
「熊本史雄氏が書かれた『外務官僚たちの大東亜共栄圏』が、大仏次郎論壇賞、司馬遼太郎賞、樫山純三賞をすべて受賞したというので購入しました」

「3冠達成ですか!?3賞を受賞するのは、大変だと思いますけど……」

「従来とは違った新しい視点からの歴史解釈かなと思ったのです」

「表題だけを見ると、そう思いますよね」

「戦前の軍国主義をリードしたのは陸軍省、海軍省といった軍部、そしてそれを内側から支えたのが内務省です」

「すべて敗戦後にGHQによって解散させられましたよね」

「そうですね。外務省はある意味、手駒として使われた省庁です。だから、逆に解散させられることがなかったのです」

「その彼らが「大東亜共栄圏」をリードしたように読み取れるのですけど……」

「私も最初に見た時は、あなたと同じことを考えましたが、中身を読んでみるとそうではないことが分かりました」

「従来説を覆すような内容になっていないということですか? だったら、出版する意味が余りないように思いますけど……」

「私もそう思います。それと同時に、何で様々な賞を受賞できたのか、不思議に思いました」

「ここからが本論です ↓ 表紙は今回の題材で扱った本です」
「大東亜共栄圏」という語の歴史的位置づけ
「大東亜共栄圏」という言葉は、1940年頃になって出てきた言葉です。未だに、「大東亜戦争」という呼称にこだわる識者もいますが、その名称も「大東亜共栄圏」という構想に由来しています。仮に、この構想が明治維新期に出ていれば、明治以降の歴史展開が違ったものになったと思っています。
というのは、明治の藩閥政府は朝鮮に対して強硬姿勢という態度で一歩を踏み出したからです。1875年に江華島事件が起きます。日本の軍艦「雲揚」を首都の漢城近くの江華島の沿岸に横付けして上陸を試みるという挑発的な威嚇行為を繰り返したため、朝鮮側からの砲撃を受けます。日本側はそれに応戦をし、上陸をした上に砲台を破壊し、武器を略奪、さらには周辺の建物に火を放ったのです。
この事件を契機として、日本は朝鮮に謝罪と開国を要求し、翌年の1876年に日朝修好条規を締結しますが、この内容は不平等条約です。日本が欧米列強から受けた扱いを、今度は朝鮮に適用したのです。ここに「共栄」という言葉が出てくる余地はありません。少なくとも明治初期の対外政策は、「共栄」ではなく「権益確保」を軸に展開されていたと見るべきです。

(「NHK」)
外務省は共栄圏の主体だったのか
本の題名は『外務官僚たちの大東亜共栄圏』です。私は当初、「外務省主導による大東亜共栄圏」とか「大東亜共栄圏の陰の推進母体は外務省」という趣旨内容の書だと理解して購入したのです。しかし、読み進めるうちに、その理解が違っていることに気付きました。
戦前は陸軍省、海軍省、内務省の三省が絶大な権力を振るっていた時代です。例えて言えば、キングギドラです。外務省が意見を言っても、踏みつけられるだけでした。外務省はしばしば軍部の既成事実を外交的に処理する立場に置かれていました。熊本史雄氏も「『東亜』の歯車は、もはや外務省という一省庁の路線修正では止められないほど、政府全体を巻き込んで力強く回転し始めていたのである」(同上)と、173ページで書いています。
そもそも大東亜共栄圏の構想を日本の政治・外交史上で初めて打ち立てたのは、第二次近衛内閣で外務大臣を務めた松岡洋右ですが、彼は外務省のキャリア官僚ではありません。1930年に衆議院議員(立憲政友会)に当選していますが、務めたのは1期のみでした。彼は山口県出身だったので、議員生活の中で「長州系エリート人脈」と接触する中で出世街道を歩いた人です。そんなこともあり、大東亜共栄圏構想を外務省の長期的理念の帰結とみなすのは、やや無理があるように思われます。

(「ピクシブ百科事典ーpixiv」)
「エリート」とは何か
著書は「あとがき」で書の構想について述べています――「理知的で合理的な判断を下せるはずの」エリート集団が自国を戦争に導いていく過程、その証左を「大東亜共栄圏」という言葉を手掛かりにして論証していきたいというものです。そもそも「大東亜共栄圏」という言葉自体が1940年になって、キャリア官僚ではない松岡外相の口から突然出てきた言葉なので、構想自体に無理があります。
また、「高等文官試験」を合格する人材はエリートであり、そのような人たちは誤りをしないものだと思い込んでいる節がありますが、その捉え方自体が誤っています。「高等文官試験」は現在の国家公務員総合職試験に受け継がれていますが、記憶力中心の試験です。人間の能力の指標は、インプット能力とアウトプット能力の両面で見る必要があり、インプット能力に優れていても、それを使って思考したり、創造したりするアウトプット能力が劣っていることもあります。AIが急速に浸透している時代です。現代の行政マンに求められているのは、インプットよりもアウトプット能力が求められているのです。
歴史を振り返ると、優秀な人材が集まっていても、組織全体として誤った方向に進むことはあります。問題は個々人の知的能力よりも、意思決定の構造や責任の所在にあったのではないか。そのような視点も必要ではないかと思います。
こうなると、視点や論証の仕方に難のある書に「賞」を与えた選考の仕方を問題視する必要があります。3賞の共通点は、①選考委員がいる、②選考委員も含めて、受賞理由について何のコメントも出ていない、③自薦作品は応募でない、というものです。要するに、密室で審議して、ブラックボックスの中から受賞作品が飛び出てくるようなものです。現代はAIとの共生が急速に進んでいます。選考委員ではなく、選考はすべてAIに任せた方が、より公平でより有為な作品が選ばれるのではないかと思っています。

(「フォトライブラリー」)
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