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「GHQ史観」に縛られている――全面否定からは何も生まれない / 「日本史観」による歴史を構築する時代

「歴史という言葉が切り札のように使われる事態は、ある意味おかしなことだと思います」

女性

「昨日の続きですね。どうして、こういうことが起きているのでしょうか?」

「簡単に言えば、日本の国としてきちんと歴史を総括していないからだと思います」

女性

「私が学校で習った歴史は何だったのですか?」

「敢えて名付けるとすれば、GHQ史観であり、戦勝国史観ですね」

女性

「何となく日本のこと全面否定という感じがしますけど……」

「まあ、昔から『勝てば官軍』という言葉がありますからね。ただ、全面肯定、全面否定からは何も生まれません」

女性

「それで今回、一応分析的に見てみようという試みですね。概観して、いかがですか。ここが良くなかったということで、率直な感想を」

「一言でいうと、『戦(いくさ)上手の外交下手』ですね。外交下手というのは、戦後も続くのですが、短気を起こして国際連盟を脱退する、大東亜会議のタイミングが悪い、開戦となったら、どこかで落としどころを探さなければいけないのに、そういう外交努力をした形跡がない。そんなところですね」

女性

「政治家の問題ですか?」

「大東亜共栄圏という理念は悪くないと思います。ところが、それを出してくるタイミングが遅いし、結局それでもって戦争全体を俯瞰して遂行する責任者がいないのです」

女性

「軍国主義という問題もありますよね」

「そうですね。5.15事件、2.26事件は失敗に終わりますが、あのような事件をきっかけにして、軍部が発言権を強めて、勝手にアメリカと開戦を決めてしまいますからね」

女性

「きっかけは『ハルノート』ですよね」

「あれを作成したハリー・ホワイト財務次官はソ連のスパイだったということが後々分かります。完全に日本を怒らせるような内容でした」

女性

「その策略にはまってしまったということですね。内容は確か3つですよね。満州国を認めない、三国同盟の破棄、……後は……」

「中国やインドシナ半島からの即時全面的撤退ですね。無理な条件を3つ並べて、わざと怒らせようとしています」

女性

「そこからが外交努力ですよね」

「現代であれば、その内容を公表して、国会で議論となると思いますが、頭に血が上った状態で開戦に踏み切ります」

女性

「ここからが本論です ↓」

 歴史観そのものを断罪する態度は、厳に戒めるべし

『朝日新聞』が「問われる政権の歴史観」ということで「歴史観」そのものを問題視しています。人は1つの史実に対して、それを自分の「歴史ソフト」を通して見ます。いろいろなソフトがあって構わないと思います。歴史観そのものを問題にするという発想は、思想チェックに繋がります。くれぐれも謹んで欲しいと思います。

そして、もしかしたら誤解しているのかもしれませんが、戦勝国の歴史観が正しいとか、敗戦国の歴史観が間違っているということでもありません。正しいかどうかは、今後の検証の中で学問的に行われるべきことであり、戦争の勝ち負けとは違った次元で判定される問題です。どうか、誤解なきようにして欲しいと思います。

「朝日」が「歴史」に向き合えということをよく言います。別の意味で「歴史」に向き合うことが必要です。今の子供たちが学んでいる日本の歴史は戦勝国の「史観」というソフトを通しての歴史です。そうではなく、日本が曲がりなりにも戦争に突き進んだ訳なので、そこには日本なりの理由もあれば反省、教訓もあると思います

戦後75年経ちました。そろそろ、先人たちの歩んできた日本の明治以降の近代史について、戦争に向かわざるを得なかった事情も含めて、日本の立場に立っての総括、反省、教訓といったものをまとめる必要性を最近富に感じています

 

 大東亜戦争 と 太平洋戦争 ――2つの名称

同じ戦争なのに、2つの名称があるのは、使っている「歴史ソフト」が違っているからです。今の日本は占領下ではありませんので、日本のソフトを使って、大東亜戦争と教科書にも書き、その観点から、総括、反省、教訓を導き出して後世に伝える努力をすべき時です。いつまでも、「戦勝国ソフト」を使っていると、日本人はこの先永遠に謝罪外交を繰り広げ、徐々に体が蝕まれ、場合によっては亡国の民になるかもしれません。実際に、日本列島各地に地理的、政治的、経済的な侵略が静かに始まっています。

原爆を2発も落とされながら、本土を分割されることなく、日本という国が存続できたのは、ある意味いくつかの幸運が重なったからです。幸運はいつまでも続くとは限りませんし、努力をしない国は、幸運の女神も逃げていくと思います。古代の時代であれば、戦争に負けるということは、国が滅ぼされることを意味していました。ユダヤの民はそのために2000年以上にわたって亡国の苦しみを味わったのです。カルタゴもそうですが、そのような類の悲劇は大陸には数多くあるのです。

 

『詳説 日本史』 (山川出版社)

「日本はアメリカ・イギリスに宣戦を布告し、第二次世界大戦の重要な一環をなす太平洋戦争が開始された

 

『最新 日本史』 (高校歴史教科書市販本/ 明成社)

「日本政府は、この戦争の名称を開戦直後に大東亜戦争と決定し(いわゆる太平洋戦争)、戦争の目的として、自存自衛と東亜新秩序の建設を掲げた

 

 大東亜戦争を分析的に考察する

「戦勝国ソフト」を使うと、日本軍国主義はアジア近隣諸国への侵略戦争を行い、無謀にもアメリカと戦い敗れた、となります。『山川』の記述には、理由が書かれていません。「朝日」や「中国共産党」が言う日本が向き合うべき歴史とは、とにかくすべて日本が悪いという歴史なのです。広島の原爆慰霊碑の文言が、それをよく表しています――「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」。原爆を落としたのは、アメリカですが、とにかく日本が原因を作ったのだから、悪いという論法です。

戦争については、少し考えれば分かると思いますが、必ずそこには仕掛けた側の明確な理由があるはずなのです。そういったことを、今まできちんと検証もされてこなかったと思います。だから、あのような教科書の記述になっているのですが、振り返る必要性を感じます

 

ア、 アメリカの対日敵視政策

日露戦争で日本が勝利をして以降、アメリカが日本を警戒し、敵視政策をとるようになります。戦前の日本は、特に農村部は経済的にも貧しく、カナダ、アメリカ、ブラジルといったところに働き口を求め移住する人も多かったのです。

そういう中で、土地の所有権も借地権も認めないという排日移民法(1924年)が制定され、やがてはABCD包囲網によって経済的に追い込まれていきます。

 

イ、ストーム・ホーレー法の制定

ストームとホーレーという2人の議員による提案によって成立したため、この名称となっています。内容は、大幅な関税の引き上げを定めた法律です。世界恐慌があり、世界がブロック経済に走ります。簡単に言えば、世界は自給自足経済に戻ろうとしますが、日本は外国に依存しないと生きていけない国だったのです。

 

ウ、満州国の建国

当時の先進国は植民地からの収益で「自給自足」できましたが、日本の場合は朝鮮半島と台湾は持ち出しが多く経済的な力になっていません。実は「生命線」は満州だったのです

満州国は満州族の土地なので、そこに満州族の皇帝の溥儀を建てます。溥儀は最後の皇帝ということで数奇な運命を辿ることになりますが、その辺りは彼の家庭教師を務めたイギリス人のジョンストン博士が『紫禁城の黄昏』(祥伝社)という本の中に詳しく書いています。ただ、この著書は東京裁判の証拠として採用されませんでした。採用されてしまうと、中国侵略が言えなくなるからです。

 

エ、国際連盟の脱退

「リットン報告書」が出ます。「リットン報告書」というのは、リットン氏を団長とした国際連盟の満州鉄道爆破事件(柳条湖事件)に関する調査報告書のことです。内容は多岐にわたり、単に爆破原因を調べただけでなく、日本、満州、中華民国、ソ連との関係についても論じています

この報告書は国連で賛成42か国、唯一反対したのは日本だけで採択されます。満州国が認められなかったことが一番の不満だった日本は、この採決の後、連盟を脱退してしまいます。日本の満州での権益も認めていましたし、全面的な撤兵を要求された訳ではなかったので、この行動は軽率だったと思います

 

オ、大東亜会議

1943年11月に大東亜会議が開催されます日本、中華民国、タイ、フイリピン、ビルマ、自由インドの6首脳が参加して「大東亜宣言」が採択されます。その内容は、欧米の植民地勢力をアジアから放逐し、アジアを解放し、ともに栄えていこうという格調高い理念を掲げますが、タイミングが遅いです。本来は、これを採択してから世界に情報発信して開戦という順番でしょう。開戦が先になったので、取って付けたような印象となり、戦後は「アジアの傀儡による茶番劇」と言われて、宣言文書も全否定されることになります。

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