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『百田尚樹の日本国憲法』を紹介します / 日本の歴史を踏まえた天皇論と改正論

「百田尚樹氏が『日本国憲法』(祥伝社新書、2020年)について書いたというので、早速買って読みました」

女性

「いかがでしたか?」

「作家の方が書かれた憲法論なので、読みやすくて分かりやすかったですよ」

女性

「今までの憲法関係の本と比べていかがですか?」

「今までの憲法関係の本と明確に違うのは、日本の歴史について多く触れている点ですね。従来の憲法関係の書は、殆どワンパターンのように西洋憲政史を書き、そこから明治憲法、日本国憲法という流れの記述です」

女性

「公民や政治経済の教科書はそうなっていますよね」

「憲法の基本書を参考にして教科書を書くので、必然的にそうなるのです」

女性

「憲法の基本書は、どれもそうなのですか? 違う考え方の人は、いないのですか?」

「百田尚樹氏が同書で憲法学者を「憲法の番犬」になっていると批判していますが、護憲が最重要事項で、そのために構築された論理を守ることしか頭にないようです」

女性

「どうして、そんなふうになってしまったのですか?」

「憲法学会における、宮沢俊儀を頂点とする東大憲法学の系譜に対する忖度のなせる技だと思います」

女性

「大学の憲法講義では、宮沢俊儀氏の『憲法』を使いました」

「彼は今から40年以上も前に亡くなっていますが、未だに彼が書いて、弟子の芦部信喜教授が補訂した憲法の基本書は、司法試験や国家公務員試験を受ける者にとってバイブルと言われています」

女性

「バイブルなので、それをそのまま信じなさいということですね」

「そうですね、そして、その内容が基本的に弟子たちに受け継がれています」

女性

「それでは、真の学問の自由がないのではないかと思いますけど……」

「ある特定の思想の影響が強いとそうなってしまうということだと思います」

女性

「ここからが本論です ↓」

 日本の歴史を踏まえて、憲法論が語られている

この本の特徴は、日本の歴史を紹介しながら、憲法論を展開していることです。考えてみれば当たり前なのですが、その当たり前の「手続き」が今まで行われていませんでした。


今回の百田尚樹氏の『日本国憲法』の本の構成は、第1章が憲法改正について、第2章が9条についてです。たぶん、今までの憲法の本だと、そこから比較憲法学的な話に移って、他国では防衛問題をどう考えているのかという流れになったのだと思います。

百田氏は第三章では、「この国はどうやってまもられてきたか」ということで日本の古代の歴史に遡って、そのあらましを紹介しています

日本という国は、国家意識が芽生えるのが大変早いのです。それは島国ということと、中国との交流の影響もあるでしょう。

百田氏は、大伴部博麻(おおとものべのはかま)のエピソードを紹介しています。博麻は白村江の戦いに戦士として参加したのですが、捕らえられて長安に送られます。そこで、唐の日本侵攻計画を知った彼は自らを奴隷として売り、それで得た資金を日本の遣唐使の帰国の資金として提供し、彼らに唐の日本侵攻計画を朝廷に伝えることを頼みます。

博麻はその後奴隷として暮らすのですが、27年後の690年に帰国を果たします。その時に、彼の国を思う気持ちに感動した持統天皇が彼に「愛国」が入った勅語を授けたのです

博麻は福岡県の出身ですが、指揮官ではなく単なる兵士です。彼の行動の根底には、国家意識があり、守る必要があるものという認識があったのです。

国防というのは、最後は国民の国を守るという力をいかに結集するかが一番大切です。古代の日本に、すでにそういった意識が庶民の間にも共有されていたのですが、どのようにしてそういった意識をもたせたのか、あるいは育成したのか。先人から学ぶべきことがあるような気がしてなりません。

 皇統をいかに守るか


百田氏も天皇は戦前から象徴であったと言っています。というか、象徴天皇制が成立したのは、古代の天武期だと思います

そのことを探る手掛かりが『古事記』にあります。『古事記』は、神話を使って組織の在り方、国家の在り方を説いています。『古事記』の冒頭に3柱の神様が出てきます。アメノミナカヌシタカミムスヒ、そしてカミムスヒです。いわゆる「造化三神」がそこで勢揃いするのですが、実はアメノミナカヌシはその後姿を現しません。冒頭で登場して、それ以降出る場面がない神様なのですが、そこには重大な意味が含まれていたのです。

どういうことか。アメノミナカヌシは消えていなくなったのではなく、宇宙をあまねく照らし影響力を持ち続ける存在として考えたのです。確実に存在はしているが、直接何か物質界に影響を与えることはない。しかし、宇宙全体からすると中心的な役割を果たしている存在なのです。

国家も組織である限り、その中心的な位置に座る存在が必要と古代の日本人が考えたのです。つまり、アメノミナカヌシにあたるものを考える必要があり、その結果編み出されたのが現在の象徴天皇制なのです。いわゆる、台風の目にあたる存在です。台風の目の中に入ると、無風状態です。実際に風が吹いていないので、何の力も働いていないように見えるのですが、確実にあります中心が無風だからこそ、周りが強風となる、つまり力が発揮されるのです。

そして、実際に力を発揮するのは、タカミムスヒとカミムスヒですこれに該当するのが右大臣と左大臣です。彼らが、与えられた権力を使って実際の政治を行いますこういった考え方に基づいて国家組織を作れば、未来永劫繁栄するであろうと考えた天武天皇は、これを『古事記』神話の中に組み込みます。ついでに言うと、タカミムスヒとカミムスヒはたった1字しか違いません。ここにも意味があります。つまり、全く同じように権力を分けるのではなく、違(たが)える必要があるというメッセージを込めています。これはイザナギとイザナミも同じです。この違いについて、さらに別の角度から国づくりの場面を使って説明しています。それについては、拙著の『古事記とスピリチュアリズム』を読んで下さい。


何故、そういった手の込んだことをする必要があったのかというと、中国の存在が怖かったからです。中国がそういった仕組みを知って国家組織に採用した結果、繁栄を謳歌することになれば、それは日本にとって危機を招くことになるという判断がそこにあったのです。侵略性の高い国であることを、古代の日本人は見抜いて用心していたのです

 権威の象徴としての天皇を『憲法』の基本書は正しく伝えていない

憲法の基本書を見ると、どれも天皇について正しく捉えているものはありません。偏見が入っているため、正しく物事を捉えることができないのだと思います。宮沢氏が言ったことを、後の学者は無批判に継承しているだけなので、歪んだ天皇論がそのまま引き継がれることになります。

宮澤俊儀の『憲法』(有斐閣.1986年/改訂5版)を見てみたいと思います。明治憲法についての下りです――「明治憲法は、絶対天皇制を多かれ少なかれ制約することをねらう自由主義ないし民主主義の理念と、それに対抗して絶対天皇制をできるだけ保持することをねらう神権的絶対主義の理念とのあいだの実際的妥協として生まれたということができる」(27ページ)。

日本の歴史を理解しないまま、天皇を西洋の絶対王政の王様と同じようなものと考えたのだと思います

この考え方を弟子たちが受け継ぎます。彼の弟子の芦部信喜は『憲法』(岩波書店、2007年)の中で「明治憲法は、立憲主義憲法とは言うものの、神権主義的な君主制の色彩がきわめて強い憲法であった」(18ページ)と書いているのです。

「神権」という言葉を使っていますので、王謙神授説が念頭にあったのだと思います。王謙神授説というのは、文字通り王様の権力は神から授かったという説で、絶対王政の理論的根拠となります。ただ、日本の歴史の中で、天皇が権力者として振舞ったことはありません

西洋の絶対王政は市民革命によって打ち倒されていきます力を振るえば結局力を無くした時に、力を持った者に討ち果たされることになります。中国はいくつもの王朝がその国土を舞台に興亡を繰り広げてきました。それを反面教師として日本の先人は学んだのでしょう。力をもたない、権威者を国家の中心に据える、それを制度としてつくり上げ、定着させることによって日本という国の安定化を図ることを考えたのです。

日本の内外には、日本の国そのものを破壊したいと考えている人が現実に存在します。共産主義者やこれに同調する人たちですが、その中心軸を壊しにかかろうとしています。最近言い始めているのが、女系天皇です。男女平等という屁理屈を掲げて言い始めています。そもそも女系天皇という言葉自体がなかったのです。彼らが勝手に作った言葉なのです

女系天皇となれば、日本の国家は確実に弱体化するでしょう。中心軸が違う軸になってしまうからです。そのことについても百田氏は最後のところで触れています。安定した男系の皇統を守ること、それはひいては日本を守ることに繋がります。そのためには、憲法改正が必要ということです

読んでいただき、ありがとうございました。

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