「小学校の5・6年生に教科担任制を導入するようです」
「まだ、決定ではありませんよ。中央教育審議会の答申が出て、それを文科大臣に提出したという段階です」
「ただ、どうせその方向で動き始めるのでしょ。これについて、どう思われますか?」
「私の意見は、教科担任制よりも複数担任制を導入すべきでしょうね。親の立場としては、どうですか?」
「難しい質問ですね。どちらも、それぞれ魅力的な話に思えますし、親としては現状よりも教育スタッフが増えるので、そのことを歓迎したいと思います」
「ただ、そういった人的なスタッフが思ったように集められるとは思えないのです」
「新聞報道によると、令和4年度をめどに本格導入する必要があると答申は言っているようです」
「中教審の方たちは、現場の実情を殆ど分かっていないままに、理想的な教育を頭の中で描いた上で答申を出している可能性があります」
「確かに、現場の状況を把握しないで上流から勝手に水を流しているような感じがします。子供の学校の先生方は、アイパットが配られたものの、どう活用していいか学校としても困っているのです、とおっしゃっていました」
「文科省はとにかく何か方針を決めて、それを全国に通達すれば、全国一斉にその通りにすべてが動くと思っているところがあります」
「絶対にそういうことは、ありませんよね。ただ、親としては35人学級の導入は一挙にやっていただいて、ICT教育については徐々に導入していただければと思っているのです」
「それは多分、現場の教員も同じ考えだと思います。教員が端末を使いこなせなければいけないので、まずそのための研修期間が必要です。それがある程度終わった段階で、受け入れ態勢が出来た学年から徐々に導入していくということですが、今行おうとしていることは真逆です」
「35人学級は徐々に導入し、端末の方は一挙に配って、ICT教育を一挙に進めるという感じになっています」
「ここからが本論です ↓」
ICT教育――無謀な短期計画
小学校高学年の教科担任制の導入なるものが中教審答申として提出されました。ただ、この答申の内容について、現場の意見がどの程度吸い上げられているのか、殆ど現場の状況を顧みられていないのではないかと思っています。
「これからの学校教育を支える基盤的なツールとしてもはや必要不可欠」と答申は言っていますが、そうであるならば、どうして今まで計画的に段階を踏んで導入できなかったのかと問いたいと思います。
今回の措置について、東京23区の教育委員会幹部は「授業での端末活用には相当の懸念がある」(『産経』2021.1.27日付)と言っています。これが普通の市民感覚だと思います。学校現場には様々な年齢層、さらにはデジタル機器の扱いが得意な人と不得意な人がいます。そんなこともあって、「学校向けの書面には、不慣れな教員を念頭に電源の入れ方やパスワード管理方法といった初歩的な内容を手厚く記載する」(『産経』同上)とのことですが、このレベルの教員のデジタル対応技術を上げることをしなければ、児童・生徒に端末を使って指導などできるはずがありません。
そして、本来であれば、まず現場の教員のデジタル対応技術を上げた上で、実際の授業にどのように利用できるかということを学内で話し合いを進め、教材を作って、その上で児童・生徒に端末を持たせるということでしょう。教員と児童・生徒に一斉に配って、殆ど考えなしと言われても良いようなことが行われています。
ICTの授業活用で学習の幅が広がるということで、事例として文科省が上げているものを『産経』(2021,1,27日付)がまとめています。それをさらに簡略化したものを下の表に示しました。
算数・数学 | 関数や図形などの変化の様子を可視化して考えさせる |
理科 | 分子構造など観察しにくい対象をシュミレーション動画を使い、理解させる |
音楽、美術 | アニメーションの制作や曲のある部分を繰り返し聴く |
外国語 | 海外のネイティブスピーカーとつながり、発信力を高める |
道具が与えられたからといって、誰でもが求められているようなことができる訳ではありません。
現場の教員は魔法使いではありません。それに向けて研修など何の準備もせずに、こういうことができますよと言って、一挙に端末を配るというやり方は乱暴の極みです。そして、児童と教員に一斉に配れば、子供たちは玩具をあてがわれたと思い、ゲームをして遊び始めるだけです。
教科担任制よりも複数担任制を
現場において現在抱えている大きな問題は、いじめ、不登校、教員の働き方改革の問題です。この問題を少しでも解決できるように動く必要があります。端末の導入は、下手をすると、労働強化となり、働き方改革に逆行することとなります。ICTを導入したからといって、いじめが減るとは思えません。不登校の子にICTを活用して、授業を配信することができるかもしれませんが、これは技術的な問題と本人の態勢の問題があり、すべて一律に適用できる訳ではありません。
(桐光学園小学校)
「いじめ、不登校、働き方改革」の3大難問事件を解決するための方途としては、複数担任制が処方箋として良いだろうと思います。
様々な発達段階の子供40人が1つの教室に集い、それを基本的に2人で面倒を見るということが出来るようになれば、現場にとっては有難い話だと思います。人間には得手不得手があります。理数系が得意な人もいれば、文系教科が得意な人もいるでしょう。デジタルに強く、そういうものを授業で積極的に活用したいという人もいれば、電源の入れ方からつまづく人もいます。
2人であれば2人の目で子供たちを見守ることができますし、不登校やいじめの対応でも2人の担任で協力してコトに当たることができます。一人が教室で授業をして、もう一人が問題を起こした子供の対応をするということもできます。そして、同じ教室の空間を共有することによって、授業の技術をお互い交流することもできます。
そして、2人担任制にすれば、わいせつ教員は確実にいなくなります。死角がなくなるからです。統計によると、現在年間で250人を超えています。被害を受けた生徒からすると、一生心の傷として残ります。一人もそのような目に遭わせてはいけないということを考えるならば、2人担任制が極めて有効だと思います。
中教審の方針が、「理・算・英」の教科担当者を小学校の5,6年生に配属するとのことです。答申を出した委員の先生方は、多分勝手に頭の中で上手くいっている教室の画像しか描いていないと思いますが、現実は様々な段階の子供がいて、教える側の教員の問題もあり、上手くいくとは限りません。むしろ、ちょうど難しい年ごろに入った子供たちに対して、教科担当者が上手く接することが出来ないことも出てくると思います。そうなると、今度は担任が子供と担当者の間に入って事態を治めるということがあり、担任の業務は増えることになります。
「理・算・英」の教科担当者を置くということは、5,6年生の担任は、国語と社会を担当するということでしょうか。なぜ、その3教科なのかという根本的な疑問は残りつつも、そもそも、3教科の人材が急に集まるのでしょうか。
3教科のうち理科という教科の内容は、物理、生物、化学により構成されており、それぞれ学問体系が別です。
別だけれど一つの教科として扱ってしまうことの是非について論じる必要があるでしょう。このように、いろいろ問題があるのに、中央集権的に文科省という一行政機関が、重要なことについて決めてしまうというのは一つの暴挙だと思っています。
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