこなんですよね。若い人たちが入居する、子供たちが生まれてニューファミリーの誕生。そのタイミングで地域に文化をつくらないので、子供たちは生まれた場所を『故郷』と認識することなく去っていくのです」

女性

「後に残ったのは、ジジババということですね」

「そういうことです。言葉を換えると、場当たり的な地域政策しか行っていないので、日本全国そのような現象がこれからも起きてくると思います」

女性

「ここからが本論です」

「限界集落」が日本でこれからも増え続ける

限界集落というのは、高齢者がその集落の半数を超え、共同体の維持が困難になりつつある集落のことです。今までは専ら山村の集落や離島集落をイメージした上での言葉だったのですが、都市部において、そのような現象が起きつつあるということなのです

2人の会話で話題になった『明舞団地』ですが、『産経』(2021.3.3日付)の記事によりますと「1964(昭和39)年に入居が始まり、最盛期には約3万7000人が暮らしていたとのことです。結局、人口のピークが1975年だったのですが、その後は下り坂となり、2015年には約2万人になった」ということです。

ただ、『明舞団地』は、まだ限界集落ではないのです。このままだと、確実に限界集落になるだろうということで紹介されているのです。

子供が独立して、この地を離れ、独居や2人夫婦が増え、65歳以上の住民が4割を超えたとのことです

(「hiroshima-navi.or.jp」)

 多摩ニュータウンがオールドタウンになりつつある

今ちょうどスマートシティとか、コンパクトシティ、さらにはスーパーシティなどいろいろな機能をもったモデル都市事業が始まろうとしています。最近のニュースでも取り上げられていましたが、トヨタが静岡県裾野市でスマートシティの事業を開始しようとしています

ただ、その事業もニュータウン事業を総括した上で行わなければ、また同じような失敗を繰り返すだけです。何がいけなかったのか、何をどうすれば良かったのか、つまり「持続可能な街として発展し続けられたのか」という問題意識を常にもちながら取り組んで欲しいと思っています。見ていると、「前のめり」になっています。

プロジェクトで一番危険なのは、「前のめり」です。成功する保証など何もないのに、「前のめり」になっていると、成功している情景しか思い浮かぶことが出来ないのです。

 

 消滅集落にしないため――文化の育成と次世代への引き継ぎがカギ

1960年代の頃に「団地族」という言葉が生まれました。自然環境豊かな郊外のマンションに住み、団地内のお店ですべてを賄うことができる。そんな便利でスマートな生活に憧れて、当時の若いご夫婦が新居を構えたものでした。

東京の多摩ニュータウンもその一つです。1960年代から開発が進み、鉄道の開通と商業施設の建設と併せて分譲マンションや分譲一戸建ての建設、販売が始まりました。時代の波に乗って、当初は活気があったと思います。

活気があるかどうかは、子供たちが発する若いエネルギーによって決まります。そのエネルギーを出させるためには、大人たちが地域において文化を創生して、地域の結び付きを強める必要があります。

(「www.homes.co.jp」)

 人が定住するための条件

そこに便利な生活があるから、永住しようと考える訳ではありません。そこに魅了されるような自然があるから、永住しようと考える訳ではありません。だから、他の動物と違って、空間があって家が建てられ、近くに自然があればそれで良いと考える訳ではありません。無人島に住みながら、必要な物資は常に要望通りドローンが運んでくれたとしても、人はそのような環境に住もうとは考えないものなのです。

何故なのか。人は自分を包んでくれる文化と人の温もりの中で、生き続けたいと考える動物だからです。そういう意味では、人間というのは実にわがままな生き物なのかもしれません。

先日、3.11の津波被害があった地域の復興ということで、行政の対応と住民たちの反応を番組(朝のNHK)で流れていました。津波被害に2度と会わないようにということで、行政側は高台に土地を何区画か造成して、そちらに移住するように勧めたところ、それに応じた住民は少なかったのです。引越しした住民もいましたが、家が建てられておらず、造成された土地だけが目立つような所で前のような近所付き合いもなくなり、そこに寂しさを感じるということでした。

多摩ニュータウンと言っても、永山地区から南大沢地区にかけて結構広範囲にわたっています。比較的早く開発された、永山や多摩センターに近いエリアにおいては、確かに商店街に活気が無くなり、シャッターが目立つような場所もあります。

何故、そうなったのか簡単に言えば、ベッドタウンということで街づくりをしたからです。都心で働き、ニュータウンはあくまでも寝るための場所という位置付けです。であれば、どこで寝ても構わないではないかという考えが出てくるのは当然です。

ニュータウンでなければいけないもの、文化であり、人との結びつきということを創生する必要があります。それを子供たちに同時に伝えることが必要です。当然、地域の継承プログラムを地元の小学校で教えるということも必要となってきます。

そういった有機的な連携を何年か繰り返すことによって、地域に文化と伝統が芽生えることになります。子供たちが継承の意志を表明してくれるならば。その文化は代を経て受け継がれることになり、その地域は持続的に発展することになるでしょう。

そのように、長いスパンで地域の再生を考える必要があるのですふるさと納税を実施して、地方にお金がまわったからといって、地域が再生されるほど単純なことではないのです

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